呪術 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

戻ってしまえば呆気のない物だった、と虎杖は思った。
あれだけ可愛がってくれた名前という1級の呪術師は戻ったことを報告に行けば「よかったね、もうそんな呪いなんて受けないように気を付けてね」とまるで定型文のように紡いだ。
苗字名前。虎杖の身近な夏油と五条の2人は名前と呼んでいる人。
伏黒から聞いた話では二人の教師の高専時代の同期、1級、結界術が得意、常識的な人、その3人では苗字さんが一番尊敬できるらしい。

「なー五条先生、俺苗字さん?と任務するの?」
「あ、猫の時の話?悠仁は名前と任務したい?」
「してみたい!あの結界術面白かったし、応用できそう!俺も結界術できっかな」
「名前と同じようにはできないだろうね。名前の結界術の腕は僕が知る中でピカイチ!技術だけなら僕より上かも」
「まじで!?」
「マジマジ」
「ほあー!」

という雑談をしたのが少し前の事。
今回の任務は七海と一緒で帰りの車の中で思っていたことを口にする。

「ナナミンもさ、猫になってたんだろ?」
「…誰からそれを」
「五条先生と夏油先生」
「まったく、あの人たちは…」
「俺さ、猫になって苗字さんに抱っこされてた、『お母さんってこんな感じなんかな』って思ってさ」
「………」
「あとさ、なんていうのかな…戻って1回しか会ってないんだけど、苗字さんの手が気になるんだよ」
「え」
「なんだろ、なんていうのかな…また撫でてくれないかなっていうか、なんつーか」

後部座席、隣同士。真ん中を空けてシートベルト締めて。
虎杖がもだもだと手振り身振りで何とも言えない心情を体で表現し、隣の七海はサングラスで遮った目でそれをまるで観察するかのように黙ってみている。

「ほら、俺じいちゃんとずっと一緒でさ、あんまり撫でてもらったり抱っこって、少なくってさ」
「………」
「……俺、甘えたいのか、なって、思って…」
「………」
「ナナミンなんか言ってよ」
「いえ、君の境遇を考えればそういった女性に憧れる事もあるでしょう。不思議ではありません」
「でも俺ジェニファー・ローレンスがタイプなんだけど」
「その趣向とは別なだけですよ。子供である君が恋しいと思うのは不思議ではありません」
「五条先生と夏油先生なんだけどさ、俺猫の時あと家入さんと苗字さんが五条先生の部屋で酒飲んだりご飯食べたりしてるとこに居たんだけど、先生2人が苗字さんに抱っこしてほしかったとか撫でてほしかったとかいうのも、そういうやつ?同じ?」

ふーっ。と大きな溜息が聞こえ、補助監督の伊地知が変な声を漏らす。
どうやらこれは話が違う、というのは虎杖でもわかる。しかしその4人は同期で仲が良いというのも虎杖はその現場にいたのでわかる、その場にいた人間の砕けた話し方を聞けば。
それから七海と伊地知は黙ったまま。しばらく車に乗っていると高専に戻り、車から降りる。
すると一歩早く戻ったのだろう、前を歩く苗字の姿が。

「苗字さん、お疲れ様です」
「あ、七海くん。お疲れ」
「ちわっす!」
「えっと、虎杖くん、だよね。お疲れ様」
「苗字さん、虎杖くんが撫でてほしいそうですよ」
「へ?」
「な、ナナミン!?」

キョトンとする苗字。七海を見てからゆっくりと虎杖に目線を移す。
歩いていた足を止め、また七海を見る苗字。

「え?」
「あ、いや……俺、爺ちゃんと暮らしてて、あんまり、そういうの、なくて」
「猫になって苗字さんに甘やかされて、恋しくなったのだと思います」
「そっか……まだ15歳だもんね…」
「子供ですから」
「な、なんかスゲー恥ずかしい……」
「思春期だしね…」

んー。と少し悩む。
人の往来が少ないとはいえ、あることにはある場所である。
七海が学生も使える休憩所に行きましょうか、と提案するので2人で頷き、何とも言えない雰囲気でそこに向かう。
自販機で飲み物を買い、無言のまま椅子に座る。

「…体、何もない?」
「え、あ、うん」
「虎杖くん、返事は『はい』ですよ」
「あ、はい」
「七海くんのほうが先生みたい。七海くん先生になったら?」
「いやですよ。そういう苗字さん五条さんに散々教師に誘われていたじゃないですか」
「苗字先生?」
「やめやめ、私教師とか興味ないし。私は私の責任でしか命を守りません」
「そういやナナミンも猫になって苗字さんに見てもらったんだろ?」
「3日くらいだっけ、家で世話したの」
「ええ、お世話になりました」
「すごく良い子だったから、私も休暇もらった感じになってたけど。映画観たね」
「ええ」
「何観たの?」
「数年前に流行った怪獣映画ですよ」
「ほあー」

たぷん。と缶の中で液体が動く。
大中小と容量の違う缶が各々の角度で傾き、会話の無言を埋めていく。
虎杖が手持無沙汰に缶を振ればチャプチャプと音がする。

「虎杖くん、撫でてほしいの?」
「え!……あ、うん、はい。」
「アラサーのおばさんに?彼女は?」
「いない!てか、自分でおばさんなんて言うなよ、おばさんじゃないよ」
「な、七海くん…!なんて虎杖くんは良い子なの…五条くんと夏油くんに爪の垢煎じて飲ませたい!」
「その発言がアレですが同感です」
「虎杖くん」
「うん、あ、はい」
「私の撫でなんて百害あっても一利なしなので、お勧めしません。あれは猫だから気持ちがいいものであって、人間に戻った今の姿では違うと思うの。恋人作って恋人にしてもらいなさい」
「……うーん、そんなもんなん?ナナミンは撫でてもらった?抱っことか」
「…ええ、まあ……して、頂きましたが」

バツの悪そうな七海。
それで散々あの特級にいじられたのだ。実際に撫でてももらったし、抱っこもされた。ただそれは七海にとっては苗字からの厚意であって、それ以上も以下もない。
虎杖と同じように、今でも苗字の手が気になる。それは事実で隠してはいないが、口にするつもりもない。
咳ばらいをして七海は続ける。

「それはすべて苗字さんが猫を可愛がる対応で人である私たちへの対応ではありません」
「まあそうだけどさ…」
「しかし甘えたいという感情は悪いものではありません。恋人を作るのも焦らず、本当に好きになった人を見つけるべきです。まして甘やかしてほしいなどという理由で作るべきではない」
「なんか違う説教になってるよ。まあでも私も七海くんの意見には賛成。この業界寂しいとか恋しいとかあるけど、相手の人生も考えないとね。例外もあるけど」
「例外?」
「御三家とか代々呪術師の家系かな。そういう人は子孫が必要だからね。五条くんの場合は刹那的だけど」
「セツナテキ?」
「ま、この辺りはまだ虎杖くんには早いかな。ま、ちょーっと甘えたい時には五条くんあたりに相談したら?一応五条くん後進には寛大よ?特に学生には」
「私はおすすめしませんよ、五条さんと夏油さんは。あの2人は教育に悪い」

言い切る七海に苗字は思わず笑った。
間違いではない、確かにそうではあるが、一応は教職なのだからわかるだろう。と苗字は思うが七海はそうではないらしい。
まあ確かに猫になった教え子をポイと苗字に任せようとするのだから油断はならない。ついでに「自分も抱っこしてほしかった」「撫でてほしかった」などと学生の前で言うのだ、確かに、もしかしたら甘える相手としては悪いかもしれない。

「うーん、じゃあ仕方がない。七海くんに甘えちゃえ」
「なぜ私なんですか」
「だって、アラサーのおばさんはハードル高いでしょ」
「アラサーのおじさんは低いとでも?」
「同性じゃない?じゃあやっぱり担任の五条くんか、教師の夏油くんあたり?」
「じゃあさ、とりあえず俺の頭撫でてくんない?苗字さん。それから判断するよ」

その思い切りの良さに七海は少しだけ羨ましく、苗字は持っていた空になった缶を思わず落としてしまった。

/