呪術 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

「ねーえー、名前ー」

名前はあからさまに嫌な顔をした。
高専を卒業して数年。一般企業に就職した七海が出戻り、いつの間にかフリーに転身していた夏油がとある宗教団体の代表をしている。そのくらいに時間は経ち、またあれから五条と夏油の溝は埋まらないままで今まで来ている。
上司に当たる五条悟が猫なで声を出して名前にすり寄ってきたのだ。そういう時、いや、ほとんどの場合においてこの五条という男がこういう声を出すときにはたいてい良いことがない。というより、9割9分9厘、ほぼ100パーセント名前にとっていいことはないのだ。

「ごめんなさい、私今忙しいの」
「まったまたー!出張から戻ったばっかじゃーん」
「わかってるなら離して。疲れていますので」
「そんな他人行儀やめてよ。同期じゃん?」
「上司ですので」
「やだやだやだー!」
「うっざ」
「そう、それ。で、お願いがあるんだけど」
「お断りします。七海くんか伊地知くんか硝子に頼んで、以上」
「みーんなに断られた後だ、って言ったらどうする?」
「断る」
「やだ。断らないで」
「いーやー!」

行かないで!と名前に抱き着く。
セクハラである。しかしここでそれを指摘できて注意出来る人間はここ高専では学長、もしくは冷静に指摘できるのは後輩の七海くらいだろう。

「セクハラー!パワハラー!」
「名前ちゃん!お願い、僕のお願い聞いて!」
「いーやー!」
「チューするぞ」
「マジやめろ学長に言うぞ」
「…じゃあ、お願い聞いて」
「い、や」
「………季節限定スイーツ1つ」
「前その約束したけど貰ってないからヤダ」
「え、そうだった?ごめーん」
「離して」
「やだー!」

やだやだやだ。名前ちゃん僕のお話聞いて聞いて。と子供のようの駄々をこねるが、190cmを超えた大男がしても可愛くはない。逆に恐怖だ。まあしかし、名前も名前で長い付き合いがあるせいか慣れてしまい、ただただ面倒だから解放してと名前も負けじと「いやー!」と抵抗をやめない。

「僕、スマホにしたの」
「あ、急に始まった」
「傑って、スマホ?」
「知らないよ…」
「名前は?」
「ガラケー」
「スマホにしよ?買ってあげるから」
「いや、まだガラケー使えるし」
「そんで傑もスマホにさせてメッセ交換しよ!」
「え…ええ………」

同期4人でグループチャットしたいの!とぐずぐず要望を伝えるが、名前にとってこれほど面倒なこともなかなかない。
そして名前に抱き着いて離れない五条。無駄にいい香りがするので名前は腹が立ち、疲れのいら立ちが重なって五条の足をこれでもかと踏んづける。
同期という仲もあり、こうやって抱き着いている時点で無下限は解いていたので名前の渾身の攻撃は聞いたのか大きな声で「ぎゃ!」と叫んで名前を離す。

「電話もできないの?」
「〜〜〜〜、足、そこまで踏まなくもいいじゃん」
「女性に抱き着くこともないでしょ、痴漢」
「……だって、傑、電話出てくれないんだもん」
「電話も駄目なんだ」
「うん……」
「かけてみた?」
「出てくれない。硝子は出てくれたから、僕がまだ駄目みたい」
「あー…」

そういえばこの前言っていたな、と思い出す。
夏油のヤツ、五条の電話でないんだよ。でもその癖私には五条の電話に出たいんだけど上手く喋れるか自信がないって言うんだよ。と。
似たもの同士というか、なんというか。まあ夏油の方は意地でもなんでもなく精神的な面からで、医者に通ったわけではないので回復したは夏油次第でわからない部分が大きすぎる。

「お手紙でも書けば?」
「えー…拝啓、から?」
「私帰りたいんだけど」
「帰らないで」
「もう」

携帯を取り出してカチカチとボタンを押して耳に当てる。数回のコールの後に『はい』と男性の声が五条の耳にも届いた。
夏油だ。
五条が聞きたかった、交流したかった相手の声が名前の電話から聞こえる。

「もしもし?今ちょっと時間ある?」
『うん、少しなら大丈夫。どうかしたの?』
「実はさ、夏油くんとお話したいって言う男性が居てね」
『うんうん、それってもしかして、最強と謳われる人?』
「そうそう」
『あー……あ、もしかして近くにいる?』
「さっきまで抱き着かれてた」
『え』
「それで、今目の前できゅんきゅん子犬のよう鼻を鳴らしそうな顔でこちらを伺っています」
『いいな…』
「…なにが?」
『こっち遊びに来ない?』
「今出張から戻ったばかりで機嫌が悪いので変な冗談はやめてください。こんな電話してる時点で私かなりイラついてるの」

くぅんくぅん。とわざとらしく鼻を鳴らし、自覚のある良い顔で名前に甘えるようにすり寄るあたり計算高い。
いや、こういう人間だった、五条悟という人間は。自分の持ち得るものを最大限に使っているだけだ。
まあ、顔が良いのもスタイルが良いのも、何も知らない女性から見れば魅力的かもしれないが付き合いが長い間柄となれば、それはもう武器ではなくなる。
全て「五条悟」を構成する一部に過ぎない。

『少し、時間貰っていいかな』
「じゃあ五条くんの電話でてくれる?それかかけてあげて」
『え、』
「傑電話してくれそう?ねえ、ねえ」
「少し黙ってて」
『え?私?』
「五条くん。もう、私今用事もないけど夏油くんと電話してるの、静かにしてて。頭が混乱するでしょ」
「雑魚じゃん」
「切るぞ」
「ごめーん」
『悟ばっかりズルくない?今名前と話してるの私じゃないの?』
「五条くんに依頼されて夏油くんに電話をかけている状態です。帰りたい」
「やだー!帰らないで!」

くぅんくぅん、きゅうんきゅうん。とありとあらゆる手段で名前にすがる五条。
夏油は夏油で「悟ばっかりズルくない?私だって名前に甘えたいんだけど」と見当違いなことに文句を言っている。
さすがに疲れと苛立ちがあり、名前は無言で電話を五条に差し出す。
「え?」と驚く五条に無言で持たせ、耳元に当ててただただ名前は頷いて見せた。

「も、もしもし…」
『え、悟…?』
「う、うん…名前が、電話、差し出してくれて」
『そ、そう…』
「元気?」
『うん…悟も、元気そうだね』
「まあ、うん。忙しいけど…体調は崩してない。傑は?」
『ちょっと前に崩した、けど……うん、まあ、仕事には、支障、ないよ』
「帰っていい?」
「だ、だめ!もうちょっと待って」
『え?』
「あ、名前が、帰るっていうから…」
『名前、疲れているんだろう?帰してあげなよ』
「じゃあ傑、僕の電話出てくれるの?出てくれるなら名前に携帯返すけど」
「私を間に挟まないでほしい…」
「だって傑が!」

子供のケンカかよ。と2人の関係を知る人間が見たら誰しも思う事。
実際に子供のケンカの延長だ。
ただ、そのケンカはケンカではなく、誰もが誰かを責めることはできない結果の事。
こんな世界でなければ、もしかしたらドラマのように殴り合って夕日を背に仲直り。なんてこともあったかもしれない。現実はそんなドラマの様にはならない。だからドラマなのだ。

「ご飯食べに行こうって誘え」
「え」
「ご は ん さ そ え」
「えっと、ご飯、食べに行かない?」
『え?ご、ご飯?』
「うん、」

名前が、言いそうになったのをジェスチャーで「だめ」と止める。
人に言われたから言った、だなんて子供だろう。いや、五条悟は夏油傑の前ではまだ10代のあの頃になってしまうのかもしれない。あの時のまま、進めずにいる。

『そう、だね。今度』
「い、いいの?名前、いいって」
「いつ行くか約束して」
「い、いつ行く?」
『…それは、また連絡するよ。そろそろ講話があるから。そろそろ名前に携帯を返してあげな、名前疲れているんだろ?休ませてやれよ』
「う、うん…じゃあ、ね。はい、名前」
「うん。もしもし?」
『名前?悪いね、巻き込んで』
「本当です。じゃあね」
『あ、待って待って。名前も硝子も行くでしょ?』
「硝子はわからないけど私は行かないよ」

ぷち。と電源ボタンを押して電話を切る。強制終了だ。
その姿に五条は思わず「え、嘘」と先ほどまで甘えるようにしていた顔とは全く別の素の顔になって驚く。
相手は特級だぞ、同期とはいえ。という事だろうか。
特級だろうが同じところに所属しているわけではない、高専の同期、はたから見れば友人関係だ。そこは対等なのだし、ましてイラついていることも知っている。
ついでに名前からしてみれば夏油には「じゃあね」という挨拶は済んでいる。

「名前、行かないの?一緒に行ってくれないの?嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ?私は五条くんの背中を押しただけ、まあ硝子はお酒次第で付き合ってくれるんじゃない?」
「名前も、行こうよ…ね、お願い。本当、マジで…傑名前が居ないと多分無理だもん…」
「そんなの知らない。じゃあね、私帰る」
「名前は傑のママじゃん!」
「ママじゃありません、独身フリー!一般家庭出身の呪術師なので、このまま辞めない限りママになれませーん。むしろ夏油くんがママ、いやパパ?でーす」
「高専卒業するまで傑が名前にべったりだったの僕知ってるからね!?」
「…何の話?別に普通の同期でしょ。というか、人数が少ないからそう見えるだけ。硝子の方が仲いいもーん」
「硝子は違うかもよ」
「どうしてそういうこと言うかな…五条くん嫌い。」
「うわー!だめー!」
「うっざ」

ひらひらと手を振って、「もう構うつもりはありません」という意思表示をして高専内の自分の部屋に脚を向ける。
こうなった五条を構うには体力と根気、あと時間が必要になる。
まあ構うつもりはさらさらないのだが。学生時代に嫌というほど付き合わされているから関わりたくないのが本心。

「傑は助けるのに僕は助けないの?」
「もう十分同じくらい助けたと思うよ。電話させてあげたでしょ?」
「うわー!!そんなこと言うと僕名前と結婚前提で付き合ってるって噂流すよ!」
「んなことしたら夏油くんまた心閉ざすかもよ、五条くん曰く私夏油くんのママなんでしょ?こんなんがパパって最悪じゃん」
「うわー!!!なんでそんな酷いこと言うの!?」
「じゃあね、ばいばい、さようなら」
「悟!なに騒いでいるんだ、うるさいぞ!」
「が、学長…だって名前が」
「だってじゃない!名前、戻ったのか」
「はい。五条くんく絡まれて困っていたんです」
「そうか。休めよ。悟、お前任務がまだあるだろ、早く行け」
「名前……」

じゃ!と名前はいい笑顔でその場を後にした。


/