呪術 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

やってしまった。
部下に当たる釘崎と新田は早々に撤退させた。まさかこっちに大物がいるとは想定外だ。
討ち取ることは叶わず、かといって相討ちまで出来そうにはない。
そう判断して名前も撤退を開始するが何分相手が自分よりもかなり上だったのが痛手だ。
二人を撤退させるための時間稼ぎはできたし、あとは自分だけ。そう思った矢先だった。

「くっそ…」

今までのは遊びだったと言わんばかりの攻撃の手が強まり、撤退さえ思うようにできない。
応援を呼ぼうにも持っていたスマホは破壊されてしまった。
逃げることもこの怪我の出血は長くはいかない。幸い痛みは脳内分泌のおかげで少ないが、それもいつまでもつだろうか。
身を隠すにも止まればもう動けなくなるのは想像がつく。
では、どうするか。

「ほら、私が心配したとおりだ」

ああ、うん。そうだね。とゆがんだ視界で聞こえた弟の傑の声に頷く名前。
膝が地面につこうとバランスを崩した瞬間誰かが名前の身体を抱える。

「無理するよ、あれ主犯格だよ」
「……すぐ、る?」
「うん。姉さんがお世話になったみたいだね、今度は私と遊ぼうか呪詛師」

何かに包まれたような感覚を最後に名前の意識が途切れる。
これは死だろうか、助けだろうか。などと思う暇もなく、ゆるやかでもなんでもない意識の途切れは疲れによる睡眠を欲していた時の感覚によく似ていた。





「名前さん!」
「の、ばら…ちゃ」
「家入せんせ!新田ちゃん!名前さん!!」

視界の隅に何かが動いた。
釘崎が名前の変化に気付いて家入と新田を呼ぶ。
どうやら助かったのだと思ったのは家入の顔を見た時だ。いつもあるクマがいつも以上に濃いのだから。

「どう?反転術式使いましたけど違和感はあります?」
「…わから、ない。うご…かな」
「意識はある。怪我としては手が裂けて脚の骨折、腹部損傷、他って感じでした」
「思っていた、以上、だ」
「新田、とりあえず傑に連絡して」
「はい!名前さーん、良かった…本当良かった…」
「のばらちゃん、けが、なかった?」
「私なんて、全然平気なんですけど!」

よかった。と一息をつく名前だが釘崎は「全然良くない!」と感覚の鈍い手を握っている。
気を失う前に傑の声が聞こえた気がするは気のせいではないだろう。護衛を付けるなと排除したが、あの弟の事だから名前から離れて付けていてもおかしくはない。
ましてあの声を信じるなら名前が相手をしたが特級レベルの呪詛師になる。
結果的には助かったが、まあ何とも言えない心情ではある。

「あー…」
「名前さん?」
「傑に、これは、やべえ、怒られるな」
「本当だよ」
「夏油先生。え、早すぎない?」
「呪霊つけてたからね」
「ごじょう、くんに…あと押し付けたな?」
「釘崎、これからは私が見ておくから君は戻りなさい」
「………はい」
「学生は寮に戻って待機だ、わかるね」
「はい。名前さん、これはお茶奢ってもらわないと許さないから!」
「…ん。ありが、とね」

名前が横たわるベッドの横の椅子から立ち上り、傑と場所を代わる。
釘崎は名前から見えないように鼻をすすり、言われた通りに戻って行く。
それを確認して傑は名前に向き直り、イスに座る。
釘崎が先ほどまで握っていた手を握って何かを確認するように触ってくる感覚が名前の脳に届く。

「お、傑来たな。今日は名前さんは泊まりだよ」
「ああ」
「名前さん、本日は私の10本の指に入る重傷者なんでここで泊まってくださいね。傑も良いって言うんで」
「ん…わかった」

名前さん疲れているから休ませろよ。という家入の言葉に「ああ」と返事をする傑。
特級とはいえ疲れているだろうし、何より後始末もあれば、この件の報告書もあるだろう。自分などに構わずやる事を終わらせればいいのにと名前は回らない頭でぼんやりと考える。

「しごと、終ってない…でしょ?戻りなよ」
「大丈夫。悟と違うから」
「…そ」
「姉さん、私怒っているんだよ。わかる?」
「そう、だね…」
「もっと怒って文句行ってやろうと思ったけど…やめるよ」
「…そ?」
「うん。ちゃんと生きてたから、それで許す事にしたんだ」
「……そ、か……ごめんね」
「生きた心地がしなかったよ」
「…ん。」
「護衛つけててくれればよかったのに」
「いらないよ、だってお姉ちゃんだもん……」

その言葉を最後に名前はスーッと眠りに入った。出血量もかなりあった事もあり、体力もかなり削がれている。
いくら反転術式といえどそこまでの回復は個々の体力やその他に準ずる。怪我は塞がり治ったとしても血液の量や体力までは難しい。
それだけの消耗をした名前が意識を一度取り戻して会話をこれだけできた事が奇跡に近いのだ。
良くて翌日、下手をすればまた数日は眠ったままだろう。
家入はとりあず「本日は」と言ったがそれが何時までとはまだ言い切れない。

「家入さー…あ、ここだったんですね夏油特級呪術師」
「ああ、えっと新田さんだっけ?私に何か用事かな」
「いえ、名前さんが意識を取り戻したので、その連絡に。お話されました?」
「うん。また寝てしまったけど」
「すみません、私らを逃がすために…」
「なに、君が謝る必要はないよ。姉さんがしたくてやった事だ。おかげで情報も来たわけだし」

名前の手を握る傑に新田は一礼をして出ていく。
任務前に名前から「他の家族は事故で死んだ」と聞いていたせいだろう。邪魔をしてはいけない様な気がして足音を立てないように、それでいて急いで去った。
夏油姉弟の弟の方が姉を気にしているのは高専ではそれなりに有名な話である。その実態をどれだけの人間が把握しているかは不明ではあるが、それでも弟の存在感は大きい。
1級の姉に特級の弟。1級であればそれこそ頭数はあるが特級となればそうはならない。

「なんだ名前さん寝てんじゃん」
「悟、ここ病室だよ。静かにして」
「野薔薇が言ってたから来たのに。で?」
「しばらくは動けなさそう」
「ふーん?まああの傑の焦り様だとそんな予感はしてたわ。で、お前どうすんの」
「どうするとは?」
「名前さん戻るまで任務やら学校だよ」
「ああ…出るよ。姉さんに叱られるからね。美々子と菜々子に姉さんの着替えとか頼まないと」
「あっそ。それでいいならいいけど」

まだやる事残ってんだから早く来いよ。と出ていく五条。
小さく上下する名前の胸をみて、呼吸を忘れていない事に安堵する。暫く手を握っていたが、五条に言われた通りにまだやる事が残っている。
主犯格の尋問やら損害の調査、呪詛師に殺された呪術師の確認に思い出すだけで嫌になる程。死の淵に面していた身内に寄り添う事さえも上は許さず馬車馬のように働けと急かす。

「姉さん、私行くけど…死んだりしないと思うけど、死なないで」
「不吉すぎるわ。んな事言ってる暇あるならさっさと行け」
「うわ!」

シッシ。と家入に手で追い出された傑は後ろ髪を引かれるとはこういうときに使うのだろうかと思いながら後処理に向かった。

/