呪術 | ナノ
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「七海くん足拭こうか」
「ここがトイレね。前飼ってた猫のトイレだけど我慢して、猫の糞はトイレに流せないの」
「ご飯は何がいいかな、猫用…は嫌かな。湯がいたササミとか?買いに行かないとかな」

うーん。と苗字さんは私を見て色々と頭を傾げる。
わざわざ気を使って私を抱き上げないあたり、とても良い人である。猫好きなのだから抱きたい気持ちをこらえ、わざわざ段ボール箱を準備してそこに私を入れて、夏油さんからも遠ざけようとしてくれた。夏油さんの件はまあ結果は予想していた通りだが、それでも苗字さんは頑張ってくれた方だろう。伊地知くんであれば押し切られていたに違いない。

苗字さんの部屋について数分。ピンポーンと呼び鈴が鳴り、苗字さんが「あ、」と言いながら玄関に走るのでなんとなく後をついていく。
すると玄関には夏油さんの姿が。

「はい、頼まれたもの」
「ありがとう。あ、夏油くん下着のサイズってXL?」
「え?なに?どういう…」
「ほら、夏油くんから服借りるけどさすがに七海くんのために下着貸してとは言えないでしょ?」
「まあね…あ、やあ七海。私はこれから君たちの代わりに任務だよ」
「………」
「あ、嫌な顔してる。嫌な先輩だねー」
「七海に下着買ってあげるの?」
「服がどうなってるかわからないし。近くに服はなかったけど、戻った時全裸だと困るでしょ?まして私の部屋なんて男性物ないんだし。安い下着買ってくるよ、いらなかったら防犯にでも使おうかな」
「高専のここで?」
「馬鹿はどこにでもいるからね」

この“馬鹿”というのは先日高専に入った泥棒だろう。入ったはいいがあっさり補助監督に捕まり通報。こんな辺鄙な土地でも泥棒はいるのだななんて話題に上がっていた。
呪術師が集まる高専で呪詛師や呪霊の対策はあっても、確かに防犯となると意識は薄かったように思える。また夜蛾学長が頭を悩ませる種が増えたと思っていた。

「いいな七海。名前に下着買ってもらえて」
「安物だけどね。ありがとう、助かった」
「この借りは高いよ?」
「七海くんに返してもらって」

じゃあね。とドアが閉まる。受け取った紙袋をあさって「うわ、見事に黒。七海くん、どう思う?」と聞かれたのでとりあえず出せる声で「にゃあ」と返事をする。
なんと可愛らしくない声だろう。低い声で「にゃあ」とでた。

「貸すにしても、もっと考えてほしいよね」

戻ろうか。と苗字さんは紙袋を片手にリビングに戻り、「七海くん、ここに置いた紙袋の中に服あるから戻った時必要だったら使ってね」とわかりやすいところに置いてくれた。

「あ、七海くんも見たいよね、確認しようね」

と思い出したように紙袋から服を出して黒Tシャツに黒いサルエルを出す。猫の視点からしてかなりデカい。デカすぎてこれでは服に着られるのではと思ってしまう。
苗字さんも同じことを思ったのか「でか…」と引いていた。

「…まあ、七海くんと夏油くんまだ身長近いし、いけるか」

うんうん。と頷いて畳んでまた紙袋に入れる。かさりと音を立てて揺れる紙袋。思わずその角のにおいをかいでしまう。そしてその角の誘惑的なことこの上なく、すりすりと口元を擦りつけてしまった。

「ふふふ。猫っぽいねー、猫やるんだよ、それ。角気になるんだよね」
「…………」
「気にしないでね、今猫だから。まあ七海くんは気になるだろうけど。あ、私がうっかりなでたりしたらゴメンね」

どうもバツが悪くてピタッと動きを止めて目線だけで苗字さんを見る。
猫を飼っていただけあって、猫がしてしまう行動には大方予想がつくのだろう。軽く笑って「気にしない気にしない」と言う。

「七海くん好きにしてていいよ」

と言われたものの、何をどう好きにしたらいいのか。
女性の先輩の部屋。テレビ台の隣には黒い猫の写真と猫の首輪。その近くにはクッション、その上には黒猫のぬいぐるみ。
数年前に死んだのだろう、学生時代に寮にいた苗字さんの猫の「スグル」だろう。
クッションとぬいぐるみはわからないが、学長あたりがプレゼントしてくれたものかもしれない、どことなく学長の趣味が見える気がする。

「七海くん、七海くんのご飯と下着買ってくるね。寝てていいよ、それじゃ本も新聞も読めないだろうし、テレビもね」

テーブルにリモコンあるから、気が向いたらつけて。とテーブルを指してからドアが閉まる音がした。
苗字さんがいう言葉は理解できるが、確かに本も新聞も読めない。というより、まずこのリビングに新聞も本もない。リモコンだってあるがこの前足では思うボタンも押せないだろう。
ソファに上り、とりあえず座ってみる。
あまり他人様の部屋を物色してはいけないし、そんなことをする趣味もない。
ひとつ溜息をつき、猫の小さな体で横になってみる。他人様の部屋で、とは思うが猫では何もできないもの事実である。
それから暫く眠ってしまい、ドアが閉まる音で目が覚めた。出迎えではないが、苗字さんが戻ってきた姿を確認するために玄関に向かう。

「あ、ただいま七海くん。七海くんのご飯と下着買って来たよ」
「………」
「猫のご飯は抵抗あると思ってササミにしました。しばらく肉食になるかもだけど許してね、あとで調べて野菜もいいか確認してみるから」
「……に」
「下着はとりあえず黒にしたよ」
「……」
「今日は久しぶりに自炊だから奮発しちゃった。猫用のチーズがあったら後で食べようか」

ガサガサとビニール袋を提げて苗字さんは笑って帰ってきた。
少々自分のためにお金を使わせるのは申し訳ないが、猫を飼っていたという経験上苗字さんが適任だというのも理解している。
ニコニコとしながら苗字さんはリビングからキッチンへ移動して買って来たものを冷蔵庫に詰め込んでいく。隙間から除くに、「久しぶり」という言葉に偽りはなさそうだ。

「何も面白いの入ってないよ?」
「!」
「スグルが居た時もね、スグルのお買い物チェックあったの。ふんふん匂いチェックして、自分の好きなものがあるがチェックするの。懐かしい」

それが終わると「抱っこコールが始まってた」と苗字さんは笑って続ける。
私が高専に戻ったあたりだったか、そのスグルは死んだというのを人伝に聞いた記憶がある。私の中のその猫は高専の寮にいた時の記憶なので、その時間の経過に内心驚いた。
苗字さんは任務もしっかりこなしていたし、だからと言って休むような人ではなかった。しかし寂しかったというのはわかった、写真も首輪も、ぬいぐるみも、大切なのだ。

「あ、ごめん七海くん。七海くんのご飯のお皿とお水のお皿がないや…あー…スグルの、は嫌だよね」
「…に」
「そうだよね……ごめん、食器買いにちょっと出てくるね」
「…に」
「な、なな、み、くん?」

しゃがんでいた苗字さんの膝に前足をかけ、立ち上がるのを邪魔をする。
さっと私の前足を降ろして「駄目だよ、あぶない」というが、気にせずまた前足をかける。それを数回繰り返すと苗字さんは「なんですか七海くん。中身まで猫になりましたか」と言われたので抗議の意味を込めて睨む。

「その目と尻尾の動きは抗議。なに?何が気に入らないの?」
「…」
「ご飯?」
「…」
「あ、トイレ?だからね、人のトイレでしたい気持ちはわかるけど猫のは流せないの。詰まっちゃうんだって」
「…」
「違うの?えー…なんだろう、あとは…ご飯のお皿の話?」
「に」
「え、だって…」

数日で元に戻る私になんて構わなくていい。と言葉にできればいいのだが、あいにくこの口では言葉にできない。でても低い声で「にゃあ」としか出ないのであれば短く「に」と鳴いた方が耳汚しもまだマシというもの。

「あ、でもさすがにスグルの使わせるの悪からこうしよう。からのカップ麺容器をご飯とお水のさらにしよう、うん。今未開封のカップ麺だして、中身は煮て食べよう」

確かに使ったあとでは匂いが気になりますね、賛成です。と目で訴える。
苗字さんは理解してくれたのか「七海くん気にしなくていいのに」と笑って立ち上がってカップ麺を2つ。この仕事は時間が不規則だし保存食は必要不可欠。食欲がなくても腹に入れておきたいときもある。
思わず喉がゴロゴロと鳴り、名前さんが笑った。

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