ある日シレンに猫耳が生えた。

「あらら、シレン君随分と可愛らしくなっちゃって…流行ってるんですか?」

食堂でジメジメとご飯を食べてた彼の側に立ち、茶色くふわふわした耳を見てサヤはいつもと変わらぬ笑顔で言い放った。
触れるに触れられなかった忍たま達がピタリと静まり、二人の会話に耳をそばだてる

「サヤさん…そんな楽しいもんに見えるか?」

明らかに元気のない相棒を庇うようにコッパが横から口を出す

「では、流行り病ですか?」
「やめたげてよぉ!」

シレンががっくり肩を落としたのでコッパが涙を滲ませ叫ぶ。
しかし彼女は首を傾げるだけで笑顔を崩さないまま向かいの席に座った。反省の色はない
俯きながら白米を箸で運ぶシレンがやはり暗い声で話し出す。気分は暗いが食堂のご飯は美味しい

「朝、部屋を出たらカチッて音がして…気付いたらこうなってて…」
「へぇ、こちらでは一風変わった罠があるんですね」

その音は十中八九罠を踏んだ時の音だ。シレンと同じ世界から来たサヤはすぐ把握して頷く
しかし、ここの世界にそういった罠の常識はない

「違いますよー。罠で猫耳が生えるわけないじゃないですかぁ」
「ひぎゃっ!」

抑揚のない間延びした声が響いたかと思えば、シレンが妙な悲鳴を上げる。
視線を向ければ、四年生の綾部が立っていてシレンの頭…いや猫耳をわしゃわしゃと撫でていた

「きっ、喜八朗!何やってるんだアホ!」
「すごいよ滝、この耳本物だ」
「えっ、そうなのか…?本当だ…」

止めに入った筈の平も綾部の言葉を聞いてシレンの頭を触りだした
綾部はともかく、平は気付いていない。シレンの肩が小刻みに震えてることに

「シレン君、人気者ですねぇ」
「あ!す、すみません!」

卵焼きを頬張りながらサヤが呟けば、シレンが崩れ落ちた。
平がハッと気を取り直して手を離し謝るが、名残惜しげに視線は猫耳に注がれていた

「何で俺が…!何でサヤさんじゃないんですか…!」
「やめてください人権侵害です」

猫耳なら女であるサヤの方が似合うだろう。と、悔しげに言ったシレンだが、間を置かずに彼女が言葉の刃でスッパリ切る。笑顔だが声は笑ってなかった

「…え?俺の人権は…?」

ぽつりと呟いたシレンだが、サヤは沢庵をポリポリ食べるだけで黙殺した




昼になっても変わらずシレンの耳には猫耳が乗っかっている
とぼとぼと廊下を歩いていれば、曲がり角からひょっこり顔が出た。

「シレンさん」
「あ、勘右衛門」

以前一緒にサヤにしごかれてから友好的に接するようになった尾浜が、シレンににっこり笑いかけ近寄ってきた。

「うっはー…本当に耳生えてますね」

尾浜の視線に猫耳がピクピクと動く

「助けてくれ…」

困難なダンジョンに幾度も挑み、不屈の精神を持っているはずのシレンも参ってるらしい。両手で顔を覆ってどんより俯く

「勿論!シレンさんを助ける為に来たんだから」
「ほ、本当か…?」

キラキラと目を向ける先で、尾浜は胸を叩いて「任せろ」と言わんばかりに頷いた



「やっぱりこういう時は、保健委員会委員長の伊作先輩に診てもらうのが一番だと思うんだ」
「なるほど」

そう説明しながら医務室と書かれた部屋の戸を開けた尾浜に続いて入室する

「おや、どうしたんだい?」

中にいたのはシレンより色素の薄い茶髪の六年生だった。優しげに微笑む姿にホッとするシレン。
この人なら先ほどみたいに耳を掴まれる事もなさそうだ

「伊作先輩、シレンさんの猫耳をどうにか取ってあげてください!」
「お願いします…!」

尾浜は膝をつくと同時に深く頭を下げ頼んだので、シレンも慌てて同じように頭を下げる

「うーん…分かった。やってみよう!」
「あ、ありがとう…!」

忍術学園の子達はなんと良い子揃いなのだろうか。
優しさに感激しながらシレンは再度頭を下げた。その様子に尾浜も善法寺も笑いながらシレンに頭を上げさせた



グツグツと、まるで魔女の鍋のように煮たった緑色の液体がグルグルグルグルかき混ぜられている。
側で尾浜と一緒に眺めているシレンだが、あまりの怪しさに顔がひきつった。それに匂いもすごい

「さ、出来たよ。」
「…え?」

笑顔の善法寺に差し出されたのは紫色の湯気を出す透明度ゼロの緑の液体。
ぐいぐいと押し付けられシレンは受け取ってしまった

「飲んでみて!」
「こ、これを!?」

正直口にしても平気な液体には見えないが、自分の為を思って作られた薬だ。
尾浜と善法寺に真剣に見つめられ、シレンはギュッと目を瞑り一息に仰いだ

「…うっ、ぐ!」

苦いのか酸っぱいのか、複雑に混じりあった味がする。ただ一つ確かなのは物凄く不味い。それと妙に喉越しは良い

でもこれだけ苦い薬なのだから効きそうだ。そう考えた時に耳がモゾモゾしだした
「もしかして…!」そう期待し頭に手を伸ばせば…

ふわふわと柔らかい触り心地。引っ張ってみれば眼前まで伸びてきた耳
これは猫耳ではない。どこか見覚えのあるそれは…

「やった!成功だよ。猫から兎の耳になった!」
「え、え゛ぇぇえーっ!!?」

なんでそうなる!
絶望にうちひしがれるシレンの前では善法寺がニコニコと輝く笑みを浮かべていた。

「えーと…伊作先輩…?」

ショックで固まるシレンの代わりに尾浜が疑問の目を投げ掛ければ

「僕ネコ耳よりウサ耳派なんだ!」

そう笑顔で告げられた。
望んでないのにウサ耳に変えられシレンは泣きたくなった

「そんなに嫌なら早く言ってくれれば良かったのに」
「サヤさん…?」

クスクスと笑いながら眉を下げ姿を現したのはサヤだ。
医務室の中へ足を踏み入れシレンのすぐ傍に立ち、彼女の細い指先が兎の耳をするりと撫でた

「あ、あの…?」
「耳、取りたいんでしょう?私が取ってあげます」

ふわりと微笑み告げたサヤ。
ああ、やはり彼女は優しい人なんだとシレンは喜ぶ

「天女さま、どうやって取るんですか?」

尾浜が不思議そうに首を傾げ問う。

「そんなの簡単です。切ってしまえば良い」

笑みを深めたサヤはいつの間にか槍を手にしていた。
シレンは顔を青褪めさせ震える

「勿体無いなぁ…切った耳は僕に下さいね」
「ひぃっ!?何言ってるんだ!?」

恐ろしい事を言う善法寺にシレンは叫んだが、彼はきょとんと首を傾げた。
文句を言おうとしたが、ポン。と肩に手を置かれる
ギギギ、と首を振り向かせばサヤが笑顔でこちらを見下ろしていた

「駄目だ!シレンさん早く逃げて!」
「か、勘右衛門っ」

サヤの手を払ってシレンの背中を押したのは尾浜だった。
つんのめりながらも彼を見れば、サヤの槍に対して手裏剣を構えている。

「ここは俺が食い止めます…!」
「っ、助かる…!」

頷き合ってシレンは医務室を飛び出す。
一直線に廊下を走る。振動と風圧でウサ耳がパタパタ揺れるが気にしている場合じゃない
誰かに助けを求めようと人影を探すが、こんな時に限ってどこにも人が見当たらない。

おかしい…忍術学園はこんなに静かだっただろうか。
走る足が段々重くなった時、

「逃げられると思ってるんですか?」

耳許でサヤの声が聴こえた。




「うわぁっ!!」

真っ暗だ。
ドクドクと心臓が高鳴り、息が乱れる。

「…?」

キョロキョロと辺りを見渡せばそこは割り当てられた自室で、自分は布団で横になっていた。
頭に恐る恐る手を伸ばせば己の髪に触れるだけで、それだけだ。

「なんだ…夢か…」

夜着の上から胸に手をあて呼吸を整える

「うーん…シレンうるさいぞ〜…」
「…ごめん」

隣で眠っていたイタチがペシリと尻尾で叩いてきたので謝る

とりあえず、明日は勘右衛門に礼を言って、四年生の二人とサヤさんには極力会わないようにして
そして、あの保健委員長には今後近付かないようにしよう…そう心に刻みながら目を閉じた。
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