呪術 | ナノ
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「お誕生日おめでとう、七海くん」

呪術師にならずに一般企業に就職し、呪術師とは離れた生活をしていたが高専の先輩だった夏油名前さんだけは関係が続いていた。
続いていた、というには語弊があるかもしれない。私は名前さんと縁を切る事ができなかったのだ。
一応他にも高専の先輩の連絡先はあるが、生きているのはあの人だけ。
名前さんだけは誕生日前になると「七海くん、予定なければごはん食べに行こうよ。嫌でなければ」と必ず連絡が来ていた。
その誘いに私は必ずのり、名前さんが予約を入れる高くもないレストランで食事をして、名前さんが用意したプレゼントを貰っていた。
逆に名前さんの誕生日に誘いをしても名前さんは絶対にのることはせず、「ごめんね、任務が入ってて」と必ず断られていた。
なんて不公平な。
名前さんは自分の厚意だけを私に押し付けて、私の厚意は拒否をしていた。
学生のころから、いや、弟の夏油傑さんの離反からだ。もとからではない、出会ったころの先輩は言えば普通で、人の厚意を普通に受けていたし人に厚意を普通に向けていた。

「今日は七海くんが20歳だから、お酒飲もうよ」
「はい」
「あ、でも彼女と一緒がいいのかな」
「いません」
「私が一緒でもいい?」
「構いません」

何が良いかな。と名前さんが笑う。
やっぱり初めてはアルコール度数は低い方がいいよね。でも七海くんは甘くない方がいいのかな。と楽しそうにアルコールのメニューを見ては一人で悩んで、困って、最終的に私に聞く。
まだ酒が飲めるかもわからない私は説明を見て適当に頼んで、名前さんはそれに便乗して同じ物を頼んでいる。
名前さんは私よりも年上で酒だって先に飲める。だから私に付き合う必要はないのに。それでも私に合わせようとするのは一応の優しさなのだ、学生の時と変わらない。

「お仕事はどう?」
「そうですね、まあ特に変わらないですね」
「そっか。お仕事で飲み会とかあるの?」
「ええ、まあ」
「じゃあ今度からは参加だね、大変だぞ」
「そうですね、みんな名前さんの様だったらいいのですが」

他愛もない話をして、飲酒をし、名前さんがプレゼントを手渡し、店を出る。
一般企業に就職して最初のプレゼントはハンカチと手袋。手袋はあまりに季節外れでは?と思わず言ったら「今度の冬使ってよ、私頑張って選んだんだから」と言われたのは今でもよく覚えている。
その冬に使えば物がとてもいいのだろう、しっかりと手にフィットして非常に温かく使いやすい一品だった。それを使っていれば職場の先輩に良いブランド品を使っているとイジられ、聞けば驚く値段だった。貰い物だとは言ったが、さすがに学生の頃の先輩からだとは言えず言葉を濁した。ハンカチだって調べればとてもいいブランドで、軽くお礼を言った過去の自分を何度怒った事か。
後日改めて電話をして礼を言えば「だって七海くん一流の企業に就職でしょ?頑張るためのお守りみたいなものだよ」と電話口で軽く笑って、次に私の心配をしてくれた。

「美味しかったね」
「そうですね。名前さん、次の名前さんの誕生日は空けておいてください。今度は私が名前さんにご馳走します」
「えー?」
「今度は私がオススメのお酒と料理と、そしてプレゼントを受け取ってもらいます」
「七海くんに彼女いるかもしれないじゃん、その時にはさ」
「だからなんです。私は名前さんからしてもらってばかりでは不公平です」
「……ねえ、七海くん」
「はい」
「もう、会うの止めるね」
「………はい?」

前から考えてたんだけどさ、と名前さんは困ったように続ける。
名前さんは私と同じ一般家庭の出身で、名前さんと弟だけが呪術師としての才があって高専にやってきた。そして弟が離反した。あの、夏油傑先輩が。
それから名前さんは家族を弟に殺されて上層部からだって嫌われ、弟の親友だった五条家の次期当主だった五条悟先輩に保護されて今でも呪術師を続けている。
一緒に逃げませんかと誘っても頭を横に振り、理不尽に耐え、逃げた私を心配している。
心の優しい女性だ。

「もう七海くんも20歳になったし、彼女も、交友関係も広くなるし。呪術師じゃない世界の人じゃない?いつまでも私が構ってちゃ、迷惑だと思うの」
「………」
「だからね、今日でお終いにしようと思って」
「……勝手なこと、」
「勝手で悪いんだけどさ。いつもまでも私に付き合ってもらうの、七海くんの為にならないし」
「損得感情で会っていたとでも?私がそのような人間だとでもいうのですか」
「あ、いや、そうじゃないんだけど……七海くん、良い子だからさ、迷惑でも、言えないでしょ?」
「それくらい自分で判断できます」
「………あのね、七海くん。私ね、七海くんのこと大好きなんだ。あ、後輩とか、友人?とか、親愛的なそれね。一般人になった七海くんには普通の人と普通の結婚をして、普通に子供ができて、普通の幸せを送ってほしいの。そこに私は要らないんだよ」
「……勝手が過ぎませんか?今までこうして関わって来たくせに」
「ごめんね、我儘で。最後の我儘でさ、」
「いやです」
「えー……」

人の幸せなんて勝手に決めないでください。と言いかけた時だ。
黙って、俯いて聞いていたその話を、打ち返そうと顔をあげて、名前さんの顔を見れば、あの時と同じ顔だった。
逃げないで、呪術師として生きていくと決めた時と同じ顔。
もう決めたから、他に道はないから。という顔だった。覚悟を決めた、とでもいうのだろうか。
ああ、そうか。名前さんは「決めて」しまったのだ。私とはもう会わない、と。
名前さんの中では私と会わないことは決定事項になっていたのだ。

「…名前さんだって、辞めてしまえばいいんです。呪術師なんて」
「今更?」
「私の勤める会社なんて、どうです?呪術師より安全ですよ」
「そうだね。でも、五条くんが駄目っていうよ。私五条家の保護下にいたし、五条家の息かかってるし」
「じゃあ結婚して辞めてしまえばいいじゃないですか。男社会なんです、女性の寿退社なんて」
「誰と結婚するの?弟が私以外殺して、村ひとつ壊滅させた男の姉だよ?」
「……、」

私と。とはとても言えなかった。
私も名前さんと同じく名前さんの事は好きだが、それは親愛だ。先輩としてとてもよくしてくれたし、これからだっていい友人関係で居られると思っていた。
でも、名前さんは違う。もう、立場からして崩壊している人だった。
寿退社?そんな事は無理なのは、名前さんが十分知っている。全部を受け止めて結婚しようという人間がいても、周りがそれを許さないだろう。仮に許したとして、名前さん自身が許さない。そういう事だ。

「だからっていうのも、変だけどさ。七海くんには、私みたいな人間が関わって結婚とか色々影響でたら嫌だからさ」
「そんなの、関係ないじゃないですか」
「あるよ!私ね、七海くんの結婚式にいっぱいご祝儀包んで、子供が生まれた出産祝い包んで、影からお祝いするの。凄く楽しみにしてるの」
「名前さんの幸せは」
「もうないの、なくなったの。だから人の幸せが見たいの、見せてよ七海くん」

あとはもう、何を言ったのか、聞いたのかも忘れてしまった。
貰ったプレゼントを片手に帰宅して、数日は開けられずにリビングのテーブルに放置したまま。やっとその袋から箱を取りだし、箱を開けると万年筆が一本。美しい光沢で嫌味はなく、シンプルではあるが品がある。
メッセージカードには「お誕生日おめでとう。素敵な1年を」と添えられていた。

その数年後、呪術師に復帰した私に名前さんが「馬鹿―!!!」と怒るのは私も名前さんも知らない。

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