「………今日はわざわざ仕事を貰いに行かなくて済みそうですね」

朝の日差しが入り込む部屋で、乱れた夜着を大雑把に直しながらサヤが呟く。
彼女の眼前には凹んだ壁、穴の空いた天井、障子の外された部屋の出入り口、そして骨組みが折れ紙の破れた障子があった。

「…どこかで板と紙を貰わないといけません、よねぇ…」

腕を組んで首を傾け呟く。珍しく眉をハの字ににして困った表情を浮かべていた。
と、そこに足音なく誰かが近付く気配がする。目だけ動かし見やれば、廊下から土井が姿を表した

「サヤさん障子が…ってあああっ!?」

ボロボロの障子が外の壁に立て掛けてあったのに疑問を持ったのだろう。不思議そうな表情をしていたのだが、サヤの姿を目に入れた瞬間に声を荒らげ素早い動作で彼女に背中を向ける。

「ななな何て格好してるんですか!何で着替えてないんですか!?」

咎めるような口調で言われサヤは自分を見下ろしてみる。
今まで誰かと一つ屋根の下で寝食を共にした事がなかったので気にしていなかったが、確かにこの夜着という物は普段着る物より薄い。しかも昨夜の鼠退治のおかげでそれもはだけ弛んだ袷から肌が見えていた。
サヤの胸の膨らみも夜着ではラインが大胆に目視できる。
土井の言う事は理解できた彼女だが、動じず口を開いた

「ああ…ですが土井さん。この状況では着替えられないんですよ」
「は!?」
「障子が折れてしまってるので元通りに嵌まらないんです」

淡々と喋るサヤの説明に、土井が少し目を動かせば骨組みが折れ更にくの字にひしゃげ曲がっている障子が見える。
まるで何か大きな物が勢いよくぶつかったようだ。言う通り、これでは元通りに役目を果たしてはくれなさそうである

「ですので土井さん」

ポンと土井の肩に白い手が乗る。

「ちょっと障子支えててくれませんか?私着替えなくてはいけないので」

青くなるべきか赤くなるべきか、固まる土井。思考が混乱し断る事もできない中、ただ背後の彼女がいつも通り微笑んでいるだろう事は想像できた。




結局、土井は後ろ手に折れ曲がった障子をどうにかこうにか支えて、サヤの部屋を塞いでいた。

「私は何をやってるんだろう…」と音を出さずに呟く

と、ここでトタトタと忍者の学校らしからぬ可愛い足音が3つ。

「あれ?」
「土井先生?」
「こんな所で何やってるんですか〜?」

土井の表情がひくりと歪む

普段の朝なら教え子に出会せば「おはよう」と笑顔で挨拶を交わせば済む。
しかし、今は不味い

「お、お前達…なんでこんな所に…!」

代々天女にあてられる部屋はいつも同じ、教員長屋の端に位置する空き部屋。天女だと勘違いされたサヤもこの部屋を与えられたのだ

そんな生徒には縁の無いだろう場所に、どうして教え子である一年は組のお馴染みトラブルメーカー3人がやってくるのか。
嫌な予感が胃痛となって土井をキリキリ痛め付ける

「「「*○#!仝$°¢〆?」」」
「あー…分かった分かった。いいから落ち着け」

3人いっぺんにグチャグチャ話すもんだから騒がしいったらない。
取り敢えず、慣れで聞き取れた土井は3人を静まらせる事にした。ここで騒いで他の良い子達が集まってきたりなんかしたら大変である

背後の部屋を気にしながらも子供達を食堂にでも向かわせようとすれば、こんな時にだけ鋭いは組の3人はキラキラと目を輝かせ始めた。

「先生、この部屋に何かあるんですか?まさかお宝ぁ!?」
「きり丸、違うでしょ。ここは天女様のお部屋だもの」
「じゃあ土井先生は天女様の部屋の前で…なんで立ってるの?」

3対のつぶらな瞳がじっと見上げてくる。
土井は「うっ…」と言葉に詰まった。
正直に「サヤさんが着替え中だ」と言えばいいのか。しかし着替えている女性の部屋の前で立っているなんて、言葉だけにしたら如何わしい事この上ない。
それにこの3人にそれを告げると要らぬ問題を引き起こしそうで怖い

「い、いいからお前達は早く朝ごはんを食べに行きなさい。お腹空いてるだろう?」
「あ。この障子壊れてるー!」
「ん?先生が障子を持ってるんですか?」
「こ、こら!話を聞け!」

ただでさえ後ろ手に障子を支え持っているのだ。こんな不安定な状況で身動きを取ろうものなら障子がズレてしまう。
例え今ドクタケ忍者が忍び込んできてもこの障子は死守せねば、いくら化け物のように強いサヤでも着替え途中で何も纏っていない姿を晒させる訳にはいかない。

「土井先生怪しい…!」
「きっとこの障子で何か隠してるんでしょう?」
「なになに?何を隠してるんですか〜?」

3人が右へ左へ回り込んで土井の後ろの障子、更に障子で隠している部屋の中を覗き込もうとする。
こんなボロボロの障子、破れた紙の隙間に目線を合わせれば簡単に部屋の中が見えてしまうだろう。

動けないまま、土井は必死に3人を止めようとした。

「ちょ、やめ…!やめなさい!中にはサヤさんが…!」
「サヤさんがいるんですね。じゃあ朝の挨拶しなきゃ!」

制止をまったく聞かずに、ついに土井の後ろに回り込んでしまった乱太郎きり丸しんべヱ。
これは流石に阻止しなければ!と慌てて振り向く

「待てお前ら!中のサヤさんは今あられもない姿に…!」
「もう着替えましたよ」

すぐ背後にサヤがいた

「ふぎゃあぁーっ!!?」



朝の爽やかな風と共に土井半助の悲鳴が吹き抜けていった
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