ぜぇぜぇ、と荒い息が4人分。
地べたに座り込み、ただ呼吸をするしか出来なくなった少年達の前に唯一立っているのはサヤ。息どころか着ている小袖も乱れてないし、傷も汚れさえ付いていない。

槍の柄先を地面に付き、片手で支え持ちながら彼女は首を傾げた。

「大丈夫ですか?」
「…大丈夫じゃないですっ!」

体力には自信があったはずの竹谷が苦し気に叫んだ。サヤの方がどうして涼しい顔をしてるのか、と信じられない気持ちも込めて叫んだのだが、どうやら彼女には1mmも伝わっていない

「そうですか…」

それだけ告げたサヤは何を思ったのか、踵をくるりと返してしまった。ザリザリと草履の足音が離れていく
だが、4人は声をかける事も顔を上げて確認する事もままならない。

昼過ぎの壺から槍事件より日が沈みそうになる今まで、彼女の「お礼」と書いて「阿鼻叫喚」と読む地獄の手合わせが続いていたのだ。
一人一人順番に相手するかと思えば、彼女は4人へ同時に攻撃を仕掛けてきた
息つく暇もなく槍を振るわれ、尾浜と鉢屋と竹谷の忍たま3人は聞いてた噂が大袈裟でも何でもなく真実だと気付く。
避けても避けても襲いかかってくる黒い刃。大きな槍を軽々扱う彼女は確かに天女とは違う次元の化け物だ
しかも笑顔で攻撃してくる癖にピリピリとした空気が肌を刺す。殺気とまではいかないが、その空気が彼女の腕を物語っていた。

「あんなん…敵うわけねーじゃん!」

息はまだ苦しいが、尾浜がうがーっと大声を出し地面に背中を倒す。

一度彼女と本気で戦ったこと(途中までだが)のあるシレンは、自棄のように倒れ込んでしまう彼の気持ちも分かると苦笑した。
だが、忍たま3人はそれに重ねて「もし天女だと最後まで見誤り殺そうとしていたら」と起こっていたかもしれない結末を想像して虚ろな目をしてしまう。

「シレンさん、来てくれてありがとうございます」
「えっ!?」

心から感謝して頭を下げた鉢屋に、シレンが素っ頓狂な声をあげる。彼らしてみれば何の話か分かるはずがない
尾浜も竹谷も見習って「ありがとうございます」と頭を下げるので遂にはわたわたと挙動不審になるシレン
何だか可笑しくなって忍たま3人組は吹き出した。

「済みません。シレンさんが居てくれて心強いもんですから」


シレンが来てくれなかったら彼女の強さに気付かないまま返り討ちにされていかもしれない。そう洗い浚い吐露するわけにもいかないので、そう濁して言えばシレンは照れ笑いを浮かべた。

「シレンさん良い人だ…」
「格好いい…」

竹谷と尾浜は、シレンの曇りない笑顔に心を奪われ呟く。

だってこんな純粋な人、今まで降ってこなかった。あ。いや、サヤさんもある意味真っ直ぐな人ではあるが

そう心の中で言い訳する忍たまの背後で土を踏み締める音が。

「少しは良くなりましたか?」
「はいっ!?サヤさんは勿論良い人ですよ!」

彼女の声が後ろからかかり、ビクッと肩を揺らしながらの弁明。
しかし振り返って見上げた先には疑問符を浮かべ小首を傾げるサヤ

「苦しそうだったの…良くなったか訊いたんですけど…?」
「あっ、だ!大丈夫です!」
「もう元気です!」

誰も忍たま達の内心を覗いたわけではないのに、タイミングよく彼女に問われ勝手に勘違いしていた3人。
また誤魔化す為に無駄に元気をアピールして彼女からの追及を逃れる

「はあ…、よく分かりませんが…お茶、要りますか?」
「のっ、飲みます!」
「有り難くいただきますっ」

よく見れば彼女の手には急須と湯呑みが乗った盆がある。
どうやら食堂に貰いに行っていたらしい
慌てて湯呑みを次々取っていく忍たま3人にサヤはまた首を傾げた。

「シレン君もどうぞ」

同じく忍たま達の言動に付いていけずポカンと座ったままのシレンにサヤは残った湯呑みを手渡す
受け取りながら、シレンは思い出していた。
山で迷った時や倒れた時にこうして助けてくれたサヤ。それは彼女にとって騙す為だったのだろうか?でも、騙して助けてたとしても彼女にとってメリットはない筈

「ありがとうございます。サヤさんはやっぱり優しい人です」

不意にそう言われ目を丸めたが、怒る様子はなくわざとらしい笑みを浮かべるでもなく、はにかむように小さく笑った。
この表情にはシレンも忍たま達も、さっきまでのスパルタな彼女の印象が吹き飛ぶ。
単純な男かもしれない。だが、先程まで厳しく怖かった女性がお茶を用意してくれ柔らかく笑えば、そのギャップ故に好感が上がってしまうものである

「ふふ…、シレン君ったら世辞が上手い。そんなに褒めても私には戦闘の相手になるしか出来ませんよ?」
「え?い、いや、そういう意味じゃ…」
「お茶を飲んだらもう一回やりましょうか。夕餉まで時間が残ってますし」

しかし、現実は甘くなかった。
嬉しそうに笑う彼女を前に断れない

「あー…俺達は宿題やらなきゃいけないので、ここら辺で」
「そ、そうだな!俺達の腕じゃ邪魔になるかもしれないし」
「委員会の仕事もあるので。失礼します」

口を挟む間も置かず忍たま達は息を揃えて言えば、シレンが引き留める前にさっと立ち上がる。
宿題も委員会も嘘八百である

「じゃ、サヤさんありがとうございました」
「良い鍛練になりました!」
「あ、お茶は俺達が片付けておきますね」

疲れた様子は微塵もなくテキパキと武器やお茶を片付け、忍たま3人は姿を消した。逃げ足が早い。
ぱくぱく口を開閉するシレン。サヤはニコニコと3人を見送った

「さて、シレン君準備はよろしいですか?」

どこから出したのか、再度槍を手にしたサヤは恐ろしく様になっていた




「俺、シレンさんに優しくしようと思う」
「そんで、サヤさんには逆らわないようにする」

夕食時、五年生が食堂で揃って席についた。ご飯を食べながらやけに真面目な表情で竹谷と尾浜が呟いた。

久々知と不破は、顔を見合わせる「いったい何があったのか?」

黙っていた鉢屋に視線を向ければ、彼はひとつ頷いてこう言った

「サヤさんとシレンさんが一緒にいる時は近付かない方が良い。確実に餌食になる」

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