呪術 | ナノ
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「さて、っと」

現金と車を準備してもらい、エンジンをかけて高専から出た名前。
かつて自分が10年後から現代に戻ってから夏油に「私が居たところを教えるから、名前はちゃんと迎えに来てね」と言われて嫌でも記憶に残っているし、何なら双子を連れて何度か連れていかれたので場所の把握は出来ている。
不安があるとすれば相手は学生といえど特級という事。ついでに恵まれた体格で、女性である名前と男性である夏油では、体格の差は埋められない。ついでに名前が1級になったといえど、相手は特級。その差も致命的といえる。
しかし、それでも名前は夏油を救ったのだから、今の名前がそれができないとは言わせられない、という事だ。
現に高専で教師をしてる方の五条には「傑の事頼んだよ名前。絶対に失敗なんてしないでね?」と圧をかけられている。
名前だって同級生の夏油を見て見ぬふりをしてしまった後悔と後ろめたさを持っている。出来ることなら助けたい、と思うがそれが自分にできるだろうか。

ま、考えても答えは出ないし。

切替て行くしかない。気持ち的にも物理的にも。と名前はアクセルを踏んだ。


車を運転して数時間。
「名前も一緒に来てよ、近い未来私を迎えにくるんだし」と連れてこられた、言えば田舎というところ。名前の出身も田舎だが、ここも負けじと田舎である。
田畑がある以上に木々に覆われ、山と森の間という感じの田舎。
ここで殺人があれば隠し場所は十分だろうな、というのが名前が最初に来た時の印象だ。
自然が多い、と言えば魅力的だが、虫は多いし獣も多い。ついでに人間が少ないから何かあっても助けを呼ぶには時間がかかる。
好都合で不都合が多い場所だ。
確か当時の夏油は酷く疲弊していた。任務先であるとある村で虐待されている双子を見たことに堰を切り、暴走して逃走した。
呪具を持ち、車を降りる。
ここに来る前に家入からもたらされた薬も十分ある。家入曰く「夏油にかなりやられるから持っておけ」と渡された物だ。聞いた話ではかなりの怪我になるのがわかっている。
どうせなら五条に代わってほしいが、それではまだ若い2人が衝突するだけで何も変わらないし夏油は戻ってこない。

「嫌な役回り」

あーあ。と名前が愚痴る。





「やっほー夏油くん」
「…名前?なん、で…ここが」
「お、双子ちゃんもいるね」

さっと大きな夏油の陰に2つ隠れる。
しかしこのままでは幼い子供には危険すぎるので名前はためらう事もなく夏油と2人の間に結界壁で遮るのと同時に小さな帳を降ろす。

「……私を殺しに来たのか」
「まさか!迎えに来たんだよ。でもその前にお仕置きだよ。2、3発殴らせて」
「は?私を殴る?名前が…?」
「双子ちゃんは危ないから隔離した。さて、まずは私に殴られてくれるかな、日ごろの鬱憤を受け止めて」
「な…」

結界の間で幼い子供2人がどんどんと壁を叩いて「げとうさま!」と叫んでいるのがわかる。
内心名前は「ごめんね」と謝りながらも呪力強化した体で夏油に切り込む。
夏油の知る名前の速さではない。夏油の知る名前の太刀筋ではない。夏油の知る名前の呪力の強さじゃない。
誰だ、これは誰だと夏油の脳内で警鐘が鳴る。
これは名前じゃない。名前であるものか。名前の顔を…顔を。

「…だれだ、おまえ。名前の顔をして私に近づいて何のつもりだ」
「苗字名前だよ。まあ、今の夏油くんの知ってる私じゃない、かな」
「……?」
「実はね、私10年後から来てるの。夏油くんを助けるために」
「…は?」
「だから、夏油くんは私にけちょんけちょんにされて白旗上げて、私に泣きながら手を引かれて高専に戻ろうか!」
「……はあ?きみ、頭おかしいの?10年後って…馬鹿じゃないの」
「わかる。本当『馬鹿じゃないの』って思う。でもさ、事実なのよ、これ」
「名前はそんな、そんな…性格じゃない」
「それ五条くんにも言われた!特級が同期だとこうもならないとやってられないのよ…」
「名前は、もっと、女の子らしい子だ」
「お?なんだケンカ売ってるの?買うぞ?なんだ女の子らしいって、んもん呪術界じゃやってられないんでね!!」

幻想だ。と言わんばかりに再度切り込めば最初こそ夏油は圧倒されたが、相手は下の階級に女。呪力量も腕力も体力も負ける点がどこにもない。
ただ、その相手が同級生だった名前だ。
夏油は名前は嫌いではない。とても穏やかで、あの同級生の中では一番女の子らしい女子だった。まあ比べる相手が家入硝子なので、家入に比べたら補助監督の女性も女の子らしいになるだろう。
いつも一歩後ろを歩くような子。弱くて、むしろ守ってあげなくてはいけない子。いつも
どこか遠慮をしていた子だった。
しかし、この女性は名前なのだという確信もある。
この結界術は名前の使っていたもの。精度の高さは前に見た物より数段上になっている。呪具も同じ、扱いは上。

「…っぐ」
「反撃しないの?」
「………」
「学生は拳と拳のぶつかり合い…?じゃ、ないの?」
「君が、名前がなら、できない」
「えー…うーん……私、一応腹を割って話しに来た?というか、色々夏油くんの鬱憤とか晴らしつつね、こう…」
「なにそれ」
「ほら、夏油くん溜め込み体質でしょ?ちょっとでもスッキリさせたいなって。五条くんとかが適任だと思うけど、ほら、まだ2人若いし。落ち着いてお話できないから」
「…………」
「…ごめんね、夏油くん」
「殴ったこと?」
「ううん、何も出来なかった事」
「殴ったとはいいんだ」
「うん!だって私、結構夏油くんにも迷惑かけられてたし!でもおかしいな…」
「…なにが」
「いや、私夏油くんにめっためたにされて大怪我するって話なんだよね」
「なに?怪我したいの?名前の性癖やばいね」
「痛いの嫌だよ。だから正直夏油くん助けるのもパスしたいし」
「え」
「でもさ、私じゃないと駄目だって言われるし?でも、夏油くん全然反撃してこないし…まあいいか。夏油くん」
「………なに」
「反省した?」

はあ?という納得なんてしていなし、お前は何を言っているんだという心の声が駄々洩れの夏油が声を上げた。
確かに、ただ名前に一方的に殴られて反省も何もないだろう。
一方的な暴力をただ受けただけだ。10年後から来たんだ、という名前の言葉を受け入れるほど夏油は素直ではないし、信用もできるとは思えない。
確かに苗字名前によく似ているし戦闘スタイルも酷似して、名前の戦闘スタイルを洗練されたものではある。

「頭おかしいの?」
「ですよねー」
「きみ、本当に名前なの?」
「そうだよ」

名前にされるがまま、そこに座りこんでいる夏油に名前はしゃがんで目線を合わせる。
当時大人びていると思ってみていた顔も、今の名前から見れは幼く見える。

「夏油くん」
「……なに」
「ごめんね。辛かったのに、味方になれなくて。ずっと、ずっと夏油くんは大人で、強くて、負けないと思ってたから。夏油くんだってまだ17歳で、子供なんだよね」
「……なにそれ」
「子供なんだから、甘えていいんだよ。特級とか、そういうんじゃなくてさ。泣いたっていいんだよ、我儘も言っていいし。あ、でも言いすぎるのは困るから、ほどほどにね」

なんだよ、なんだよ、それ。という夏油の声色がだんだんと涙を含んだものになる。
誰もたすけてくれないじゃないか。という責めているようにも聞こえるその声に名前はただただ黙る。
どうしていいかわからない。それもある。でも、ゆっくりと吐き出せることが第一だと今思ったのだ。気持ちを言語化するのは難しい。でも言語化できれば少し楽になれるのも知っている。

「胸、貸そう?」
「……おんなのこが、そんなこと、いうもんじゃ……」
「え、女の子!?私まだ女の子でいいかな」
「…………名前は、いつだって女の子だよ」
「ありがとー。ま、ここは大人ってことで胸を貸してあげましょう。ボロボロに泣いていいからね」

あ、そうだった。と結界術を解いて双子を「おいで」と手招く名前。
警戒して近づかない双子に夏油が「…大丈夫だよ。この人は味方だから」と言えば双子の方がボロボロと泣いて夏油にしがみついた。

「げ、げと…ざま…」
「げとうさまを、いじめる、なあ!!ああああ!!」
「あー…そうだよね、イジメてるように見えたよね。ごめんね、イジメてはいないんだよ」
「あ、ああああ!!」
「うああああああああ!!」
「ついでに夏油くんも泣いちゃえ。ここはドンと私の胸を貸そうじゃないか」
「…ば、ばかだな……わ、わたし、は…」
「うんうん、双子ちゃんにつられて涙が出ちゃうね。良い子良い子、良い子疲れちゃったね。休んでいいよ、私と双子ちゃんしか見てないから」

よしよし。と名前が夏油の頭を撫で、抱えるように抱きしめる。
夏油は双子が自分にしがみつき、ワンワンと泣いて涙が服にしみるのを感じながら同じように名前の胸で泣いた。

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