中学三年になってすぐ。父親だという男が現れた。 それはでは母親と二人、俗にいうシングルマザーの家庭で過ごしていた。 片親だからまあそれなりに経済は思わしくないし、母親は昼夜問わず働いていたし、僕も欲しい物を買ってもらえる家庭が羨ましいと思う事はあっても諦めていた。 それが不満だったとか、そういうものはない。だってそれが普通、それに日常だった。 だからと言って父親がいたら。という不毛な妄想はしたことはない。だって不毛だからだ。 「ほう、まさかこんなところで芽が出るとは」 そう言った立派な髭をたくわえた男性が父親らしい。 母親は何も言わない。言わないのか言えないのかはわからない。そして僕に「どうしろ」も「こうしろ」とも言わない。 聞こえはいいが、今まで比較的聞き分けよく生きていた。 母親は苦労しているし、自分だって苦労という苦労はしてきた。 「そうだな、5億でどうだ」 そう言って僕は母親に売られた。 まあその金額が妥当かはわからない。自分の値打ちなんて調べたことなんてないからだ。 臓器だとそれだと高すぎるのかもしれない、安いのかもしれない。 その金額が母親が苦労してきた金額に見合えばいいな。と思って身体ひとつで禪院という家にやってきた。 その家はまるでドラマの世界のような豪邸で、人が多かった。 次期当主候補の中に直哉さんという人がいて、他に従姉妹に当たる双子の女の子。他にもいたはずだけど関わる事が少なかったせいで使用人なのか親戚なのかまるでわからなかった。 直哉さんという人にはひどく意地悪をされた記憶がある。いや、意地悪をされた記憶しかない。 「生意気や」と難癖を付けられて何度怪我をしただろう。 僕はただ言われた通りにしていただけなのに。 呪術師というものなんて知らない人間がいきなり連れてこられて、言われた通りにしただけだというのに。 学校だっていきなり転校させらて、苗字も変わって、何もかも取り上げられていきなり与えられてだけなのに。 そこでの唯一の友人は学校にも上がらない小さな双子だった。 ここでは女の子というだけで扱いが酷く、たまに帰ってくる直哉さんに足蹴にされていたのをみては間に入って一緒に蹴らた。 双子の母親からは「どうかおやめください。##name_1##さんがなさる必要はないのですから」と頭を下げられたが、その行動の意味が解らなかった。 小さな子供を暴力から守るはずの母親が、どうして放っておけなどというのか。そこで言ってもきっとこの人には伝わるはずもないという諦めがもう当時出来ていたので僕はだた黙った。 人の気配が消えると傷だらけの二人が僕の部屋を覗きに来て手当をしていた。 「まいをさきにしろ」 「次は真希だからね。真依、しみるけど我慢するんだよ」 「うう!!」 この二人と自分自身の怪我のおかげで救護スキルは存分に上がった。 そのお陰で次の年、呪術高専に行って怪我をしてもどうにか手当が出来るくらいに。 呪術高専は東京に行った。どうもあの家は居心地が悪くて、小さなあの双子を置いていくのは気が引けたが、それ以上にあの家に近付きたくなかったというのが本音だ。 逃げる様にして出て行っても、結局は禪院から逃げる事なんて無理なのだが、それでも逃げたかった。 「へー。お前禪院なんだ。しかも当主が外で作った子供で買われてきたんだってな」 なにも間違っていない。全部が本当だった。 術式なんて知らなかったが、教えらえて玉犬をつかって何とか下せた式神はまだひとつ。 去年禪院に入って、たったのそれだけ。それだけだ。だから禪院は僕を落ちこぼれという。術式だけはあるのに、やっぱり駄目ね。という声を聞き飽きた。 真希には「あるだけいいじゃねえか」と子供らしからぬ言葉で言われたのを今でもその時の声で思い出す。 同級生は一人。伊地知潔高。少し神経質だとは思うけどとてもいい友人だ。 元は同じ一般人で禪院という家をあまり知らない事もあって気が楽だった。久しぶりに友人らしい友人だったと思う。禪院の家に行ってからはずっと「禪院」という家の人間として見られ、一線を引かれていた。 別に売られた事も、買われた事も、感情はもうない。 悲しかったような気もするが、過去の話だ。 「おい、お前禪院の当主に連絡取れるよな、一応当主の子供だから」 「え…どうしたんですか?五条先輩」 「お前と同じヤツがいるんだよ。それが禪院に買われそうだから俺が買うんだよ」 「………そう、ですか」 「なんだよ」 「いいえ。でも僕が取り次げるかわかりませんよ?僕嫌われてるし」 「あの才能大好きな禪院が才能があるお前を嫌うわけがねえよ。いいか、気われてるのはお前の性根だ」 「………ああ、そうか」 「あ?」 「五条先輩に言われて腑に落ちました。そうか、僕自身が嫌われていたのか」 「どうでもいいけどよ。出来るのか出来ないのか」 「今更いい子ぶる必要もないのでやります」 「お?」 「どうかしましたか?」 「お前そういう顔もできるんじゃん。いいんじゃね?」 意味が解らない。でも理解する必要なんてない。そうだ、理解する必要なんてものは何一つも無いんだ。理解しようとするから辛い、理解できなくて辛い、理解されなくて辛い。そんな辛くて意味のない物など捨ててしまえばいい。 それからは自分でも驚くほど早かった。 父親に取り次げと本家に電話をして五条先輩と親戚だと思われる子供を本家に送り、二人が話している間は真希と真依に久しぶりに会って会話をした。長期の休みに入れば戻ってくるが、それ以外では会う事がない。 「だれがいるの?」 「僕と似た子だよ。彼も買われるかもしれないから、五条先輩が買うんだって」 「ふーん。##name_1##もかわれるのか?」 「僕はもう買われているから、もう買われないよ」 「東京、またいくの?」 「うん。これが終わったら戻るよ」 「なんで京都じゃないんだ?」 「ここじゃ家をでられないだろ?東京で暮らせたら二人をお世話係で呼べるじゃないか」 「お姉ちゃんといっしょ?」 「真依もいっしょなのか?」 「うん。いつかこんな家を出ていこう」 才能なんてものは知らない、術式なんてものだって知らない。わかるのは此処が嫌な場所だという事だけだ。 要らない僕がぞんざいに扱われる二人を連れて行っても何も問題はないはずだ。 だから高専を卒業したらね。と約束をした。 まあ、そんな約束なんて結局は果たせず、出戻る結果となったワケだが。 何が悪かったとか、多分ないのだろう。タイミング、間合い、色んなものがかみ合いすぎたのだと思う。 五条さんに言われて東京に向かう事があり、任務でも向かう事があった。 その際に例の彼、伏黒恵に会う機会があった。同じ十種影法術だというが、残念ながら僕が使うのはその亜種だったことが判明した。 その反面彼の扱う術式は正真正銘の十種影法術。 五条さんに呼び出されては彼の特訓に付き合ったが所詮僕は亜種。彼に教えてあげられることは圧倒的に少ない。 「どうしてそれは##name_1##さんが呼ばなくてもいるんですか」 「それは僕が君の様に正真正銘の十種影法術の使い手じゃないからよ」 「そっちの方が強そうです」 「そうかな、僕は君の方がきっと強いと思うよ」 「恵、##name_1##をいじめちゃダメだよ」 「いじめてない。##name_1##さんはどうしてここにいないんですか」 「##name_1##は禪院だからね。亜種とはいえ十種影法術の術式だからアレは京都におきたんだよ」 「おれは?」 「恵は僕が買ったからね」 「じゃあ##name_1##さんも買えば」 「ははは、恵くんは恐い事を言うね。僕には価値がないのさ」 「買って欲しいなら買うよ?何億で買われたの」 「確か…5億、でしたかね」 「うわ!安!!恵は10億だったよ」 「糖でも立っていたんじゃないですか?」 東京の土産を持って双子に渡すために家に行く。 五条さんに前から相談はしているが早く東京へ、あの家から遠くなりたい。 あの双子を少しでもあの家から離したい。それが自分の、ただの自己満足でも、ただの優越感でも、ただの現実逃避でも。 |