呪術 | ナノ
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「なにしてんの」
「ブラッシング。見てわかるだろ?」
「いやわかるけど」
「お、お疲れ?」
「疲れてねーし」

共有スペースにどっしりと座り込み、尾をだしてブラッシングをさせている夏油。
させている、というのは五条からの視点だがあながち間違っていないのだろう。だってしているのが名前なのだ。
名前は猫を飼っていて、その猫を大変可愛がっている。ブラッシングをする姿は見慣れているし、猫が気持ちよさそうにしているのを何度も見ているので内心羨ましいと思った事もある。
3人でその姿を眺めて家入がぽそっと「いいな…」というので2人で大きく頷いたのももう両手では数えきれない。
名前がせっせとブラッシングする横で猫が不満そうにしているのには思わず笑いそうになったが、ぐっとこらえた。

「なに?傑オマエ名前にブラッシングしてもらってんの?」
「そうだよ」
「そーゆー関係?」
「違うよ!」
「なのにブラッシングしてんの?」
「だ、だって…スグル、猫抱っこしてたら、割り込んでくるんだもん」
「ふーん?」
「名前、はやくして。手が止まってるよ」

うへえ。と言わんばかりの名前の反応。渋々名前は手を動かして夏油の立派な尻尾をブラッシングする。
親しい間柄であれば疑問に思わないが、あの夏油が名前にさせているのが不思議だ。
五条も夏油も家入から言わせればクズで、女遊びが激しい。毎回違う女を連れているのは通常運転だし、その時の気分で声を掛ければ簡単に捕まるくらいにはクズだ。
それに対して名前は言えば純朴、悪く言えば芋女。派手さはないし言えば田舎くさいダサい女。同級生だから、という関わりでまあ仲は悪くない。
言えば正反対に位置する人間。
わざわざ名前にさせなくても他にも喜んでしてくれる女は断っても湧いてくるような男が、だ。
まあ確かにブラッシングされている猫を見れば名前の技量には想像できるぐらい気持ちが良いのだとは察しが付く。

「それ、傑のブラシ?」
「へ?え、あ、うん。夏油くんの、だよ」
「ふーん」
「何か用事なの?悟」
「別に?おい、猫不満そうだけど?」
「別にいじゃないか。君いつでも名前からしてもらえるんだろ?私たまにしかしてもらえないんだから」

ムッとしたような猫の顔。
面白くない。と言わんばかりに夏油にそう言われるとすっと立ち上がってすたすた共同スペースから立ち去った。部屋かどこかに行って寝るのだろう、猫だから。
それをみて五条がゲラゲラ笑い、自分の部屋に向かう。
五条悟も夏油と同じく混ざっている人間。もちろんブラシがある。
それを持ち、今共同スペースに向かう。
別に約束をしたわけじゃない。名前にブラッシングしてもらう事も、褒めてもらう事も。抜け駆けをしたのは夏油の方。家入も知っているかは知らない。

「おーい名前」
「うん?」
「俺もして」
「あ?」
「……え?」
「傑にしてんだし、俺だっていいだろ。次な、俺」
「駄目だよ悟。名前は私のだから」
「付き合ってんの?」
「付き合ってないよ!!」
「即答かよ。ならいいじゃん。名前も別に傑のじゃないんだろ?」
「………でも、そういうのって、そういう人が、いいんでしょ?五条くん、五条家の当主?なんでしょ?」
「別に〜?さっさと終わらせて俺のブラッシングしろ」

長い尾を垂らして名前に綺麗にしてもらっている夏油の横にどっしりと座る。
身長が高く体格がいい男子2人が並べば必然と圧迫感が増す。
まして問題児と呼ばれる特級。ただの同級生である名前からしたら怖い相手でなるべく穏便に済ませたい、のだが。

「今私が名前にしてもらってるんだろ、邪魔しないでくれないかな」
「共有スペースでしてるんだからいいだろ。邪魔されたくなかったら部屋でもつれ込めばいいじゃん」
「……それは、名前が嫌がるし」

自覚あったんだ…。と名前の小さな声。
さすがにそれに反応して振り向くのは色々とバツが悪いと2人は思ったのか聞こえないふりをした。
遊んでいるそこらへんの女であれば気にすることもないが、一応は同級生という間柄。ついでに担任の夜蛾も唯一混ざっていない名前の事を特に気にしているのでうかつに変なことはできない。特に呪術師は男尊女卑が酷いと言っても、一般的な考えは根付いているので弱い立場にいる名前は特に担任がうるさい。守ってやれ、とは言われないがイジメるな助けてやれは日常的に言われている。

「まだ終わんねーの?」
「今してもらったばっかりだから」
「ふーん?おい名前」
「な、なに?」
「俺ユキヒョウなんだよ」
「ゆ、ゆきひょう…!?あの、白い、豹?ふわふわの、尻尾の?」
「そ」
「ほ、ほああああああ……」
「名前、ブラッシング辞めないで」
「あ、ごめん…」
「ほーれ、触ってみたいだろ」
「悟っ」

ゆらり、ふわりと白地にグレーの斑模様が舞う長くてふわふわな尾が名前の目の前に揺れる。五条の頭にはぴょこんと愛らしい耳が載っている。白い髪に紛れるでもなく、しっかりと主張をする耳は五条の美貌と六眼の様にしっかりと出ているあたり五条は持っている人間だ。
夏油のぬばたまの尾に耳は五条とは違って主張もなく静かに座っている。

「ふわ、ふわだあ…」
「触りたいだろ」
「う、うん…あ、いや、そ、それはほら、だってね、夏油くん!」
「そうそう。そういうのは仲が良くないのと、私達みたいに」
「別にオマエら特別仲良いわけじゃないじゃん」
「そ、そうなんだよね…私、なんて夏油くんをブラッシングしてるんだろう…?」
「恋人だからいいの」
「付き合ってないよ」
「じゃあ今から付き合おう。という事で悟は諦めな」
「い や だ ね 。ほら名前、俺のふわふわな尻尾だぞ」
「心揺れないで!私の尻尾褒めてくれだろ、綺麗だって」
「あんたら何してんの…って、本当何してんの、マジで」
「あ、硝子」

疲れた顔で共同スペースにやってきた家入が大きなクズ2人に呆れている。
どちらも立派な尾と耳を曝け出し、名前の手にはブラシ。そのブラシは混ざっている人間ならば知っていると言っていいほど有名な専用のロゴが付いているブラシだ。
それを混ざっていない名前が持つ理由は一つ、ここのどちらかが名前に持たせてブラッシングさせているのだ。

「おつかれ」
「おつ。それ、誰の」
「このブラシ?夏油くんの、だけど」
「へえ…つーか、なんでクズ2人して耳と尻尾だしてんの」
「私が名前にブラッシングしてもらってたから」
「俺次にしてもらうー」
「……名前」
「ち、違うからね!?夏油くんが、この前から優のブラッシングしたりしていると割り込んでくるの」
「で、五条は」
「だから順番待ちしてんだよ。傑がしてもらって俺がしてもらえない理由はないだろ」
「またいいブラシ持ってんな五条の坊ちゃん」
「名前、はやくしてよ。私名前にブラッシングしてもらうのがここ最近で一番の楽しみなんだから」
「え、あ…ん、うん?」
「名前、そんなんしなくていい。やめなやめな。クズ共、名前をそんな風に扱うな、お前らはどっかの女ひっかけて遊べよ」
「そんなこと言って、硝子名前を独り占めするつもりかい?」
「あ?どういうこと」
「硝子女子寮で名前にブラッシングして貰てるだろ」
「名前、言ったの?」

ふるふると名前が頭を振る。
そう、夏油がカマをかけたのだ。
同性である家入が名前を守るのはまあわかる。ついでに同性であればブラッシングをするという行為に関してすんなりとできる。
まして家入は他人に反転術式を施せる人間だ、名前も仲良くしていて損は絶対にない。

「一番抜け駆けしてんの硝子かよ」
「悟が一番ぼんやりしてたね」
「オマエだって半ば無理矢理じゃねーか」
「五条くん見てたの?」
「…………いや、見てねえけど…、無理矢理かよ傑」
「無理矢理じゃないし」
「名前、そんなブラシさっさと夏油に返せ。猫のスグルが拗ねるぞ」
「もう拗ねちゃったよ…」
「次俺だからな名前」
「クズ相手にしてないで自分の猫可愛がらせろよ。お前らには他が居ても猫には名前だけなんだよクズ」

猫相手に張り合うな。と言わんばかりの正論。
ずんずん名前に近づいて来たかと思えば家入は名前からブラシを取り上げ、夏油に押し付ける。
さすがに女子相手、というより家入には強く出ることができないのであろう。家入の機嫌を損ねれば任務での負傷やらその他諸々に支障がある。
なにより家入は名前に比べてしっかりとした意思表示もするし、他の女の様に適当に流されてはくれない。

「ほら、名前は部屋戻って猫抱っこしてやんな」
「う、うん…じゃ、じゃあね?」
「あ…」
「俺はー?」
「うるさいぞクズ共」

男子2人を気にしつつも、じゃっかん怒っている家入に従って名前は共同スペースから走って出て行く。
猫も気になるだろうが、どうもあそこの空気が不穏だと感じて逃げ出した、という方が気持ち的には近いだろう。困っていたのは事実だが、空気を悪くしたかったわけではない。

「話し合おうか」
「そうだな」
「何を?つーかさ、硝子もブラッシングしてもらってんだろ?俺だってしてもらいてえんだけど」
「その件だよ。私たちは別に名前を取り合いたいわけじゃない、それは2人とも一緒だろ?」
「クズにやる名前はいない」
「え、なに?硝子と名前付き合ってんの?女同士で?」
「悟は少し黙っていようね」

あんにうるさいから黙りな。と言わんばかりの物の言いよう。実際五条がチャチャを入れてくるのがうるさいという事もある。
面白くないと言わんばかりに尾を床に叩き付け、ゆっくりと仕舞う。
それが五条家であれば効果はあるが生憎ここは高専の学生寮だ。みな平等なのだ。

「硝子は今まで名前にブラッシングしてもらってたんだろ?」
「……まあね」
「私もしてほしいだけ、なんだけど」
「俺も!」
「だからこそ、それなら共有したらいいんじゃないかな。勿論名前の意思が大切だけど」
「半ば無理矢理させた男が言うか?」
「………そ、それは、さー…私だって、目の前でブラッシングしてるの見たらさ、してほしくなるんだよ。名前、褒めてくれるし気持ちいいし…」
「猫の?わっかる。俺も猫のあれ見てると超羨ましい、猫がまた気持ちよさそうにしてんだよな」
「そうそう!……って、そうじゃなくて。悟は猫科だし、硝子はもう猫だから、そのブラッシングが羨ましいのわかるよ?私だって、気になるし。実際気持ちが良いし」
「つーか、硝子だってオマエ、名前独り占めしてたんだろ?」
「友達だからいいの」
「俺だって友達じゃん」
「は?お前らクズのどこが名前の友達なんだよ。名前の好きな食べ物は?嫌いな食べ物は?誕生日は?最近好きなアーティストは?知らないだろ」

うぐ。と黙る2人。
確かに名前とは同級生で友人だと思っている2人ではあったが、当の名前はそう思っていないのだろう。2人は名前のそういった基本情報も知らない。
それでいても特に不便はなかった、というよりも、その程度の付き合いだろお前ら。と家入は突き放した。

「その点私や歌姫先輩、冥さんは知ってる。友達、先輩後輩で仲が良いから。なんにも知らないくせに名前にブラッシング強請るなんてな」
「じゃあ、知ればいいわけ?つーか、んなことでいいの?楽勝じゃん」
「楽勝?」
「聞けばいいじゃん」
「本当のこと言うと思ってんの?」
「だって名前だぞ」
「馬鹿だな悟。入学当初ならまだしも、名前だって呪術の知識付けているんだ。そう簡単に、特に誕生日とか教えてくれないと思うよ」
「私がそう教育したからな」
「うっわ。うっわ。でもさ、硝子だけが名前独占するの狡くね?」
「ズルいズルい!私も名前からブラッシングしてほしいし褒めてほしい」
「俺だけしてもらってないんだけど!名前は俺の尻尾にメロメロだぞ」
「名前は私の尻尾が可愛いって言ってた」
「名前猫好きじゃん」
「私は綺麗だって言ってくれた。硝子、名前だって私たちと仲良くしておいて損はないんだよ?」

私たちは最強なんだ。だって2人とも特級なんだから。と夏油はさらりと言う。
五条と夏油は特級、呪術界においてたった3人のうちの2人だ。問題児だと言われても、特級であって最強であることには変わりない。
ごく普通の名前の後ろにその最強2人いるとなれば、女だからと馬鹿にする大馬鹿も減ることになる。逆に餌にされることもあるだろうが。
それでも強い仲間がいるのはマイナスだけではないはず。

「まず、名前の怪我が減るんじゃない?」
「それは無理だろ。お前らがついて行くわけじゃないし、まずお前らと名前の任務被らないじゃん」
「でも、他の呪術師には牽制になる。特級の1人は御三家の当主でもあるし」
「ごちゃごちゃうるせえな。もう簡単に3人で名前共有しようぜ」

色々と濁していた努力は五条悟によってあっけなく崩壊した。
まあ実際そうしようという話なのだが、そのあけすけのなさには夏油は思わず大きな溜息を洩らした。

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