俺には秘密がある。
それ以外は割りと大したことないと感じる程の秘密。

「やっと逢えたわね。私の可愛い息子」

産まれてすぐに優しく言われ、裸の私を見ながら言った女性の言葉は結構な衝撃だった。
私は、気が付けば男という性別で生まれ変わっていた。マジかーい。
でもまぁ、生まれちまったもんは仕方ない。
元来うじうじ悩むのが性に合わなかった私は、女性として生きていた前世を隠し、この優しい母親の息子として立派に生きていく事にした。

そんな、私のトップシークレットである前世に比べたら、人に成らざるものが見えるのは正直どうでも良かった。
小物程度は完全スルーできるし、いないものとして振る舞っていたが、彼女という母親は色々と超越していて速攻で私が幽霊を視てしまう体質だとバレた。
だからか、霊が視える事を人に知られるのはあまり怖くなかった。怒った母親の方が断然怖かった。
因みに、彼女に前世云々はきっと多分バレていない。…はず

そして、10歳になった時、私は世界というものを知る。
勧められたのは忍術学園という学校で。
入学した先で知った同級生と教師の顔触れで、私の視えるコレは噂に聞く"トリップ特典"なるものじゃないかと仮説が立った。
ぶっちゃけ、こんな特典いらない。

でも、良い事もあるもんだ。

中身が中身だけに、同級生の中では周りを見渡す余裕があった私は彼に気付けた。
今日も小物がわさわさしてるなぁ…なんて思っていた日。
同級生が遊び回ってる中で、小物を全て器用に避けて走るソイツがいた。他の子は「アイツすげぇ素早いなぁ」なんて感心していたが、右に左に蛇行しながら走る姿は偶然にしちゃ出来すぎている。

彼と話してみたいと考えてタイミングを計っていると、別の日に廊下に座り込むその子を見付けた。
そこは人通りの少ない校舎の影になっている廊下で、だからって真ん中で座り込むだろうか、と。偶然見掛けた私は変に思って小走りで近付いた。
ソイツの後ろから近付いたから顔は見えないけど、やはり妙なのは分かる。
彼は尻をついたまま、腕と足を使って少しずつじりじりと後退していた。前に何かいて、それから距離を取るように。
その手足が小刻みに震え、その子の向こう側に何がいるのか視えるほど距離が近くなった時には小走りが全力疾走になっていた。

「どっ…せぇーい!!」

めしゃり。

その子を飛び越えて、床を這いながらソイツに手を伸ばす長い髪の女性目掛けて跳び蹴り。
赤黒い何かがこびり付いている手もしっかり踏みつける。

「お前もコイツが視えるんだろ!?」

踏んづけつつも振り返れば、丸い目をもっと見開いた七松小平太と視線が交わる。
いつも溌剌とした表情と違い、青い顔をしていたソイツは次の瞬間、

「うっ、うわぁぁああん!!」

大泣きした。青かった顔色を、今度は真っ赤にして大声上げて泣くもんだから私は焦る

「なっなんだよ!助けたのに泣くなよ!」

普通に考えれば、安心して泣いたのかもしれない。でもコイツの泣き声がデカすぎて驚いた私は何が何だか分からなかった。
しかし、あやす時間なんてなかった。

もぞり、もぞり、

足下の女が蠢く。
カリカリと赤黒く汚れた指先が廊下を引っ掻き始める

「やばっ!ほら、立て!逃げるぞっ」
「うえ…っ!?」

七松小平太の腕を引いて立たせ、今来た道を戻るように走り出す。
幸い、腰が抜けていた様子の彼も、大泣きした事で気持ちをリセットできたのか吹っ切れたのか立ち上がって走る事ができた。
二人で手を握り合い薄暗い廊下を爆走する。

ダンッダンッダンッ。と上級生が聞いたら呆れ返りそうな足音を鳴らすのは私でも、七松小平太でもない。
予想はできるが、首だけ巡らして後方の様子を見た。

「うぎゃぁぁっ!付いて来んなよ蜘蛛女ぁぁ!」
「えっ!?ひっ…!なんだアイツ!あんな走り方でなんであんな速いんだ!?」

私の叫びにつられ、背後を振り返ってしまった彼は見てしまったのだろう。手と足を妙な角度に曲げ、匍匐前進とも四足歩行とも違う…文字通り蜘蛛のように腹這いのまま追い掛けてくる女を。
しかし、

「おい、ななまち!気にするとこそこじゃねーよ!走り方はどうでもいいだろ!」
「ななまちじゃない、私の名前は七松だ!」
「うるせ!噛んだだけだ!分かってるよ七松!」
「七松じゃない、小平太だ!」
「だから気にするとこそこじゃねーよ!小平太ぁ!」
「お前の名前は何だっ!?」
「私は三緒集吉郎だっ!同級生の名前ぐらい覚えとけよっ!?」

二人並んで全力疾走しながら言い合う。
コイツと話してると恐怖心だけで一杯だった頭の中が更にごちゃごちゃしてきて疲れる。

ガタッガタガタガタッ

足音に変化があったから揃って後ろを確認する

「「うっぎゃぁぁぁああっっ!!!」」

蜘蛛女が天井に張り付いて走っていた。まさに蜘蛛。
女の長い髪が重力に従って逆立っている。それを振り乱しながら這ってくるから怖い。

「小平太ぁスピード上げるぞっ!」
「分かった!集吉郎も転ぶなよっ!」
「死んでも転ばん!!」

いつの間にか繋いだ手は解いていたけど、私達はぴったり揃って人通りある中庭に出るまで走った。
それは私が自分の事を「俺」と呼び始める前の話。






「ぎゃあああ先生っ!!」
「うわぁぁあ先生ー!!」
「ぐわぁぁあっ!?何じゃいきなり!?集吉郎に小平太!お前ら儂の内臓潰す気かっ!?」
「先生の内臓より私の足を労ってよ!死ぬかと思った!」
「!?」
「大丈夫!先生が潰れても私怖がらないぞっ!先生だからアイツらと違うしな!」
「!!?」



元女性の秘密
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -