「あー…酷い目にあった…」
土汚れと赤黒い汚れを落とす為に風呂に入ればやっとリラックスできた。
夜着に着替えて長屋に戻りつつ首をぐりぐりと動かせばパキペキ小気味よい音が鳴る。疲れたぁ
「俺…今日眠れなさそうっす…」
後ろで竹谷の沈んだ声が聞こえてきた。
気持ちは分かる。今日は夢見が悪くなりそうだ
「よし、長次の布団に入れて貰う!」
前を歩く小平太が拳を上げて宣言する
うん、その気持ちも分かる。長次って幽霊寄って来なさそうだもん。バリアーとかありそう。でも、一緒の布団は流石に暑っ苦しい
「良いなぁ…俺、同室の奴いないんですよね…」
「俺も。こういう時羨ましいよなぁ…」
「良いだろ!」
竹谷と二人で小平太に羨望と悲哀の混じった視線を送る。
小平太が振り向いて得意気に笑った。…おい調子に乗るなよ。次化け物の女に絡まれても助けないぞ
「竹谷、今日は一緒に寝ようぜ。」
「あ、いいですね。そうしましょう!」
小平太から目を反らし、竹谷の隣に並んで肩に腕を回す。
二人でニコニコ笑いあって、暴君をスルーしてやる。
小平太が唇を尖らすが知らん。
「んじゃ、後で行く。」
ちょうど五年長屋に着いたので、肩をポンと叩いてから離す。手を挙げれば竹谷も応じて別れた。
五年長屋まで来れば俺の部屋もすぐそこだ。
「じゃあな小平太。おやすみー」
「集吉郎素っ気ないぞ!おやすみっ!」
自分の部屋に辿り着けばさっさと中に入りながら、ヒラヒラと手だけ振る。
小平太は拗ねたらしく足音を鳴らして部屋に走っていった。
顔だけ出してその背中を見送る。アイツ長次に迷惑かけないといいけど…
「はーちーざーくーん、あっそびっましょー」
夜中だという事を考慮して小さな声で廊下から呼び掛ければ、スッと開いた障子の向こうにゲンナリ顔の後輩が。
「そういうのトラウマなんですから止めて下さい…」
「ああ、こんな感じで中に入ろうとする幽霊よくいるもんな。」
納得しつつ、八左ヱ門の部屋にズカズカ入る。両手にそれぞれ抱えていた布団と枕をそこらに放って置く。
「先輩は被害あわなかったんですか?アイツ等声とか変えて呼び掛けてくるじゃないですか」
障子をきちんと閉めると、振り返った八左が暗い顔で苦笑い。過去に相当嫌な目にあったらしい。
あー…友人とか後輩の声を真似して「開けて下さい」とか言われるんだよなぁ。
一番厄介なのが先生の声を使う奴だ。本当に先生だった場合に開けなかったら超怒られるから、開けるしかない。
「音常忍目指せば良いのにな…」
「いや、目的が人間襲う事なら誰も雇いませんよ…」
「それもそうか。ま、開けたら直ぐバレるし」
「開けるんですか!?」
八左が真っ青な顔色で聞き返す。
だって幽霊か人間かまどろっこしいから開けて確めた方が早いじゃん。
そう思って首を傾げたら後輩は急に声を潜め「開けて幽霊だったらどうするんですか…?」と訊いてきた。
「殴る」
「あ、はい。ですよね…」
いや、アイツ等調子乗らせたままにしたら10分ごとに「あそぼー」「あけてー」とか言いに来るんだぞ!?喧しくて眠れねぇよ!
野村先生の声で「あそんでー」だとか言われた時には眠気なんかぶっ飛んでいくしな!
それならスパーンと開けて、幽霊だったらラリアットかませば暫くは来なくなる。
八左が「俺には真似できねぇ…」とか呟いた時だった。障子に影ができた。
外に誰か立っている。
思わず俺が「あ。」と言えば、障子に背を向けていた八左ヱ門が目線に気付いて表情を強張らせた。そして、壊れたからくり人形の如くギギギと振り返る。
が、その前に障子は開いた。と、言うより力任せに開けられたせいで閾から外れて部屋の中に倒れた。
「竹谷、集吉郎、一緒に寝るぞ!」
「ぎゃーっ!」
「八左落ち着け。ソイツは化け物だが、実体のある化け物だ。」
しまった。暴君の時の対処法は用意してなかったぜ。
眠れない獣達