呪術 | ナノ
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猫になって2日目。
苗字さんのリビングのソファを寝床に貸してもらった。背もたれには戻った時に使ってとバスタオルがかかっている。
伸びをして時計を見れば5時半。苗字さんはまだ眠っているのだろう、寝室のドアは少しだけ開いている。夜何かあれば来てね、苗字さんが開けていた。そんな気にしなくていいのにと思うが、苗字さんも心配なのだろう。
ソファから降りて用意してもらった水を飲み、再度伸びをする。
さて、どうするか。この時間では苗字さんを起こすのは悪い。もうひと眠り、といきたいが体は運動をしたがっている。走り込みをするには場所がない、しかし。

「おはよ、ななみくん…はやいねえ」

寝室から苗字さんが顔をのぞかせている。
トイレ…と言いながらトイレに姿を消したので、ちょうど目が覚めたというところなのかもしれない。出てくると再度「おはよう」と頭をなでられた。
きっと飼っていた猫と同じことをしているのだろう、その動きはとても自然だった。

「おみず、かえるね」
「ごはんたべる?まだいいかな、おなかすいてない?」

言葉がはっきりしていないが、もしかしたら私が起きたことに気づいて世話をしてくれているのだろうか。もしそうだとしたら申し訳ない、「にやあ」と頑張って高い声をだしてみるが、やはり低い声で、それでも鳴いたら苗字さんは「うんうん」と頷くばかり。

「あ、だっこ?うん、だっこしよう、ね……って、危ない。七海くんだよ」

危ない危ない。と言いつつ撫でるのをやめないあたりまだ目が覚めていないのだろう。
しかし頭をなでてもらうんて何年ぶりだろうか、その気持ちよさを思い出してしまい喉がぐるぐると鳴り始めた。

「お?……七海くん、気持ちがいいんだね…知ってる?猫のそのゴロゴロ音って骨折の治療に効果あるんだって」

撫でていた手が今度は顎に移り、カリカリカリと爪を立てるように刺激されると思わず目を閉じてしまう。この顎から頭に駆け抜ける気持ちよさ。顎なんて急所のひとつでもあるのに、その手から逃れなければ、いや、でも苗字さんは危害を加える人では…あ、あ、あ。

「ご飯食べる?私もう少し寝たいんだけど…」
「…に、」
「じゃあご飯出しておくから食べてね」

すっと消えた手。顎に余韻が残っていて、正直もっと触ってほしい。もしかしたらあの飼っていた黒猫もこれと同じことをしてもらって、同じこと思っていたのだろうか。
キッチンに立って昨日と同じくエサ皿のカップ麺のカップにササミとほかの食べ物が乗る。
「どうぞ」と食べやすいように台においてくれ、私が食べ始めるのを確認して苗字さんは寝室へと消えた。
少しだけ残し、口の周りをぺろぺろと舐めてから苗字さんの寝室のドアから室内をうかがう。女性の寝室に入るなんて、とは思うが猫の私はそのベッドがひどくいいもの見えてきて乗りたいと良心を突いてくるのだ。
そんな気配を感じたのか苗字さんが「七海くん?ベッドで寝たいの?猫だからいいよ」という声。そういわれると「そうです、今は猫なので」と甘えることにした。
ひょいとベッドに上がれば少し揺れる。

「ソファよりベッドがよかったかな」
「………」
「足元行って蹴っても文句言わないでね」

ではどうしろと。と思って腹のあたりに居座ってみる。
顔のあたりはまだ少し抵抗があるし、足元で蹴られるはごめんだ。
苗字さんの様子を伺えば、丸くなって寝息が聞こえる。呪術師は忙しい、クソだ。だからこそ休みの日にここぞとばかり眠る呪術師は少なくはない、苗字さんもおそらくはその部類なのだろう。猫になった男がいても構わず寝ているのだ。
とりあえず、苗字さんの腰のあたりで座り、まだ薄暗い外を思いながら今度は寝る体勢を取ってみる。くっつきすぎず、はなれすぎず。

暫くするとアラームではなく、着信音が響く。外は明るく日が昇ったのだろう。
苗字さんが唸りながら枕元を探ってからぼやけた声で「もしもしい」と声がした。

「えー…硝子…え、んー…わかりました……10時ですね…あい、」

この寝室には時計は目覚まし時計だけ。ここからでは見えない。
ベッドの中で数回唸り、ぐぐぐっと伸びをしてベッドから降りた苗字さんについていき、リビングで時間を見る。7時。
そこから私はリビングのソファで邪魔をしないように苗字さんを観察する。
顔を洗って着替えて、朝食の支度だろうか。昨日残りを温めたり買ってきた食パンを出してみたり牛乳にコーヒーを入れている。

「あ、七海くん。私急な任務入ったら10時前には出ちゃうけど大丈夫だよね」
「ご飯……出しっぱなしじゃ乾いちゃうね…うーん、カリカリだと嫌だよね…買ってないし……補助監督の人に…いや、面倒だしそれは無し。あ、プラスチックの蓋あったかな、それ前足でチョイってして開けて食べてもらおうかな」
「お水も新しくしておくね」
「あ、トイレトイレ」

私の世話なぞ後にしたらいいものを。少しトイレと言われると恥ずかしいが、この姿では世話にならないとどうにもならない。どうせなら戻ってから自分で始末したいが猫の本能なのか汚れていると落ち着かず、どうにも苗字さんの世話にならざるを得ない。
これが最悪の2人であったら地獄だろう。経験者である人のほうがましである。
バタバタと私の世話をして、それから食事をして。

「じゃあ七海くん、私任務行くから。何もないと思うけど、気を付けてね。ご飯もあるから前足でチョイってして、チョイって。ご飯までには戻ってきたいと思います、いい子で待ってて」

じゃ。と玄関を閉めて足音が遠ざかる。
いい子、だなんて子供の時ぶりだろうか。
ひとつ欠伸をしてリビングのソファに寝転ぶ。猫なのだ、と言い聞かせてどうせ何もできないのだから惰眠でも貪る。

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