呪術 | ナノ
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猫になって3日目。
昨日の夜遅くに戻った苗字さんは「ごめんね、今からご飯準備するから」と子持ちの母親のようだった。
バタバタと私の食事を用意して私が食べるのを確認してからソファに横になり、そのまま寝てしまった。
上下に規則正しく動く腹に寝息。これはかなり疲れているのだろう、ここで寝ないほうがいいとは思うが今の私にはどうすることもできない。人の体であれば抱き上げてベッドまで運ぶことも、かけるものを持って来て体を冷やさないようにできるが今の姿では何もかもができない。
私のためにに用意され、ソファにかかっていたバスタオルでさえかけてやることができないのだ。

そして今は朝である。太陽は明るく本日は晴れになるだろう。カーテンがしてあるといっても遮光カーテンではないので明るい。
苗字さんの眉間には皺、まぶしいのだろう。昨日からずっとソファで寝ているのだから体の負担も大きいだろう。風邪は引いていないだろうか、何もかけずに寝るには少し早い。

「……ん、あ?…げ!やば、あのまま寝てた…」

お風呂入ってないや…というボヤキとともに体を起こして伸びをする。バキバキと音がするが、ソファなんかで眠るからだ。一応はそこは私が借りてきた寝床なんですが、と抗議の意味を込めて睨みつつ「にゃう」と鳴いてみる。
世話になっているので文句は言いたくないが、体の事を思えば「そこは私が借りた寝床です」と言わせてもらおう。

「おはよ…」
「あ、ごめん、ここで寝てって言ったの私だったね」
「ご飯とお水とトイレしたら私お風呂入るね…」

昨日も思ったが私の事など後にしてくれていいのだが、元猫を飼っていた人間としては猫の世話が優先されるものなのだろう。
ふらふらと立ち上がって動いて、ふらふらしながら寝室から浴室へと姿を消していく。
暫くするとシャワーの音だろうか、水の流れる音が浴室から聞こえてくる。シャワーであれば浴槽で眠ることもないだろう。少し心配ではあったが浴室から大きな物音が聞こえない限りは不安はないだろう。
用意してもらった食事、そして水を飲む。
ガチャリと音がして浴室から苗字さんが出てきたのだろう、振り返るとまさかのバスタオル姿である。

「あ、ごめんね。着替え忘れて、あっち向いてて」

言われなくても。
だいだい自覚してください、私は男で苗字は女性なんですから。世話になっている分際で説教はしたくありませんが。これは戻ったら言わないといけない。と不機嫌に尻尾を床に叩き付ければ、何が面白いのか苗字さんが楽しそうに笑う声がする。
私は猫ではない。それは間違いなく。苗字さんだって知っているはず、それでも気が緩むのはこの姿のせいだろう。
まったく。とため息をつく。
まあそもそもと言えば私がこんなくだらない呪を受けたのが原因で、苗字さんはそのケアをしてくれているだけだが。
男だという事を忘れているわけではないだろうが、不満だ。

「ごめんね七海くん」
「………」
「目で物を言うね……ごめんてば、いつも1人だから油断しちゃった」
「………」
「その溜息、変わらないね。よし、じゃあ私は私のご飯を用意しようかな。今日は一応はオフだからゆっくりしよ」

つんつん。と私の頭を軽く突き、笑う。
足取り軽くキッチンに立ち、冷蔵庫からひょいひょいと食材を出して軽く調理してテレビの前のローテーブルで食べ始める。
成人の1人暮らし、まあこんなもんですよね。と言いたい食事を食べて後片付け。それから洗濯機を回して。忙しい。
掃除機をかけないでモップで掃除を済ますのはもしかして私への配慮だろうか。あそこに掃除機が出番を待っているが使われそうな気配はない。

「今日は、久しぶりに映画でも見ようかな」
「これ買ったわ良いけど見る時間なくてさー、映画館で観はしたんだけど」
「私床に座るから七海くんはソファに座ってね。猫は高いところが好きでしょ?キャットタワーはスグルお爺ちゃんだったから危なくて買わなかったからさ。でも七海くんがキャットタワーの上で元に戻ったら笑えるね」

怪奇!キャットタワーに上る成人男性!なんてね。と笑う。
言わせてもらえば冗談じゃない。それ五条さんや夏油さん、家入さんに言って絶対ネタにしますよね。地獄じゃありませんか。
抗議の意味を持って「にー…」と恨めしそうに鳴けば苗字さんは「冗談だよ」とまた笑う。
テレビがついて、プレーヤーが口を開きディスクが飲み込まれる。
映し出された映画は数年前に話題になった怪獣映画。
意外だ。苗字さんこういう映画が趣味なのか。
隣に座って画面を見ていると苗字さんが私を持ち上げてソファに乗せる。家主を置いて自分だけ、と思ったが、こうすると名前さんと同じ目線であることに気づいた。確かにこちらの方が私的に観やすい。
観始めておよそ30分。物語はまだ謎に包まれた何かを把握できていない。不安をあおるような音楽、なかなか進まない会議。
苗字さんがお茶を飲んでいるとスマホが鳴る。また急な任務だろうか。

「げ。お母さんだ…」

ごめんね。と言って立ち上がって玄関近くまで行く。
また私に気を使ったのだろう。

「もしもし?うん、元気してる」
「無理だって、帰省は。忙しいの」
「そんなの私知らないし、そんなことお母さん気にしないでしょ。この仕事している人結婚してる方が少数なんだってば」

帰省ついでのお見合いだろうか。
親としては心配なところだ。私の両親も電話をかけてくる。
では今私ができる助け舟は、と思うと猫のふりをして電話の邪魔をすることだろう。
この猫の体は案外耳がよくて電話の内容が筒抜けだ。

「だから、」
「にやう!」
「え、あ…うん、今猫保護してるの。えっと、お、雄。大人の猫」
「にゃーあ!」
「猫の世話ばっかりって…」
「あーう!!にゃーう!!」
「切るね、猫の様子変だから。……七海くん、助かった。ありがと」

足元で騒げば見事に電話を切る口実になった。自慢ではないが、まあまあの体格の猫なので声もそれに比例して大きいのが功を奏した、とでも言うのだろうか。
ご褒美に猫チーズをしんぜよう。と苗字さんは私の頭を撫でる。
ちょうどいい力加減。これは確かに猫も懐くはずだ。ぐーっと頭を押し当てると苗字さんは笑って大きく撫でて、背中までその手は伸びた。

「よし、続き続き」
「……に」

ひょいと抱き上げられ、苗字さんの柔らかい腕の中に納まる。
まあこれも飼っていた猫にしていたことなのだろうが、まあもういい事にしよう。私は猫、猫なのだ。無になったほうが楽だ。
ふふふと笑いながら私の後頭部に柔らかい物が当たり、ソファに降ろされる。
さっきのお礼と猫用のチーズを出されたのでそれを頂いて、画面を少し前のシーンにしてからまた映画鑑賞が始まる。

「ここのシーンの曲、アニメの曲だよね」
「みんなこんなにスパンと物事が決まればいいのにね」
「ご飯も食べれないのは辛いよね…」

独り言のように苗字さんは呟きながらお茶を飲む。
少しだけだが呪術師と重なる部分もある。上は保身のために無駄なことが多いとか、繁忙期になると食事はおろか睡眠時間さえ削らなければならない。
映画は楽しむものだが重なって辛い気持ちを思い出すのはいかがなものか。
まあ私もこの映画では倒壊する見知った建物を見てすっきりしたクチなので何とも言えないが。
画面を眺めていればいつの間にかもうエンディング。あのリズミカルな映画のテーマ曲が黒い画面に流れる文字を彩っていた。

「終わったー。そろそろ七海くんも元に戻るかな、硝子は2、3日って言ってたし。早く戻らないと五条くんとか夏油くんに玩具にされちゃうね」

そうだった。
まだ夏油さんならマシだ。いや、あの2人をマシかどうかで判断したらいけないのだが。
あの2人の事だ、猫から人に戻ったとしても「お前名前と一緒だったんだって?」「抱かれたのか?抱かれたのか!?」「一緒に寝たんだろ」とウザ絡みしてくるに違いない。初日の夏油さんにだっていやな思いをしたのだ、そこに五条さんが加わってよくなるはずがない。

「今夜くらいには戻れるといいね」

私の頭を撫でる苗字さんの手。
そろそろ戻ってくれないと任務より面倒なあの2人がそろってしまう。それだけは避けたい。
しかし飼い猫という立場もなかなか悪くはないと思い始めてきた頭を振って、「そうですね」という意味を込めて鳴いた。

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