そういえば大昔は巨人が支配していたのだ。エルヴィンが私によく聞かせていた。それを私はただの昔話、おとぎ話だと思って子供ながらに付き合っていた。だってそうだ、巨人がいた証拠もない。 「……な、」 生温かく、生臭い息が私の顔にかかって背後に抜ける。 見たところ体長は私よりはるかに大きく、確実にデカ物だと思っていたエルヴィンより大きい。これは人間の形をした化け物だ。これが巨人なのだとセイバーの声がした気がする。 「…うそ、だ…まさか、だって、私」 私が一歩下がれば化け物は大きな目で私を追う。依然としてその臭い息は私にかかり続け、化け物の範疇なのだと嫌でも意識する。 そうだ、セイバー。どうしてセイバーは来ないのか。かつて巨人殺しと言われた英雄なのに。私がマスターなのに、私が居なければ消滅するのに。 「…セイバー、セイバー!」 どうして。どうして私の声を聞いて来てくれない。別に私はセイバーと仲が険悪じゃないのに、私を捨てるほど私は能無しじゃない。マスターとしてのスペックなら高いと自負している。聖杯戦争だって優勝候補、現に私アーチャー陣営しか残っていなかった。 ………そうだ、私はここまで聖杯戦争を生き抜いた。なら化け物をしとめられなくても逃げるくらいはできる。できなくても、しなければ死ぬ。どちらも死ぬなら足掻かなければ。 「伏せろ!!」 「…っ!?」 音が早いか、何かが延びて化け物に付く。凄まじい音がしたような気がした。いや、実際は無音なのかもしれない。延びた何かの先から人が飛び出て回転して何かが吹き出しす。 ああ、血が。生臭い、鉄の臭いが降ってくる。 化け物は轟音を立てて崩れ、蒸気を立てて視界が霞む。 「…おいガキ」 「…ガ、」 「こんな所で何してやがる。壁外にでるなんざ家出にしては死に急ぎ過ぎだ」 「ガキじゃ…セイ、バー…」 いや、違う。セイバーじゃない。この人は生きている。セイバーは英霊だ、私が呼んだ。だからセイバーじゃないのはわかる。セイバーの生前、リヴァイが目の前にいる。 「……おい、聞いているのか?臭えな」 「………」 「リヴァイ、無事か。お嬢さんも」 「エル、ヴィン…」 「おや、私を知っているのか。ひどい格好だ。色々聞きたい事もある、一緒に来てもらおうか」 私を知らないエルヴィン。そうか、ここはやっぱり… 「……!」 勢いよく体を起こせばそこは知らない部屋だ。白い壁でも天井でもなく、まして可愛いぬいぐるみが飾ってもいない。あるのは薄いカーテンに質素な窓。それに堅いベッドにぺらぺらな毛布。 「……あ、れ?」 確か、あれは巨人…だったはず。それでセイバー…じゃない、リヴァイが来て、エルヴィン…の前世というか、本物が来て。その後ろに馬がたくさん居た気がする。 それから、それからどうなった…?私は、どうした? 「思い出せない…」 「まあ普通そうだよねー」 「うぉう!?」 「あ、私ハンジ・ゾエ。えっと◆・◇さん?私の事はハンジって呼んでね。私も◆って呼んでいい?」 「……へ!?」 どこから声がするのかと思えば、窓からだ。勢いよくそちらを向けば、中性的な人が私を見てニコニコとしているではないか。まず何故そこから話しかけているのか。何故部屋ではないのか。言いたいことは沢山あるが、一応とりあえず頷いておく。あと鼻息が荒くて正直気持ち悪い。 「ねえねえ、エルヴィンから聞いたんだけど」 「……は、はあ」 「おい、んなことそんな所で話すんじゃねえよ」 「…っ、セイ、バー…」 「なんだ、自分のサーヴァント忘れたのか?薄情なマスターだな」 「うひゃー。ねえねえ、リヴァイじゃないの?えー、うわー」 「な、…」 ハンジとは逆からの声には嫌でも聞き覚えがある。それは私が呼んでも応えなかった主で、私を助けた人間ではない。 「薄情はどっちだ!セイバー、私死ぬところだったんだからね!」 「現に生きてるだろうが。だいたいお前探すのに苦労したんだぞ」 「マスター探すのに苦労するサーヴァントがあるか!最低だー!!」 「凄ーい。リヴァイとそこまで言い合う女の子初めて見たよ!」 あははは!と大声をあげてハンジが笑う。いったい何が可笑しいのか。いや、おかしい。何故この人はセイバーがリヴァイではないと知っているのだろうか。 「…ねえ、ハンジ、さん」 「ハンジでいいよ。君は」 「リヴァイじゃない…て、」 「ああ、それなら俺が話をした。ちいでにお前が魔術師っていうこともな」 「な!?」 「ねえねえ、魔術師ってどんな事するの?巨人とか一発で倒せる事とか、巨人と会話ができたりとか、巨人を捕獲とか」 「阿呆か。んなこと出来てりゃ初見で巨人に襲われてねえよ。そもそもこいつは巨人自体見たことなかった奴だ」 「言ってたもんね。そうか、人類は勝つのか…いやあ、そう思うと私達は無駄じゃないってことだ」 うんうんと頷くハンジはどことなく満足げで、この人は多分、たた巨人を倒す事だけを考えてここまできた人なのだろう。初対面だがなんとなくわかる。 「あ、そうそう。こんな所からで悪いんだけど、エルヴィンが目が覚めたらおいでって言ってたよ。案内はリヴァイ…がいるからいいよね」 「……え?」 「んじゃあ私仕事あるから。いやー部屋立ち入り禁止だからちょっと窓から覗こうと思ったらねー。タイミングいいなー私」 言いたいことだけを言ってハンジは巨人殲滅!とやる気が出たとご機嫌な様子で窓から姿を消した。あの人は巨人をなんだと思って、いや、嫌悪が一周回ってベクトルが変わったのだろうか。それだけ関わったことがないから何ともいえないが、正直あまり関わりたくない人ではある。次会うかどうかもわからないが。 さて、今はエルヴィンよりもセイバーだ。 ゆっくりと睨むようにその人相の悪い男を見てやる。 「今まで何処にいたの」 「エルヴィンと話をしていた。お前の身の保証は取っておいた。まあ少し不自由するが」 「その前!」 「言っただろうか。お前の気配探してたって。こっちに飛ばされてからパスが乱れたんだろ」 「サーヴァントがマスター見失うとか言い訳にもならない!」 「ガキじゃねえんだからギャアギャア騒ぐな。エルヴィンが呼んでる、行くぞ」 「……うわぁ」 「なんだ文句があるなら聞くぞガキ」 「リヴァイ、まだ彼女は混乱しているんだ。もう少し我慢しろ」 ある意味壮観…いや、絶望的。 小さい頃からしっているエルヴィンの前世、現役のセイバーもといリヴァイ、そしてサーヴァントであるセイバー。あの人相の悪いセイバーが二人というだけで今は腹が立つ。それにエルヴィンまでいると腹がたつを通り越して泣きなくなる。泣かないけど。 「セイバーが二人とか…なにこの地獄絵図」 「私も驚いた。まさかリヴァイが二人もいるなんて思わなかった」 「エルヴィンお前はいいだろうか、俺なんて自分がいるんだぞ」 「そうだな。それで君の事なんだが」 早速本題か。私の知るエルヴィンもそもそも単刀直入に聞いてくるのだから不思議はない。これはこの性格からなんだろう。あんな化け物相手に指揮官だったかしているのだから時間が惜しいのだろう。 「魔術師とは、何ができる?君は私達にとって有益か?無益か?それとも巨人と同じく人類に仇なす存在か?」 「その前に聞きたい事が。巨人とは何?私はそんな化け物は空想だと思っていた、ドラゴンやキメラのようなモノだと」 「…お前エルヴィンが居たのに何聞いてやがったんだ」 「エルヴィンはただ昔話で私の相手してるだけど思ってたから…聞き流してた。それに見たことない存在に私は興味なんてなかったし」 「聖杯には興味あったのか」 「そりゃあね。だってどんな願いも叶えてくれる魔法の器じゃない。魔術師たるもの夢見る存在よ」 「巨人の方がよっぽと現実的だ」 巨人以上にあるかないかもわからないだろ、それ。とセイバーが半分馬鹿にした態度で私を見る。そもそもサーヴァントだって叶えたい願いがあるからこそマスターの呼び出しに応え、契約するのに。馬鹿にしすぎだ。ならセイバーの願いはなんなのか。 「話を戻したいが、いいか」 「…っ、失礼しました」 「ガキはただ吠えるしか出来ないって事か」 「今できるのはセイバーを使う事くらいよ。それ以外は難しい」 「何故?」 「ここには私の工房がないから。いわば…そう、陣地みたいなもの。仮住まいだった家にだって工房作るのに苦労して聖杯戦争に備えたし…ましてここじゃ思い通りの物だって手に入らない…」 「…では、その工房があれば?」 「そうね……あの巨人で言うなら…私自身巨人というものがどんなモノかわかっていないから憶測になってしまうけど、吹き飛ばすか捕獲するくらいなら。勿論巨人にも種類からいるくらい私もしっているから…私が見たクラスならの話だけど」 「それぐらいしか出来ねえのか」 「…えーっと、リヴァイ、さん?そもそもあの化け物と私じゃ身体能力が違いすぎるし、セイバーみたいに立体なんとか使えない」 「立体機動装置」 「そうそれ。私からしたらそんな道具作れるなら巨人なんて倒せると思っていたから巨人なんておとぎ話だと思っていたわけで」 「それで君は巨人に対してどの位の知識がある?」 「…エルヴィンから聞いた程度。うなじが唯一の弱点…それ以外は覚えていない」 明らかに落胆された。 そもそも巨人なんて今まで架空の存在だった私からしたら、この異常な世界こそが夢物語なのに。 ただ分かるのは、目の前のエルヴィンであってエルヴィンではない男は私に利用価値がないと判断したら捨てるだろう。セイバーがいくら私の身元を保証してくれると言っても限度がある。ついでにあんな巨人が居るところに投げ出された確実に死ぬ。セイバーが居ると言っても、やはり限度どある。どんなにセイバーの能力が高くても何体もの巨人に囲まれれば終わりだ。いや、セイバーだけならなんとかなる。私が足手まといだ。 「それでは君にはハンジに巨人についでに知識を得ろ。そして魔術とやらで巨人殲滅に貢献してもらう」 「………は?」 「拒否は認めない。これは君のリヴァイからの要求でもある。君の身の保証をする代わりにそれなりの働きをしてもらう」 「セイバーが必要なら貸しますけど、私なんて…」 「使える使えないは君の働きを見て私が決めよう。司令には私がうまく言っておくから安心したまえ」 「兵団に入るのか?訓練も受けずに」 え、なに訓練て。うっかり念話っセイバーに話し掛ければ「訓練して憲兵団、駐屯兵団、調査兵団に分かれる。ここは調査兵団で死亡率が一番高い」と怖いことを教えてくれた。「ちなみに一番巨人と接触する可能が高い」なにそれ。 「別に私は彼女に兵士になってもらおうとは思っていない」 「女を囲うにしては趣味が悪いぞ」 「趣味の悪い女って…」 「彼女のリヴァイがいう程の人間ならば巨人に対してもっと有効な手段を見つける事が出きるかもしれない。捕獲した巨人で何かわかるかもしれない」 「かもしれないに、賭けるの?」 「もし駄目であれば、君自身に兵士としての価値はないがリヴァイが二人という価値が生まれる」 まさか…ここまで馬鹿にされるとはさすがに思っていなかった。 セイバー、リヴァイにガキ扱いされても。エルヴィンに女の子なのだからと言われても。 私が無価値になる?ふざけるな。この、聖杯戦争の優勝候補だった私だ。あとはあのアーチャー陣営を叩くだけだったのに。その私に価値がない?セイバーの性能の底上げは私のポテンシャルの高さなのに?目の前の生きたセイバーより私のセイバーは強い。 「ええ…わかった。そこまで言うなら私の言うもの全部集めて万全の状態にしてくれるんでしょう?やってやろうじゃない。私にそんな事言ったの後悔させてやるんだから。セイバー、ハンジに会うまででいいから巨人について教えて」 その後私がエルヴィンにいいように乗せられたと気付くのはハンジの話が次の日付になった頃だった。 |