忍術学園は楽しくて。大変な事もあったけど、辞めようとは思わなかった。
でも、入学してから月日が経つにつれ俺には不安な事があった。

忍を目指すんだからみんな気配を消すのが上手い。上級生なんて自分の知らない間に後ろに立っている事なんてざらにある。
だけど、不自然にふと気配を感じたり人が横切ったりするのを見たり…そういう事が段々増えてきて、薄気味悪く思っていた。
だって同学年の友人に「いま誰かいなかった?」って聞いても、俺以外は全員「いないよ」と首を横に振る。
最初は俺がみんなにからかわれてるのかと首を傾げていただけだった。
でも、ひとつ学年が上がった時に段々と分かってきた。

到底人の入れない隙間から声とか目線を感じたり
忍にあるまじき足音が鳴り響くけど目の前の廊下には人影ひとつ無かったり
上から赤い液体が落ちてきて天井を見上げたら何もない。目を戻したら赤いのは消えて無くなっていたり
風呂に入ってる時に複数の女の子がくすくす耳許で笑って、振り向いたけど当たり前に女の子はいないし、そもそも耳許なんてそんな近くに人はいなかった。

ああ、多分これは生きてる人間には無理だな、って。

気味が悪くて、脅えていた事もあった。それでも、いつも曖昧で「気のせいだ」って、何とか自分を誤魔化せば知らないふりが出来た。
でも、

その日、俺は実技の授業の後に委員会があって、同級生と別れて一人委員会の集合場所に向かっていた。
ヘトヘトだけど、実技は大好きで体を動かした後だから凄くスッキリした気分だった。
早足で歩いていたら、急に何かに躓いてつんのめる。
下級生といえど二年生。罠の目印なんて見落とすはずないし、何だろう?と足許を見下ろせば…
それは青い手だった。細い指なのに力は強く、俺の足首を掴んでいる。

「うわぁぁあっ!!?」

足を必死に引くけど離れない。
誰かが塹壕を掘って土の中から手を出してるのかと思ったけど、その手は恐ろしいほど冷たくて。血の通った生きてる人間のそれにはとても思えない。
どうにか振り解こうと暴れて、バランスを崩した俺は側にあった石壁の塀に背中から倒れ込んでしまった。
その瞬間、後ろからもうひとつの手が出てきて二の腕辺りを掴まれる

「ひっ…!」

後ろ、そう。石壁から青い手が出てきていた。そんな芸当、いくら忍者だろうと誰だろうと無理に決まってる。
ガッチリ俺の足と腕を掴んだその青い手は暴れても離れない。それどころか徐々に力が込められてきて折れてしまうんじゃないか、そう思った時。

「可愛い後輩に何してくれてんじゃボケぇ!!!」

その怒号と共に、地面から出ていた方の手を誰かが勢いよく踏んづけた。
怯んだのか、青い手は足首を離す。
見上げれば、ひとつ学年が上で同じ委員会の先輩が怒った顔で立っていた。

「三緒先輩…」

怖くて心細かった俺は情けない声で名前を口にすると、先輩はまだ下級生とは思えない力で俺を掴んで引き寄せた。
すると、立ち上がった俺から今度は腕を掴んでいた方の手が離れた。

「触るな。」

先程と逆に静かに告げたけど、吐き捨てるような声はあの青い手に向けたもので。この先輩がこんな声出したのは初めて聞いたけど、俺をぎゅっと抱き寄せるから全然恐くなかった。
しばらくして、大きく息を吐き出したと思ったら両肩を掴まれて引き離される。

「八左ヱ門!捜したんだぞ、なんでこんな人気のない所にいたんだ!」

距離が離れて見えた先輩の顔はまだ怒っていて眉がつり上がっている。
でも心配してくれているのが分かって、恐いより先に驚いてしまった。
1つしか差がない学年の彼とはあまり仲良くない。委員会の中で俺の面倒は上級生の先輩達が見てくれる事が多かったから、仲が悪いわけじゃないけどこんなに心配されるとは思わなかった。

「じ、実技の授業だったんです…だから、そのまま…行こうと思って…」
「あぁ…だから普段と違う道を使ったのか…」

怖ず怖ずと頷く俺に先輩は溜め息を吐いた。
そして肩から手を離すと、俺の左手を掴み手を引く。先輩の手は温かくてさっきのあの手と全然違う

「行こう。まずは先輩達に休むって伝えて医務室だ」

有無を言わさず先を歩く先輩に頷いて、歩き出す俺はそっと後ろを振り返る。
青い手は消えていた。

「お前にも視えたんだな…」
「えっ…?」

呟いた先輩を見上げるけど、先を行く先輩は前を向いていて表情は窺えない。
何の事かと思ったけど、直ぐにあの手の事だと分かった。

「お前は何となく似てるから、きっとその内視えるようになるかも、って思ってたんだ…」

やっぱり、先輩も…。
そう思った。
ああいうのが見えるようになるなんて怖いけど、先輩も見えるんだ。
だから俺は、”似てる”って言うのが俺と三緒先輩の事だと思って少し怖くなくなった。先輩と似てるなら良い気がした。
繋いだ手を握ると、先輩は振り返ってニッと笑った。そして握り返してくれた。







あれから数年が流れ、俺は上級生である五年生になった。
あの二年生の出来事から俺の見える世界は一変したが、それなりに対応できるようなった。
まあ、相変わらず怖いもんは怖いけど。
これが一人だったら堪えきれなかったが、俺には心強い先輩達がいる。

「三緒先輩知ってます?今度入学してきた一年の中に、山伏の父親を持つやつがいるそうですよ」
「…マジか」

先輩は小屋の修理の手を止めて振り返る。ただでさえ厳つい顔を顰めた。

「あ、でも一年っつったら斜堂先生いるし、その子ろ組になったんだろ?」
「いや、は組らしいっす」
「はぁっ!?」

更に眉を寄せるもんだから一年生が見たら泣き出しそうな風貌だ。

「いやいや、それって良いのか悪いのか…いや誰も監視してなかったら危ねぇだろ」

ブツブツと言いながら完全に作業を止め立ち上がる。俺より高くしっかりとした体を見上げると、顎を撫で考え込んでいた先輩の目がチラリとこちらを見下ろした。

「よし、八左。その一年ナンパして生物委員会に引っ張り込め」
「はぁっ!?」

今度は俺が大声で驚く番だ。

「だって斜堂先生が顧問する委員会も出来るらしいが、先生方より俺達生徒の方が傍にいれるし安心じゃねぇか。」

先輩の言い分は当然だが「だけど、」と口にしてしまう

「七松先輩の所は?」
「あー…アイツに任せるのはちょっと…いや、かなり不安」
「…そうですけど…」

思わず納得してしまう。
七松先輩は頼りになるんだが、いかんせん一人で突っ走る事が多いので一年生に常に目を配ってくれるか不安だ。

「でも、無理ですよ。委員会はくじで決めるとかって担任の先生方が…」
「じゃ、くじに細工すりゃ良いだろが。八左行ってこい!」
「土井先生に怒られますよ!」

あの若い先生は優しそうに見えて怒らすと怖い。
霊も怖いが先生も怖い。

「馬鹿野郎…、俺が土井先生を言いくるめてやる。任せろ」

大きな左手で俺の肩をポンと叩き、反対の手で親指を立ててやけに優しい微笑みを向ける先輩。
あの先生を陥落なんて可能なのか首を傾げる。余程うまい作戦があるのか

「どうやって…?」
「…色仕掛け?」
「絶対無理!!」

この先輩何も考えてなかった!
瞬時に否定する俺と違って、先輩はカラカラと豪快に笑って「何とかなる」とか宣っている。

「まあ、やるだけやってみます…。俺も後輩は助けたいですから」

俺が先輩達からやって貰ったように。俺も後輩へ。
そう思って返せば、三緒先輩はニッと口角を上げた



少年の希望的観測
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -