深い山の中、手強いモンスター達が巣食う根城の最奥で金属同士がぶつかる高い音が幾度も響く。
「サヤさん何で!どうしてアンタと戦わなくちゃいけないんだ!?」
刃をぶつけ合う二人から離れた所で茫然と目の前の光景を見ていた白いイタチは堪えきれず悲痛な声を上げた。
それに応えず女はにこりと微笑み、槍の切っ先を正面の青年に降り下ろす。
その青年は盾で彼女の一撃を防ぎ、また刀で反撃するが戸惑いに揺れた剣筋は易々と躱されてしまう。
「アンタがモンスター達のボスだなんて嘘だろ!?なあ、サヤさん!答えてくれよ…!」
白いイタチ…コッパの必死な言葉は続く。
攻防の間から真正面の青年…シレンの目も彼女の答えを待つように強い光が宿っていた。
それらを受け、サヤは手を緩めずに口を開いた
「嘘じゃないですよ。」
いつものように、いつも自分達を助けてくれた時の微笑みと何も変わらず告げた彼女に二人は歯噛みした。
「…騙してたのかよ!親切なふりしてオイラ達を騙してたのか!?」
コッパは怒りに任せ叫ぶが、その瞳には悲しみの色が揺らめく。
それでも彼女はただ槍を振るい続け、シレンの刀と激しくぶつかり火花が散る
「何とか言えよ!」
コッパの叫びに漸くサヤの攻撃が緩む。
やがてピタリと動きを止めたが、シレンも黙って刀を下ろし彼女を見た
少し、眉尻を下げサヤは笑った
「確かに、シレン君とコッパ君は笑顔で近付いてきた人間に甘いと思います」
「なっ…!?」
「!」
シレンとコッパが反論するより早く、槍が横に薙ぎシレンの体に打ち込まれた。
咄嗟に盾で防いでいたが、サヤの大振りの一撃を受けシレンの体は軽く吹き飛ばされ地面に倒れる
「シ、シレン!」
堪らずコッパが相棒の元へ駆け寄った。
「大丈夫かシレン!?しっかりしろ!」
しかし、その声に呻き声しか返ってこない。
コッパはハッと振り返る。
ゆっくりとサヤが歩いてくる。槍は肩に担いでいるが、きっと一瞬の内に振り下ろして攻撃するのは彼女にとって容易い。
「くそっ、シレンはやらせないぞ!かかって来い、オイラが相手だっ!」
シレンの前に出てコッパは威嚇するように牙を剥いた。
敵わないと分かっていても大事な相棒を見殺しには出来ない。
サヤは表情を変えず、一歩、また一歩と近付いてくる
「オイラだってやるときゃ、やるんだ!麓の村の人達の為にも引けない…!」
「こ、コッパ…!」
姿勢を低くし尻尾の毛を逆立てたコッパに、苦しげにシレンは呼び止める。
無茶だ。
声に出したいが、震えながらも自分の前に立つ彼に言えなかった。でも守られる訳にはいかない。
軋む身体を何とか動かし上半身を起き上がらせる。が、
「ぐ…っ、あ…!」
「っ!」
一瞬にしてその小さな友人は大きな槍の柄によって叩き飛ばされた。
目の前に立つのは冷たい瞳をこちらに落とすサヤ
「村人の為、ですか…」
「…?」
彼女の小さな呟きに何かが引っ掛かったが、それに考えを巡らす暇は無い。
一歩踏み込み手首を返す女。槍がこちらの体に届く前に、シレンは一本の杖を取り出した。
「!……くっ」
攻撃の動作から回避の動作に変更が間に合わない。目を見開いたサヤに青い閃光が真正面から降り注ぐ。
追い込まれたシレンの一手、吹き飛ばしの杖から放たれた魔法弾は見事に命中し、サヤの体は人形のように吹き飛び壁へと打ち付けられる。
ずるずると力なく地面に崩れ落ちるサヤ。彼女の手から槍が滑り落ち、ガランガラン。と床に僅かにバウンドして転がる。
シレンは未だ痛む全身に堪えて立ち上がり、呻くコッパの元へ駆け寄ろうとした
ダンッ
その音は床に腕を付いて傾く体を持ち直すサヤが発したものだった。壁にしこたま叩き付けられ痛みは相当なはずだが、それを感じさせない自然な流れで彼女は立ち上がる。
目が合えばその無表情に背筋が冷えた。
怒気を通り越して殺気を放つサヤは床に落ちた槍に目線を移し、その場から足を踏み出して槍を拾おうとした。
シレンも次の瞬間には来るであろう彼女の攻撃に備え、油断なく構える。
カチリ。
「えっ?」
それはシレンも聞き慣れた、罠を踏んでしまった時の音。
「ちっ…カカ・ルー!邪魔をするのか…!」
サヤの足許に表れた罠は黒い陰を幾筋も地面から伸ばし絡んでいく。振り払ってもすぐにサヤの視界を埋め尽くすほど出てきた陰はあっという間に彼女を飲み込んだ。
そして陰は晴れ、そこに残っていたのはサヤの槍だけ。女も、罠も、姿を消していた。