あの日から、サヤの事を「天女様」と呼ぶ者は一気に減っていった。
それもそうだ。竹箒で地面や柱を砕く女を天女などと呼べる訳がない。

「まあ、それに平成から来たんじゃないんだろ?」
「だったら天女だなんて呼ぶ訳にはいかないよなぁ」

まるで憑き物が落ちたかのように、彼女を見る冷たい視線はなくなった。
だが、今まで゛平成からきた異形の女゛として扱っていたサヤにどういう態度で接していいのか悩んでいる人間は多い。
そしてそれ以上に彼女に恐怖を感じて接するのすら躊躇う。
五年生の忍たまも部屋に集まって雑談をしていれば、自ずとその話題になっていた。

「この前の見て天女じゃない、っていうのは分かりきったからな…」
「うん。でも正直、これからサヤさんと話すのちょっと怖いな…」

件の日、現場にいたのは五年生の内で久々知と不破だけだ。
その二人は思い出しては顔を青くし、力なく呟く。

「そんなにか…?俺は生物委員会の緊急事態だったからなぁ。三郎と勘右衛門は?」
「俺達も委員会。」
「ああ、学園長のお使いで町行ってた」

普段通り過ごしていた3人は、話しを聞いただけじゃピンと来ないらしく青褪める級友に同情できない。

「じゃあ…そういう事で、行きますか」

ふいに尾浜が立ち上がって告げた。
全員の視線が彼に集まる。一様に不思議そうな表情なので、誰もその行動の意味を察せていない。

「いや、そういう事って…どういう事なわけ?」
「決まってんじゃん!直接目で確かめる!」

己の目を指し、尾浜は元気よく笑った。
怪訝な顔を浮かべていた鉢屋も「なるほど」と口角をつり上げる

「よっしゃ、行くか!」
「おほー!俺も行くっ」

3人はやる気を出して立ち上がり、それを座ったまま見上げる久々知と不破はそれぞれ苦笑していた。

「あれ、止めなくていいと思う?」
「いいんじゃない?何か盛り上がってるし」
「さすが雷蔵。大雑把なのだ」

そんな事を話しているのも耳に入らず、3人はサヤの部屋のどこに忍び込むか相談を重ねていた。




同じ日の昼過ぎ、相変わらず帰れる兆しのないサヤはお決まりの如く雑用を申し出て、校舎の影になる庭を掃いていた。
手に持っているのはあの時の竹箒だ。
あれだけ振り回していたはずの竹箒には傷ひとつ無い。事務職であり用具の管理もしている吉野は心底「信じられない」と首を傾げていたが、今日竹箒を渡す前に「もう振り回しませんね?これで何か砕きませんよね?」と何度も訊いてきたのには、流石のサヤも苦笑して頭を下げた。

見渡せる範囲内の落ち葉をスッキリ集め取ったサヤは、満足げに頷き片付けに取りかかった。

「サヤさん、このあと時間空いてますか?」

声を掛けられ顔を上げれば、緊張した面持ちのシレンが立っていた。
こんな場所にも関わらず彼が声を掛けた、という事はきっと用があってわざわざ自分を捜したのだとサヤも分かった。いつも一緒のコッパもいない。

一体、何の用か。
サヤは目を細め微笑んで見せた




『おっ、来たぞ』
『一緒にいるのは天男もといシレンさんか?』

天井裏に身を潜めた五年生3人は矢羽音で会話しながら、自室に戻ってきたサヤとシレンを観察する。
確か、サヤがシレンをボコボコのボロボロにするほど憎んでいると聞いたはずなのに眼下の男女は特にそういった雰囲気はない。強いて言えばシレンの空気が固い程度だ。

『仲直りしたのか?』
『さぁ…?』
『まあ、同じ世界の人間なんだし…噂に聞くほど険悪じゃないのかもな』

部屋の中央に向かい合わせに座った彼女達に、「やっぱりあの話は大袈裟だったのか」と思った3人。
主にサヤに対して゛化け物゛だとか゛怖い゛だとか耳にした単語を消していく。だって今見える彼女はニコニコ笑って正面のシレンに話を促すだけで、暴力なんか振るうように見えない。

サヤの噂は嘘だと3人が早合点した所で、興味は純粋にシレンとのやり取りに移った。
男女が一室に二人きりで話をしてるとなると、年頃の3人としては下世話な推測をしてしまう

「サヤさんに渡そうと思ってた物があるんです」
「私に…?何でしょう?」

シレンの声が静かな部屋に響き、いつの間にか矢羽音さえ漏らさず3人は食い入るように部屋を見下ろした

マントのように体を覆い隠す縞合羽の下を探るシレン。やがて目当ての物を見付けたのかゴソリと取り出したのは壺。

………壺?

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