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「おや驚いた。運が悪かったようだね、坊や」

少年は暗がりに一人で歩いている不用心な一人に的を絞って物取りを強行した。相手は自分よりも少し背が高い、恐らく若い女。力で言えば自分の方が上だろうとタカをくくって行動に出た。
しかしどうだろう、その若い女と思われたソレは少年が後ろから襲いかかったと同時に姿が煙の様に消えて、次には少年の背後にいて笑って様子で声がする。

「どうしてだって顔をしている」

くつくつくつ。少し含んだ笑い方を表すならば、恐らくそのような表現が似合っている。
振り返ってみれば、ソレは顔を隠して表情は見えない。
長い事一人で暮らしていた少年にはそれがまともでないことが理解できなくても、本能が察した。普通ではない、異常だと。

「そんなに怯えないでおくれ、襲ってきたのは君だろう?」
「ば、化け物…」
「そうだね、化け物だ。でもただの化け物ではない、魔法使いさ坊や」

飴は好きかな坊や。とソレは人間に似た指と手で少年に飴玉をひとつ。しかし少年は警戒して手を出さない。ただどうやって逃げようかと算段を企てている。

「おや、飴は嫌いかな?そのくらいの子供は菓子が好きだと思っていたのだが…ふむ」
「殺すのか…!?」
「どうしてだい、坊や」
「殺せるもんなら殺してみやがれ!」
「殺さないさ、自分を安売りしてはいけないよ。人の一生は短い」
「どうせオレは一人だ!オレが死んだところで誰も困りはしねェ!」
「威勢がいい事だ」

はっはっは。と今度は明瞭に笑っている。そして少年が息をするよりも早くその顔が少年のすぐ目の前に迫る。

「して、君のお家は?」
「ひっ」
「親御さんが待ってるだろう?早くお家にお帰り」
「い、居ねえって言ってんだろォ!!だからこうやって物取りしてんだヨォ!!」
「そうか、では私がいただこう」

調度あの子が独り立ちをしたから部屋はある。
少年が最後に聞いたソレの声は、妙に嬉しそうにしていた。








「…!!」

少年は目を覚ます。
温かく調度良い寝床、天井と壁には温かみのあるナチュラルカラー、扉は古めかしい色をしているが綺麗な艶がある。

「ここ…どこだ」

恐る恐るベッドを出て、ドアノブに手をかけてゆっくりと回して部屋の外を探る。気配はない。

「目が覚めたかね」
「!!」
「こちらへおいで。食事にしよう」

アレがいる。あの時の様に気配もなく、後ろに。少年は身構えるが、ソレは気にするでもなく手を招く。ゆっくりと、それは自分の子供を呼ぶかのように優しく。
そして程なく食欲をそそる温かい香りが鼻を突き、自分が空腹だったことを知った少年はジリジリと逃げられるようにしつつもアレが消えたところへと進む。

「そこに座るといい。見たところ数日間食べていないようだから胃に優しいモノにしたつもりだ」
「………」
「さあ、座って。空腹は己の思考を衰退させてしまうよ」

椅子を引いて座れとソレは少年に促し、ソレ自身は向かい合う様にテーブルの反対側の椅子に腰かける。

「毒なんぞ入っていないよ、安心なさい」
「………」
「おや、言葉がわからないのかい?昨日は会話ができたはずなのだが…?」
「馬鹿にすんじゃねェ!」
「それは良かった、では食べなさい。不味くはないはずだ」

少年は恐る恐るソレに言われるままに椅子に座り、テーブルの上にある食事に唾液を飲みこんだ。優しい香りと食欲を促すそれは、今空腹の少年にはある意味凶器だ。
正面にいるソレを見れば、「お食べ」と頷く。少年はテーブルマナーを無視してそれに食らいつく。

「誰も取ったりはしないよ、安心して落ち着いてお食べ」

ははは。と少年の行儀の悪さに見えない顔をしかめることはなく、逆にソレは笑って眺めている。
少年は数日ぶりの食事をむさぼりながら、しかしそれでもソレに警戒は怠らない。意味の解らない存在の用意した食事に手を出している自分自身にもわからないが、ただ信用できないと思っている。

「どうだ、美味しいかい?」
「…」
「そうか、よかった」
「……」

少年はソレの問いかけには答えていない。しかしそれはただ納得して頷いた。

「そして少年、君が眠っている最中に少し見せてもらったのだが」
「………」
「君の家がないと言う事は本当らしいね」
「……」
「そこで提案だが、君、魔法使いにならないか?」
「…は?」
「最近まで一人弟子がいたのだがね、独り立ちをして部屋があるんだ」
「……」
「もちろん君には決定権がある、断る権利がある。それは何者にも犯すことのできない事。どうだろうか、ヤストモ」
「な…!どうして、オレの名前」
「魔法使いだからさ」

ガチャン。
食器がテーブルから床に滑り落ちる。

「おや、壊れてしまった。でも中身は君の腹の中に納まったのだからいいだろう」
「ふざけんな!」
「ではこちらから質問をひとつ。誘いを断って君はどうする。物取りに戻っていつかその報いを受けるだろう時を待つのか」
「うるせぇ!」
「人の一生は短い、その中で後悔のないようにしたらいい。ではあの街に帰そう、気が変わったら来たらいい」

パチン。とそれが指を鳴らすと少年、靖友がアレを襲った所に場所が変わっていた。