彼等は知らない。異世界では壺に持ち物を入れて保存している事を

『つぼ……だな。』
『なぜに壺!?』
『このタイミングで壺!?』

天井板を挟んで下で起こる現状に、忍んでいる尾浜、鉢屋、竹谷の3人は矢羽音で叫ぶ。
しかし流石忍たま、物音は一切たてない。
ゴロゴロ転がり回りたいのも、拳をドンドン叩き付けたいのも我慢して体を小刻みに震えさせるに留める

『シレンさん…!女性相手に壺渡してどうするんだ…!』
『普通そこは髪飾りとか、せめて花とかさ…!』

全くもって女心が分かっていない。
完全にサヤとシレンをそういう仲だと思い込んでいる14歳の3人がシレンを矢羽音で非難する

しかし当のサヤを見ればニコニコと変わらず微笑んでいた。壺を目の前に取り出されて驚く素振りも怪訝な表情もない
3人が不思議に思えば、シレンは当然のように壺に手を突っ込んだ。
時折壺を覗き込みゴソゴソしてるシレン

『なんだ…壺の中の物を渡したかったのか』
『でも壺の中に入ってる物って…』

どっちみちお洒落な物は出てこなさそうだ。
残念な目でシレンの手元を見ていたが、彼が壺から手を引き抜いた瞬間3人の表情は固まった。

「これを。」
「これは…」

ゴトリ、と二人の間に置かれたのは人の背丈ほどある槍。
重厚な、いや、いっそ禍々しい刀身まで真っ黒な槍だ。

『なんで壺から槍!?どうやって出した!?』
『それよりシレンさんがサヤさんに槍渡す方が問題だろ!槍貰って喜ぶ女がどこにいる!』
『っていうかシレンさん何の意図で槍!?』

矢羽音で会話さえしているが、3人は大混乱だ。今にも問い質したくて天井に空いた小さな穴にひしめき合い下を覗く。

「なに考えてるんです?」

冷たい声がサヤから発せられた。
忍たま3人は彼女が槍のプレゼントに不満を感じてると勘違いし、激しく同意だと2、3回頷く
サヤは声と表情がまるで別の人間のように微笑んだままシレンをじっと見た

「サヤさんがいなくなった後、俺が預かってました。お返しします」

ん?
鉢屋は首を傾げる。気のせいでなければ゛返す゛という言葉が使われた。ならば、あの槍は…
友人達に目だけ向ければ、竹谷は固まっており、尾浜にいたっては意味が飲み込めないのかパチパチとまばたきを繰り返す。

そんな3人を置いて、部屋では話が続けられている

「シレン君、自分のしてること分かってますか?」
「はい」

槍に触れないままサヤがことり、小首を傾け問う。
しかし目の前の男が即答した事により、僅かに眉を顰めた

「私の手にこれが戻れば、君がどうなるのか…ちゃんと推測できてるかと、訊いてるんですよ?」

細めた瞳は冷たい色で、声色も鋭い。なのに、やけに丁寧に微笑んだサヤに、男達の背筋に嫌な悪寒が走る

「っ分かってます…。でも、返さない理由にはなりませんから」

それでもシレンは真っ直ぐ目を見て告げた。
あの山の奥で寂しげに置き去りにされた槍を拾ったのは無意識だ。でも、村でコッパと「サヤを捜そう」と話し合った時から、この槍を彼女に返す事は決めていた。

例え、彼女の攻撃力が格段に上がり、恨みのある自分が殴られるじゃ済まない事態になるとしても。愛槍を手にした彼女の本気に敵わないだろうと分かっていても。
それはシレンにとって返さない理由にはならない。
反対するだろうコッパも今はいない

「君は本当に甘いですね…」

ふう、と息を吐き困ったように眉を下げ唇を緩ませたサヤ。
今までで一番感情のある微笑みに、目を丸めたシレン。そして天井裏の3人も彼女の表情に魅入る

でも、まあ、そんな穏やかな時間は長く続くはずがない。

禍々しい槍を片手にひょいと持ち、立ち上がったサヤはシレンに向かっていつもの笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます。君にはお礼をしなくちゃね」
「えっ…お、お礼…?」
「はい。お礼に君に稽古をつけてあげましょう」

シレンの顔がみるみる白く色を無くしていく。
楽しげに笑ったサヤは彼の腕を掴み引っ張りあげて立たせた。シレンはちょっと涙目だ

「先生方に広い場所を借してもらいましょう」

グイグイとシレンの背中を押しながら部屋の外へ向かう。
しかし部屋の戸を閉じる前に小さく「あ。」と漏らしぐるりと首を振り向かせた。

「良かったら君達3人もどうですか?」

ガタンッと天井板が音をたてる
シレンはぎょっと天井を見上げた。
いつから気付いていたのかサヤは正確に少年達がいるであろう一点に視線を定め、目を細め笑う
その有無を言わせない笑みに、3人は大人しく降りてくるしかなかった

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