それは多分、とても簡単な仕事なはずだった。 情報が入った発信機付のUSBを持った人間の後付けてその人間を確保する。 ライブラにしてはとても簡単で、逆に言えば新鮮ともいえるくらいとても簡単で、そして比較的安全な仕事だったはずだ。 相手は人間、ツェッド風に言うならばヒューマー、つまり人類だ。 その人間の性別は分からない。背格好も言えば曖昧。理由は深くかぶった帽子に、またその上にはパーカーに付いている帽子をかぶり、ダボついたズボンにユニセックスなスニーカー。万が一にも人間ではないのかもしれないが、歩き方も走り方も人間そのものだった。 だから人間離れしたザップと人間ではないツェッドが組になり、その人間を捕まえることが出来ないはずがない。そう誰しも思っていたし、本人たちも同じだった。そこにレオがいるのはある意味保険であり、その目を使いサポートするためだった。 「くそ!あいつどこ行った!!」 しかし現状はそれを全て裏切った。 人間は人間離れしたザップと人間ではないツェッドをまるで無視して、いや気にも留めない、気にさえしていないくらいに捕まらない。 痺れを切らしたザップが叫んでその存在を人間に知らせると、その人間は少しばかり視線をやり、唯一見えているであろう口元が微妙に上がる。笑ったのだ、恐らく。 それからは血法を使っても何をしても人間は普通に走る様にして避け、そして先を読んでは逃げていく。 その姿は人間そのものだが、その逃走技術は人間ではありえない。血法を使った大捕り物を幼児が走る様にして逃げて躱していくのだ。 「レオくん、発信機は」 「えーっと、」 「わかりました」 ディスプレイの点が点滅が示す場所はここから数十メートル先の地点で制止している。 考えられるのはそこでこちらの様子を伺っているという可能性。今まで余裕でおちょくっていたので、恐くて動けないと言う事はありえない。疲れたからと言って休むような余裕は恐らくお互い持ち合わせていないだろう。 地図を見て「ぶっ殺す…」と小さく呟いたザップは殺気を消すどころか垂れ流す始末。 ツェッドに苦言を言われようが無視をして足音を消す事さえ面倒だと言わんばかりの荒れようでそこまで行く。 「往生しやがれクソガ…キが、いねえ!?」 「え!?」 「でも反応は」 急いで行ってみれば、そこにはゴミ箱。 先ほどまで追いかけていた人間の姿はなく、あるのはゴミ箱に相応しくゴミが山になっている。 最初から今まで追いかけていたからそのUSBから情報を抜くなんて不可能だし、あれほど動き回っていて、しかも誰かにあった様子もないし、誰かにUSBを1回でも渡したのならそれが絶対にディスプレイに表示される。 「あ、USB…」 「つうことは、アイツこれ捨てて逃げたってことかよ」 「情報を抜く隙なんてありませんでしたからね…レオくん、あの人が何処にいるか探せませんか?」 「あ、いや…その…」 「あ!アイツ!!」 レオが何か口ごもったのと同時にザップが叫んで指さす、そこには今まで追いかけて人間がこちらの様子を伺っているのだ。それも隠れる様子なく、堂々として。 「おちょくりやがって…クソガキ!!ぶっ殺すぞ!!」 「子供相手に大人気ありませんね…悪いですが、一緒に来てもらいますよ、人類」 「………」 人間の後ろは道路。逃げ道はそこにある。わざわざ追いかけているライブラを見ていたのは何故か。そんな事に理由があるのかは知らないし、もしかしたら理由なんてものはないのかもしれない。 ただその人間は黙って三人の方を向いていた。 そしてザップが血法でその人間を捕まえようと伸ばすと、人間は踵を返して道路へ飛び出す。 「あ!」 「くそ!!!」 人間のすぐ横には車。それもこの通りには似つかわしくないほどの猛スピード。遠くからサイレンが聞こえるあたり強盗か何かの犯人なのだろう。 それが人間の仲間なのかと思えば車はスピードを緩めることもなく突進して、人間は姿を消したのだ。 「…間に、合わなかった………」 それは逃げられたからではなく、今目の前でその人間が消えて、恐らく撥ねられたという意味だ。 己に害をなす者が死んでも何も感じないが、ただ仕事で捕まえろと言われた人間が目の前で死んだのだ。もしかしたら運び屋として雇われた何も知らなかったのかもしれない。もしかしたらナイスバディの美女だったかもしれない。もしかしたら大金持ちだったかもしれない。 仕方なしにUSBを回収し、報告をするとスティーブンがおかしい事に気付いた。 USBの確認をすると情報が空だったのだ。 それを詰め寄られて聞かれるが、三人は声を揃えて「あのスピードで情報を抜き取れる様な余裕はなかったし、なによりそんな隙を与えてはいない」と。 その日の終わりごろ、ラジオの一端で「本日銀行強盗があり、今現在犯人は捕まったものの『俺は轢いてない!』と意味不明な供述をしており、しかし犯行は認めている模様です」と誰も聞いていないニュースを読み上げていた。 |