呪術 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

「ようママ」
「え、硝子の?」
「クズ2人の、いや、夏油のママか?」

五条が言ってて、この前の騒ぎで結構広まったぞ。とクマのある顔で家入はにやりと笑った。
あの騒ぎはまあまあ大きく、同席していた七海まで他の呪術師に同情されたほど。
夏油特級呪術師のママ、だなんて不名誉な認識をされてしまった名前はもっと同情されている。口には出さないが、あのまま夏油をコントロールできる人間になってほしいくらいだと一部には思われている。
双子を保護したあたりから非呪術師を猿と呼びくさり、両親や家族、血縁に渡って絶縁状態。一見人当たりがよさそうで馬鹿にして、高専所属からフリーになったら手も付けられない状態の特級。
話を聞いてくれる人間は同期、担任だった夜蛾学長くらいである。後輩にあたる七海はまだ扱いはいいが、2つ下の伊地知には威圧的だ。先輩にあたる人間にはそれなりだが、態度は正直よろしくはない。

「ママじゃない」
「わかってるよ。ま、比喩だわな。いつか言ったのが本当になったな」
「?」
「夏油は名前に縋るぞってやつ。まさかママになるとは思わなかったけど」
「あー…ママはないよね、本当」

ほれ。とコンビニで売っている甘いドリンクを家入は名前に差し出す。
どうやら今やっているコンビニのくじで当たったもので、甘すぎて飲む気が失せるというのでくれたらしい。
煙草や酒を好む家入らしい。ついでに、五条にやるのは癪だから。とも。

「硝子もここにいるなんて珍しい」
「こっちも報告書があるんでね。溜めていたつもりはないが、急ぎでほしいとか言いやがって」
「珍しい症例でもあったの?」
「まとめるのに必要なんだろ。上層部が気にしてるやつらしい」
「うわ、補助監督も大変なやつ」
「口だけは出すからなアイツら」
「うーん、あまーい」
「名前でさえ甘いなら私飲めないな」
「五条くん好きそう」

そんなに?とケラケラ笑う家入。
あまり無駄話をして引き留めるのも悪いとお互い思ったのだろう、「じゃあな、無理するなよママ」という家入に名前は「そっちもね、私のママ」と言えば笑っていた。
名前も提出済みであった報告書に要望があったので、それを追加して報告書をちゃちゃっと直してしまえば終わりだ。
本当であればその場で書き直したかったが、よくもも悪くもパソコンデータで直筆は駄目らしい。ならばPDFかメールでもよさそうだが、変なところでお役所のようなこと言うこの高専はそれは駄目だという。
幸いデータの入っているUSBは手元にあるので誰でも使えるPCルームに行くか誰かに借りるのが早そうだ。

「名前じゃん。何飲んでんの」
「硝子からもらったジュース。すっごい甘い」
「硝子が?」
「コンビニくじのやつ。貰ったのはいいけど持て余してるんだ」
「じゃあ頂戴」
「あげる。あ、ねえ五条くん、パソコン貸して」
「パソコン?なんで?」
「報告書の訂正。PCルームより五条くんの事務室(仮)が近いし」
「(仮)ってなんだよ、(仮)要らない、僕の事務室じゃん」
「事務じゃなくて私室化してるでしょ」
「…いいよ。ジュース貰ったし。五条家当主をこんな安いジュースで使うなんてすごい女だよ」
「PC少し借りるんだから妥当だと思うけど。夏油くんとその後どう?」
「………ママ、傑やっぱりダメっぽい」
「ママ言うな」

近い事務室に行ってノートパソコンを借り、一応来客用となっているテーブルとイスを使わせてもらう。
五条が使っているだけあって高いのだろう、名前が普段使っているパソコンよりも動きが早い。名前が使っているのもまあまあ年数がたっているので替え時かもしれないが。

「なに?USB持ち歩いてんの?」
「報告書出しなおしだからね、一応」
「……あれから傑、なんか連絡来た?」
「んー?来てないかなー。ねえ、印刷できる?」
「できるよ。………ご飯、行けないかも」
「電話して聞いてみれば?」
「無理って言われたんだもん…」
「じゃあ無理なのでは?っと、パソコンありがと、助かった」
「ねえ、名前ーお願い」
「お詫びの品でも送れば?夏油くんお蕎麦好きでしょ」
「……名前、どこのあげてた?」
「地元のヤツお土産であげたかな。でも別にそれじゃなくていいでしょ。お取り寄せでもいいんじゃない?」
「何味?」
「あじ!?お蕎麦はお蕎麦じゃない…?じゃあ私行くね」
「待って!待って名前」

待たない。と名前は出力した報告書とUSBを持って出て行く。
勿論PCの電源は手順を追って落としてある。
バタバタとらしからぬ足音で名前の横に並ぶ長身、いつみても足は長く細い。ケンカを売られている気分だが、「あっは、ごめんご☆」というのが目に浮かぶので黙る名前。

「つゆとか…」
「さあ?乾麺つゆなしで渡してたから…めんつゆは自分で用意するんじゃないの?」
「割合とか」
「そんな好みまで知りませんよ、私。失礼します」

コンコン、とノックして再度入室すると、一緒に入ってきた五条を見て補助監督は全員「うわ…」という顔をした。
真面目ではない態度が補助監督には威圧的に感じるのだろう、大抵の場合五条と一緒に居ると補助監督は嫌な顔をする。名前も例にもれず嫌な顔をするときもあるが、したところで五条にとってはどこ吹く風。軽薄な態度で「名前」と接してくる。

「ああ、すみませんでした苗字さん。早い提出助かります」
「何が悪かったの?」
「え、ああ…少々先方が記入してほしいとの要望があった箇所がありまして…五条さん?」
「先方って?」
「え、ああ…御三家の禪院の方、ですが…」
「なに?名前、禪院の人間と任務だったの?」
「任務っていうか、この前の出張で、禪院直哉?さん?と一緒だった」
「うっわ、最悪じゃん。アレだろ、あの男」

報告書を再提出してしまえば名前の本日の業務は終わりだ。
今にも「おっえー」と言いそうな五条とは早々におさらばしたい名前は「では」と報告書を渡した補助監督に笑いかけて部屋を出る。
それに付いてくる五条に「任務は?」と興味もなく聞けば「本日は珍しくありませーん」という。学生らは学生らで自主的に鍛錬やら学習に励んでいるとのこと。

「ちょっと傑に電話するわ」
「出てくれるといいね」
「…なんでそんなこと言うの…?」
「事実でしょ」
「事実だけども」

ううう…とわざとらしくメソメソして、最新型のスマホというやつを取り出して電話をかける。
数回コールが鳴った後、控えめに「はい」と男性の声が名前の耳にも届いた。
夏油が出たのだ。

「傑?」
『そうだけど…どうしたの?』
「聞いて。名前が禪院家の直哉に嫌がらせされた」
『詳しく』
「もしかして普通に会話できてる?」
「名前がこの前京都の出張があって、禪院直哉が関わってた」
『それで』
「報告書にケチつけて来たらしい」
「ケチというか不備?要望?があっただけで」
「し。」
『名前、居るの?』
「うん、名前が報告書の手直しだっていうから付いて行ったら禪院」
「いや、報告書に書いてほしいっていう要望だし…ケチでは…」
『禪院ナオヤ…確か次期当主とか自分で言ってた男だったね』

あれ?普通にすごく会話してる。と名前は頭にハテナマークが数個並ぶ。
いや、仲良く普通に会話ができるのは実に喜ばしい。学生の時にあの仲良さがバランスを崩してから大変だった。いや、いいのだが、なぜ?と名前は頭を傾げずにはいられない。なぜだ、と。
いや、いいのだけど。と内心に名前は自分と言い合いをしている。

『生意気だな…』
「これ、嫌がらせじゃない?」
「嫌がらせではないと思うけど…」
『………、悟』
「なに」
『禪院に挨拶に行こうか、私たちの同期がお世話になったねって』
「いーねー、あいつ前硝子も馬鹿にしてたんだよ、思い出した」
『よし、いつ行く?』
「今週末どうよ」
『わかった、空けておく。名前に代わってもらえるかな』
「名前、傑が代わってって」
「…もしもし?」
『名前?私がガツンとしてくるからね、安心して。大丈夫、問題ないよ』
「問題しか、なくない?別に嫌がらせとかじゃないよ、要望があってしただけだし…まあ、そこに手書きで追加じゃダメっていわれたのは、仕方ないけど。でもこれ禪院家の規定とかじゃなくて高専側のだし」
『名前に手間を取らせたのが悪いんだよ。私のママにそんなことさせる輩は成敗するよ、御三家なんて悟以外なんてことないさ』
「ママじゃない」

後日夏油が高専に呼び出され、五条ともども学長にお叱りを受けたという話が名前の耳に入った。
その際仲良く叱られていたいたというのだから、まあ2人の関係は改善したのだろう。
名前だけではなく他の関係者も胸をなでおろしたことだろう、かつて最強コンビと言われた2人だ。まあ禪院家からのクレーム対処を考えればどっちも面倒なのは変わりない。
その噂を聞いてからまた数日、名前が学長に呼び出され特級2人が言っていたことに関して聞かれたので事実を話せば大きなため息が漏れ出た。つまるところ2人が自分勝手に解釈して禪院にオラついた、という事なのだろう。
禪院も他意があったわけではなく、実際にその報告が欲しかっただけ。名前もそれに応えただけ。特級がつっかかった。という構図。

「…まあ、頭が痛いのは痛いが、あの2人が元に戻ったのは喜ばしい」
「学長もあの2人に甘いですね…」
「わかるだろう、名前も」
「まあ、はい……でもなぜか私夏油くんのママ認定されているのは納得できませんが」
「………なんだそれは」
「なんで、しょうね…私もわかりません、助けてください…」

一難去ってまた一難、ではないが、学長は学長で名前のその状況に頭を抱えた。

/