呪術 | ナノ
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※アンケより

「名前さん!」
「うわ…どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ」

五条家本家。
名前がかつて弟の傑が離反して初めての年末に借りた部屋に名前はテレビを見ながらくつろいでいた。
普段は五条悟の持つマンションで生活しているが、本日は本家からの呼び出しもあり、また諸事情により数日泊まるように言われたのでそこにいただけ。
なんだか先ほどから騒がしく、五条家の人間にしてはバタバタと走る人間がいるな、と思った矢先、部屋の戸がバンと開いたのだ。

「どうして僕が一番じゃないのさ」
「…え、な、何の話?任務は?」
「妊娠!してたの!!どうして名前さんから教えてくれないの」
「妊娠…?なんの話?」
「え?」
「あ、まさか浮気?相手妊娠した?」
「違う!だって、名前さん、妊娠したんじゃ…?」
「…………あ、うん、そうそう。妊娠してた、うん」
「……………………」
「ごめ…いや、本当に忘れてて…さっきまで寝てて、ぼーっとしてて…」

ここ最近体調変だなって思っててね、今日呼び出されてて、そこでちょっと体調悪くなって、それで判明しました。とバツの悪そうに答える名前。
この数日、いや数週間は色々と任務や授業、上との会合があって確かに名前のところに戻れていなかった。アプリでのやり取りはあったものの、少しの体調の変化でわざわざ連絡しない。それが重なり、こうだったわけだが。
名前のすぐ横にへなへなと座り込む。

「ごめん」
「いや、謝るの私の方じゃない?義両親がもう大慌てで、本家も大慌ての、スマホだって」
「僕がちゃんと帰ってれば、僕が一番だった。ごめん、責任は僕」
「特級だし、仕方なくない?」
「なくない」
「ま、飛んで帰ってきたからいいんじゃない?」

よしよし。と名前は笑いながら悟の頭を撫でる。
古い家の当主の頭を撫でるなんて、と家の者が見たら悲鳴を上げそうなワンシーン。
この部屋は悟か名前が呼ばない限り近づくのを禁じているので誰かに見られることはないが、それでも万が一という事もある。早々に名前は切り上げて義両親に挨拶は終わったのかと問う。

「僕が当主で、名前さんがその妻なんだよ?」
「家としてはね。でも親子でしょ?」
「ぐぬぬ…これから行く」
「よろしい」
「ご飯は」
「まだ。なんか、良いものを用意させるって」
「そ。あとで使用人兼護衛を選出させるから、それと一緒にあっちに戻ろうね」
「戻るの?」
「ここに居たい?」
「いや……でも、いつものお手伝いさんじゃだめなの?」
「駄目でしょ。名前さん身重だし、名前さん自身と子供の懸賞かかるし」
「う、うわ……」
「だから、わかった?」

うへえ。というあからさまに辟易している名前を笑い、悟は両親のところに向かう。
名前に言われたから、という事もあるがこれからの事もある。
本来であれば自分が付きっ切りで守れれば良いのだろうが、そうもいかないのは十分理解している。
五条悟という一個人ではなく、六眼を持ち無下限を持つ特級。それが嫌でもついてまわる。
上層部は早く子供をもうけろと口うるさかったが、今度は次だと騒ぐだろう。
それだけではない、名前と子供は懸賞金がかけられて呪詛師がこぞって来る。名前も元は呪術師といえど身重となっては自分で自分を守るのは難しい。頼りたくはないが良い人選をしてもらうのが一番手っ取り早い。
勿論両親の他、自分の伝手を使っての人選もしなければならない。名前があまり気を使わず、かつ強い呪術師。
両親と話し込んでいれば食事の時間になり、悟は名前のもとに一度戻ることにした。

「名前さん」
「遅かったね」
「話し込んでた。ご飯食べよう、持ってくるように言ったから」
「え、運んでくるの?行くんじゃなくて?」
「久しぶりだから僕名前さんと食べたいの」

折角顔合わせたんだし、それくらいいいでしょ。と言わんばかりに可愛い子ぶってきゅるるんと甘えるしぐさをする。
暫くすると「失礼いたします」と使用人は戸を叩き、次々に膳が運ばれてくる。
2人で内容が違うのは、張り切ったせいだろう。

「これは、また」
「大奥様の指示で奥様には栄養あるものを、と」
「ま、そのあたりは任せるよ。僕分からないし」

はいはい。と早く下がれと態度で示し、2人で食事を始める。
これが美味しい、これは苦手。ダメダメ、ちゃんと食べて。と今までと逆に悟の方が名前が食さないものに食べてという。

「まだ産まれないし」
「でもこれからの名前さんの身体と子供の身体作るから」
「くそー…」
「僕ね、嬉しいんだ」
「…子供ができたから?」
「それもあるけど、子供ができたことで名前さんの立場が良くなるのが嬉しい」
「………、」
「相伝の術式だといいね、そうしたらもっと名前さんの立場が良くなる」
「子供が嬉しいんじゃ、ないの?」
「正直言うと、それよりも名前さんの立場が良くなる方が嬉しい。きっと、それは普通じゃないのも理解してる。子供ができたって言われても、よくわからない」
「ま、私も自覚はないし?悟もそうやって自分の思ってくれてること言ってくれて、どう思ってるか分かったし」
「引いた?」
「いや?だって悟だもの、私と違う世界に居て違うものを見ていなきゃいけない。幸い義実家は太いし、夫は基本味方だからどうにかなるでしょ」

不安はたくさんあるけど。と困ったように名前は笑う。
そもそも名前自身、悟にそういことを期待していなかった。学生の時から強く、一般家庭出身の名前とは認識がズレていることが多かった。そのズレも大きなものから小さなものまで、多種多様。同じという人間はいないが、それでも呪術界の御三家のひとつの人間なのだ、一般家庭出身の名前とは違って当然である。
まして子供のころから六眼だ無下限だと言われていたのだ。価値観は違って当然、むしろこうして名前を大切にしてくれることが異常である、とはいわないが、それに近いと思っていた方が良い。

「え、それでいいの?父親の自覚はあるのか、とか、さ」
「んー?でも、五条家の場合は大丈夫じゃない?父親が問題ありでも周りがいるし?まあ男子で術式ありが条件かもしれないけど」
「女の子でも僕守るし。名前さんの子供だもん」
「僕の子供、でもあるでしょ。傑が居たら大喧嘩になってたよ、これじゃ」
「あ、じゃあ傑オジサンになるわけ?うわ!これ、絶対結婚前ケンカになってたやつ!」
「義理の兄弟になるんだもんね。悟に姉さんは任せられないって、大変なことになりそう」
「でも、子供生まれたらデレデレしそう。姉さんの子供可愛いって」
「そこで悟が『僕の子、可愛いでしょ』って言って、またケンカしそう」
「するね、確実」

名前が不安なのは頭で理解している。しかし、心で理解するのは難しいと悟はわかっている。
名前は「悟は感覚が違うから仕方がない」と諦めのような、そんなものを持っているのを、前に本人に伝えてある。それは悟にとってある意味有難いことだった。
違う事を理解されている。一緒に居たくても難しい事を理解されている。
でも、思う事は理解されていない。
悟は名前の事を多分本当に好きだし愛している。でも名前はそれを「はいはい」と戯れのように受け流す。それでいてこうして子を腹に宿してくれた。親友だった弟の負い目もあるかもしれないが。

「僕、父親らしいことできるかな」
「無理しなくていいんじゃない?」
「おむつの交換とか、ミルクとか。女の子だったらお嫁に行っちゃうの?え、無理…」
「生まれて育ってから考えて、嫁は」
「いや、でも、この場合女の子が当主ってのもいいよね。あり寄りのあり。ありあり」
「ありかなぁ……」
「男でも女でも名前さんに似てくれたらいいな」
「どうして?」
「だって、僕に似たって可愛くないもん」

まあ、美しいのは確実だけど。という言葉に、名前はただただ“五条悟”という人間を目の当たりにした気がした。

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