夜です。真夜中です。
月明かりが皓々と夜の校舎を照らし出し視界はさほど悪くないんだが、青白く見えて正直不気味すぎる。
「さぁて、三人揃った事だし出動しますかぁ…」
「先輩、夜中だから声を落とすのは良いんですが…声にやる気が無さすぎます」
手をヒラヒラさせて適当に応じるが、やる気は依然として出てこない。
だって今から幽霊に会いに行くんだぜ?見たくないのに視えちゃう彼奴等に自らエンカウントしに行くんだぜ?
「駄目な奴だな!気合い入れないと喰われてしまうぞ!」
「そういうお前はその完全装備でどう戦う気だ」
両手に苦無を持つ小平太に真顔で突っ込む。
隠しポケットにも色々忍ばせてるだろお前。鉄臭いんですけど、どんだけ金属持ち込んでるの。
言っとくけど、霊云々に武器効果ないと思うぞ!斬ったところで余計に血みどろになるだけで成仏しないしな。反対に俺達にとっては余計に目に毒になってツラい。
「そう言う集吉郎だって籠手つけてるじゃないか!」
「だって素手で殴りたくねぇもん」
「お二方とも物理的にどうにかする気なんですね…」
八左ヱ門が少し離れた所で呟いていたけど、俺たち視えるだけで特殊な力とか持ってないし!お札とか術とか使えない。使えるのは精々、腕力と忍術だ。まあ、中には物理的攻撃効かない奴いるけどね。そん時ゃ、脚力(逃走)だ。
「ウダウダ言っててもしゃあない!」
「だな!さっさとその女口説きに行くぞ!」
拳を己の手のひらに打ち込み一年長屋へと向かい始める。
後ろから付いてくる八左が「口説きに行く雰囲気には見えねぇ」とか何とかぼやいていた。
「ここら辺か?確かに嫌な寒気がするな」
小平太が立ち止まった。
俺にも寒気と、夜なのに更に闇が濃くなった気がするのが分かる
「一年ろ組の生徒の部屋、ですね」
八左ヱ門がその場に面した部屋を壁にかかった名札を見て確認する。
因みにろ組の子達は今夜だけ斜堂先生の部屋にお泊まりだ。流石に騒がしくなるだろうからと先生が配慮した。俺達の心情も少しぐらい配慮してほしい。
辺りを窺って立ち止まっていれば、八左が無駄に矢羽音で「先輩来ました」と伝えつつ袖を引いてくる。
視線を辿れば、廊下の奥に赤い着物が見えた。
摺り足、と言うよりは引き摺るようにして歩いてくる。ふらついているのか歩幅はやけに小さい。
「女の人だな」またもや矢羽音を使い小平太は頷く
俺も二人同様に声を出さずに「俺が話しを試みるから、二人は援護よろしく」そう配役を決めた。
僅に頷いた二人は音をたてずにサッと動く。小平太は上から。八左ヱ門は俺の後方。
そして俺は赤い着物の女をナンパし、この場から連れ出すミッションの為、廊下を進み近付く。
怖さを紛らわすべく明るい声で話し掛ける。
「やぁ、お姉さん。ここから別の場所に行きません?例えば学園の外とか。俺が案内がてらデートしますよぉ」
最後にキラッと歯を見せて笑う。俺はイケメン爽やか俳優になりきる!
「ー……ーー…」
女は何か言ってるようだがか細い声で聞こえない。
これは俺に返事を言ってるんだろうか?もしかして会話成功?穏便にいけそうな感じ?
よろよろ歩く女性に、俺のが近寄った方が早い。と一歩二歩と進む。
途端に俺の爽やかスマイルは引きつり青褪める。
女のシルエットに、頭部が無い。
「…ゃ…、………ゃ…」
一体どこから声を出しているのか、掠れた声も女の体と一緒に近付いてくる。
あー…うん。これは久々に絶叫レベルきたかも。
月明かりの差す位置に暗闇の中から女の姿が晒される。
青白い裸足は茶色く汚れていて、少しずつ少しずつ全身を揺らして足を進めてくる。
赤い着物だと思っていたが違った。夜着らしき白かったはずの着物に夥しい程の赤が染み着いている。
女の体が傾ぐ度にばたばたと赤い斑点が床に落ちる。
そして、首から上は無く、断面から血が溢れていた。
「…や、やご……やや子が…ほし、い…」
「いっぎゃあああぁぁっ!!?」
爪が剥げ取れかかった両手をこちらに伸ばし歩いてくるので、女の全身を見て冷え固まった頭は叫ぶしか出来なくなったらしい。
「集吉郎!どうしよう!?斬ろうと思った所がもう無い!」
「こここ小平太さん!?お前どこ斬ろうと思ってたの!?」
「首!」
「そんなの見たくない!」
木の上から真剣な顔で告げる暴君殿。目の前で首がポーンて飛ぶとこなんか見たくない。もう首がないのは今現在見ちゃってるけど。
いいから、苦無構えて狙う箇所吟味するな!早く追い払いなさいよ!
「三緒先輩!立ち止まってないで退がってくださいっ」
「っは…!」
そうでした。
後輩の元へと踵を返し、戻って女から距離を取る。
つもりでした。
「っひ、うい゛いぃぃああ゛あ゛ーっっ!!?」
八左がすんごい声を上げて俺を通り越した所を見ていたので、チラリと振り返ればすぐ後ろに女が前のめりに迫っていた。
「っ…!」
イヤー!前傾姿勢やめて首の断面図見えちゃうからぁ!
八左ヱ門の腕を取り走り出す。
「せせせせ先輩っ、どうしますです!?怖っ、怖いんですけど…!」
「あはは…化け物女に追っ掛けられるとかデジャヴ。」
「先ぱぁい!笑ってる場合じゃねぇです!」
全力で忍者して廊下を爆走。それでも女は俺達の数m後ろをピッタリ付いてくる。
八左ヱ門は混乱を極めて日本語崩壊してる。
てか、さっきの覚束無い足取り何だったの?演技?超速いんですけどこの女。頭ないのに走れるもんなんだな。心の目?
「足を狙ってみるか!?」
外壁の塀を使って並走する小平太が声を張り上げて訊く
「いや、このまま付いて来てもらう!」
「そっか…そういや長屋から離すのが目的でしたね」
どうやら彼女は俺達まっしぐらに向かってくるので、兎に角、人の迷惑にならない場所まで行こう。
小平太も頷いたので、女を後ろに付けながら足をひたすら動かす。
「…。」
「あの…」
「なんだっ」
「気のせいですかね…!」
「何が!」
「あの女、距離近くなってきてませんっ!?」
「気のせいじゃ、ない!!」
化け物の脚力甘くみてた。徐々に俺達のスピードに追い付いてくる女。
今は空を切る手が俺達を掴まえるのも時間の問題だ。
本当はもっと離れた所まで行きたかったが、致し方ない。
「次の廊下突っ切った中庭だ!」
告げると、小平太が塀から消える。屋根の上からショートカットするんだろう。
さて、廊下の角が見える。
曲がらずに真っ直ぐ廊下を降りた。
少し拓けた場所に出れば後ろからドスリドスリと鈍い音がする。
二人同時に体を回転させ振り向けば、女の伸ばした腕に手裏剣が幾つも突き刺さっている。また上から手裏剣が腕に刺さり、その手は俺達を捕らえる事なく力なく下がっていく。
振り返った時の勢いのまま女の肩へ横から手刀を打ち付ければ、籠手越しに何かが砕ける感触がする。
そして斜めに倒れゆく首の無い女を、八左ヱ門が上から回し蹴りを叩き込み地面に沈ませた。
俺と八が瞬時に距離を取った後に、手裏剣を放ってすぐ降りてきた小平太が横腹を掬い上げるように蹴り飛ばし、吹き飛んだ女は某天才穴堀師あたりが掘ったであろう深い穴に落ちていった。
とどめとばかりに小平太が苦無を穴に投げ込む。むしろ撃ち落とす。苦無は弾丸か。
「埋めるか!」
暫く様子見で穴から距離を取って立っていたが、何も起こらなかったので最後だけ大活躍の小平太の言う通り、埋める事としよう。
まだまだ元気な体育委員長に続いて穴に近寄る。この深さ、蛸壺じゃなくてただの穴だよ。
「えーと、手作業…しかないよな」
「踏鋤なんて都合良くないですしね」
「こんなのいけいけどんどんでやれば、すぐに…」
ガシリ。
穴の傍に立った小平太の足首を土に汚れた手が掴んだ。
穴から伸びる腕には色々な物が刺さり、ちょっと有り得ない方向に曲がっていた。ずるり、と上半身が這い出てくる。
「あ…たし、と…あな…たの、や…や子…を…ちょ、う、だい…」
「にぎゃぁあああーっ!!」
小平太がお気に召したらしい。
真夜中の獣三匹