真夜中、善法寺はサヤを監視すべく彼女の部屋へ向かった。
途中で蛸壺にはまったりしながらも、なんとか長屋に辿り着き天井裏に忍び込む。
ちょうど天井板に小さな穴が空いており、そこから部屋全体が見渡せた

部屋の中、障子の面に足を向け布団を敷き眠っている姿。
恐ろしいほど強い人だが忍者ではない為か、普通に眠っているサヤ。時おり身動ぎするが呼吸も深く、寝相も綺麗で布団の乱れもない。
こうして見ると先日暴れたのが別人のようだ

「(真顔を見るのは初めてかも…いつも笑ってるし)」

天女が何度も落ちてくる忍術学園の人間達は女性の笑顔に辟易している節があった。
善法寺も女性が笑顔を浮かべると歴代の天女が自分達に甘えてきた事を思い出して少し不愉快になるし、構えてもしまう
だからだろうか、何の表情もない今の方が好感が持てる

「(笑ってない方が断然良い……って、何を考えてるんだ僕!相手は危険人物だぞ!)」

浮かんでしまったものを追い出すように天井板から顔を離し、首をぶんぶん振る

ミシ……、

「?」

手元から小さな小さな音が鳴り、動きを止めて見下ろした時
ミシミシと音が大きくなる。それは天井板の悲鳴だった

気付いた時にはもう遅い。
バキィッと一際大きく響いた音と共に善法寺を支えていたものが無くなる

「(ええっ!?何で…っ!?)」

傷んでいたのか、天井板が割れ体が宙に放り出される。以前複数人が一ヶ所に集まって一枚の天井板に負荷をかけたかのように、善法寺が乗っていたその部分だけ割れた。
落ちていく先にはサヤが眠っている

「……〜っ!」

善法寺は自分を褒め称えたくなった。
なんとか体を捻り、サヤに触れないよう四肢を跨がせ着地する。覆い被さるような形になったが、彼女に何の接触もないし音もたてていない。板の破片がパラパラ落ちるぐらいだ

「(ち、近ぁっ……!)」

しかし、ちょうど目の前に寝顔がある。距離は鼻が触れそうなぐらい近く、彼女の長い睫毛も数えられそうだ。
呼吸を止め、どうにか音をたてずに体勢を整えようとした時だったが、暗く狭い視野の中ですぐそこに瞳孔があった

「!!」

起こしてしまった。そう思った時には遅く、横腹に凄まじい衝撃が入り身体が吹き飛ぶ。

「ぐっ、あ!がはっ、げほっごほ…!」

壁に叩き付けられ背骨が軋む。片手をつき、もう一方で腹を押さえながらも必死に顔を上げれば、サヤは上体を起こし正面の障子に虚ろな目を向けていた。
グリン、と首が回され善法寺を捉える無表情の双眸

「ひっ…!」

喉が引きつった音を鳴らす。
しかし視界から彼女の姿が消えた、そう善法寺には見えた

─ダンッ

耳許で大きく響くそれは、壁に腕をついた音
揺れる髪が善法寺の頬を擽り、油の切れたブリキ人形のごとくぎこちなく上に首を動かせば

「寝込みを襲うとは良い度胸だ」

無表情のサヤがいた。
彼女の腕に阻まれてる上に、もう片方の手で胸ぐらを掴まれている。善法寺は逃げられない

「ご丁寧に土の匂いまでさせて…人の寝床汚すつもりか?あぁ゛?」
「ち、違います…!これは、あの、蛸壺に…!」

彼女はどうやら口調が荒い方が素なのだろう。
安眠を妨害され大層ご立腹らしく、低く唸るように詰られ「監視するんだ」と勇んでいた善法寺も殺気にあてられ反射で謝っている。少し泣きそうだ

「煩い。鼠風情が」

そう掠れた声が鼓膜を揺らすと同時に、視界も盛大に揺れる

「ぎゃあぁぁあっっ!!?」

バキバキと障子を巻き込んで庭に転がり、しかし勢いは止まらず二・三回転がってから蛸壺に落ちた。

「う…うっ…うえ…」

情けなさと恐怖からの解放と混乱とで思わず嗚咽を漏らしながらも、苦無を使って這い出れば障子のない部屋が見える。サヤの部屋だ
蛸壺の横には骨組みの折れた障子が落ちている

「………」

迷ったが、ボロボロの障子を抱えつつ部屋に恐る恐る近寄ってみる

「…ね、寝てる…」

彼女は来る前と同じく、綺麗に布団を被って眠っていた。
先程の出来事が夢なんじゃないかと思う程だが、全身痛む善法寺は障子をそっと側に立て掛け全力で忍者して走り忍たま長屋に帰った
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テーマ「人外ファンタジー」
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