サヤは一人の自室で瞑目する。
その表情は僅かに顰められ、周囲の人間に見せている穏やかな微笑みは薄れていた。
「心配しても…仕方ない、か…」
やがて溜め息と共に呟き双眸を開ける。途端にスイッチを切り替えたように普段通りの微笑になる。
「それにしても…、」
また一人言葉を漏らすがその続きは口にせずに、彼女の胸の内で吐露される
いつまで此処に居れば良いのかと。
それは数週間前に遡る。
罠神カカ・ルーの思惑か偶然か、罠のスイッチを踏んでしまい闇に捕らわれた。気が付けば空に体を投げ出していて、重力に従って地面に落ちていく。
この身ひとつで罠に飛ばされたサヤには特殊な道具も何もない。それなのに彼女は何事もなく地面に足を着けた。本人が一番不審に思ったのに、その瞬間を目撃した人間達は心得たようにサヤを迎え入れ「天女様」だと口にし始めた。
落下地点だった敷地内の長に引き合わせて貰えば、その老人は話をろくに聞かず彼女を学園に留まらせた。
「私のような者が何人もこちらに…?」
目を見開き問い返せば、学園長の大川はニッコリと頷いた。
「左様。異世界から迷い混んでしまった彼女達をもう何度もこの学園で保護しておる。」
学園長は一度お茶を啜った。
サヤは目の前に置かれた湯呑みに一切触れない。
「帰る方法は儂らで探しておこう。その代わりお主は学園の敷地から一歩も出ないでいただきたい」
「………解りました。」
忍術学園と言うからには特殊な事情があるのだろう。そう考えたサヤは頷くしかなかった。
それから今日まで。彼女には何も情報が入ってこない。
何度か「帰る方法」とやらを探す協力を申し出たが断られてしまっていた。
いつまで待てば良いのか。
本当に帰る方法を探してくれているのか。
そもそも帰る方法なんてあるのか。
疑念は募るばかりで、更にサヤの猜疑心を煽ったのが
「天女様おはようございます」
「天女様お手伝いしましょうか?」
「天女様困った事があれば仰って下さい」
この学園の生徒達だ。
サヤを天女と称し、事あるごとに声をかけ、何も無くてもわらわらと近寄ってくる。
しかし、笑顔で接する割にはふとした瞬間に殺気が向けられる。
下級生には遠巻きに睨まれたり、怯えられたり。
それでも明るく笑顔を浮かべるので、サヤは正直対応に困っていた。
武器を向けられれば子供相手だろうと返り討ちにする用意は常にある。
たが攻撃的な視線は受けても物理的には何もない。
だからサヤも身の振り方に戸惑っていた。
仕方もないので彼女の十八番である穏やかな微笑みを顔にぺったりくっ付けやり過ごす日々だ。
この居心地の悪い学園の中で、何もしないのは更に居心地が悪いので何か雑用でも貰いにサヤは与えられた自室から出る。
「戻れたら、あの村を潰さないといけませんねぇ…」
その呟きを耳にする者はいない。