「タカ丸じゃねぇか!珍しいな!一人か?」

視えない奴が偶に羨ましくなる。
斉藤の姿を認識した途端、俺の脇から気さくに声をかけ留三郎は近付いていく。

まあ、帰りたいとは思っても入らない訳にはいかない。だって汗臭いし気持ち悪いし。さっぱりしたい
留三郎に続いて俺も斉藤の隣へと座り、体を洗い始める。
そして妙に大人しくなった八左ヱ門もチラチラと斉藤を気にしながら、更に俺の隣へと座った。

「せ、先輩…あれ、何ですかね?」

斉藤と留三郎の楽しげな会話に紛れて、ヒソヒソと訊かれる。

「何って………クモさん?」
「いや、それは見て分かりますけど…!それに何でさん付け…!そうじゃなくて、」
「あれ、斉藤タカ丸さん」
「本当だ。」
「留三郎、タカ丸さんに迷惑かけないでよ」
「どういう意味だ伊作!?」

でかい図体の癖に細かい八左は、また口を開くも遅れてやって来た3人が入ってきた事で、また風呂場内が賑やかになり口を噤んだ。

「他の四年生とは一緒じゃないんですか?」
「うん。今日は授業が午前までだったから、僕は町に下りてたんだぁ」

不破の問い掛けに、斉藤は間延びした声で答える

「町へ?何か買い出しですか?」

不破の奥へ座った鉢屋が体を湯で流しながら首を傾げた。

「もしくは、美味い店でも見付けたか?」
「あ、それなら僕達にも教えてほしいなぁ」

六はの同室コンビが笑顔を斉藤に向ける

「ううん、違うよ。実は僕、町に出て髪結いの修行をしていてね」
「修行?タカ丸さんが髪結いの?」

今更なぜ髪結いの修行を。と全員がきょとんと目を丸め不思議そうにするが
俺は逆に目を細め、納得していた。
成程、だからそんなに蜘蛛がデカくなったのか

「前に三緒君に髪結師に変装できる忍者って言われて、もっともっと髪結いの腕を磨こうと思って!」

ふんす!と鼻を鳴らし両手を拳の形に握る斉藤。
えー…本人が決める事だから、具体的にどうこう言わなかったけど。だからってこんな暴走をするとは……
この蜘蛛俺のせいなの?

「いやぁ、だからって何も町に修行に出なくても…。タカ丸さんの腕なら充分な気がしますけど…」

ナイス八左!もっと言ってやれ!

「え?そ、そう?」
「そうそう。」

照れたように頬を掻く様子に、俺と八で何度も頷き肯定しておく。

「町でどれぐらいの修行をしたんだい?」
「えーと、初日は数人だったけど…今は1日に20人程度かな」

ふと気になったのか伊作が問えば、斉藤は指を折りながら人数を答えた。
不破と鉢屋が同じ顔で驚いた表情を浮かべる。

「に、20……!?」
「そんなにお客さんがよくいるなぁ…!」
「そうなんだよね、数日の間だけど常連客も出来ちゃって…」

眉を下げ、困った様に笑いながらも斉藤は嬉しそうだった。
その顔に黒い蜘蛛の脚が蠢く

「斉藤、お前暫くは町に下りるのやめろ。」
「…へ?」
「ちょっと、集吉郎!?」

全員の視線が集まったが、構わず横目で斉藤を睨んだ。

「中途半端に助言した俺も悪かったが…、髪結いにかまけて忍者が出来なくなれば本末転倒だろが」
「え、えっと僕そんなつもりは…」

狼狽え目を逸らす様に、流石に不憫に思ったのか代わりに留三郎が目を吊り上げた

「おい!言い方ってもんがあるだろう!それにタカ丸は別に忍者の勉強を疎かにはしてねぇ!」

斉藤越しに今にも掴みかかってきそうな留三郎に一瞥やって、再度俯く斉藤を見た。
正確には斉藤の肩に居座る黒い蜘蛛を。

「腕、上がんなくなってるだろ」
「っ、」

ビクリと体を強張らせた為、目敏く伊作が真剣な顔を向ける

「タカ丸さん、それは本当なの?」
「う、うん…実は最近ちょっと痛みが…」

罰が悪そうに声を潜め呟いたので、それぞれが顔を顰めた。

「それは…」
「タカ丸さん無理しすぎですよ」
「集吉郎の言う通り、暫くは控えた方が良いね」

気遣わしげに次々と言われ、斉藤は苦笑して頷く。

「よし、もうこんな事すんなよ!」

そう言って俺は手を大きく振りかぶり、斉藤の肩を力任せに叩いた。

─グシャリ、

「い"、ったぁぁー!?」
「ぎゃああああ何してるんですか先輩ぃい!!?」

悲鳴を上げる斉藤と、更にその上をいく絶叫をあげた八左ヱ門

「こらー!集吉郎ー!肩を痛めているタカ丸さんに何て事を…!」
「た、タカ丸さん大丈夫ですか…?」
「うぅ、酷いよ三緒君、痛い……あれ、痛くない…?」
「はい?」

慌てた面々の声をBGMにしながら、潰れた巨大な蜘蛛が無数の小さな蜘蛛となり散り散りに俺の手に這いつくばるのを見下ろす。
うぞうぞと逃げ惑っては、小さな蜘蛛ひとつひとつがうらみ言葉を呟いて黒い液体になる。
やがて全ての蜘蛛がドロリドロリと溶けて腕から滴り落ち、流れ消えていった

「叩かれた所は痛いけど、何か肩が痛いの治った…」

目を瞬かせ呟いた斉藤に、視えない奴等は首を傾げる
八左ヱ門は顔を青くして今の惨状を見終わり、顔を洗った。
俺は最後にもう一度お湯を全身に被って、立ち上がる

「あれ、集吉郎もう上がるの?」
「おー」
「珍しいな、風呂好きなのに湯船に浸からないなんて」

ひらりと手を振って、さっさと脱衣所で水気を拭って服を着た
留三郎の言う通り湯に浸かりたかったが、未だ耳の奥でブツブツと呟く声が煩くてとてもじゃないが寛げないし、この声が万が一八左ヱ門に聞こえたら不味い。これだけは聞かせる訳にはいかない。
今日はさっさと寝よう。疲れた。




「三緒先輩、腕、大丈夫ですか…?」

夜着のまま自室で気分転換に本を読んでいれば、天井から八左が顔を出した

「あー…まぁ、何ともない。」

掌を握ったり開いたりして見せて、異常の無さを伝える
天井から降りてきた八は普段のアホっぽい明るさをどこに落としてきたのか、しおらしく正面に座った。

「済みません俺、何も出来なくて…」
「はぁ?それ言いに来たわけ?」

本を閉じて文机に置く。
今までだって、俺が霊を殴ろうと蹴ろうと心配なんかした事あったっけか?

「俺だってアイツら化物を殴って追い払うぐらい慣れました。でも、今回の奴は…何というか、いつもの恐怖とは違ったというか…」

背を丸め下を向きながら告げる後輩の頭に、ポンと手を乗せる
あ、ちゃんと気を使って蜘蛛潰した手とは反対の方で。

「気にすんな。あの蜘蛛はお前とは相性が悪い」
「相性……?」

目線だけこちらを向いて、しょんぼりした顔のままの八を撫でる

「触れて、呑み込まれてしまっては困る」

それ以上、後輩があの蜘蛛を気にする事がないよう、少々乱暴に頭をかき混ぜ笑ってみせる。

あのひとつひとつは小さな蜘蛛の、元となった大勢の声がまだ
耳鳴りの様に聞こえてくる





可愛い可愛い可愛くなれる
羨ましい羨ましいうらやましい恨ましい
妬ましい。ああ。憎い。どうして。私より可愛い。私も。一番になりたい。可愛くなりたい。口惜しい。嫌だ。醜い。あの子みたいに。あんたなんか。やめて。私が。ねぇ。見て。私だけにして。あの子は駄目。恨むわ。ずるい。いや。不細工。綺麗。これで良いの。もっと。蹴落とさなきゃ。一番になれないの。あの子より先に。このままじゃ……

ねぇ、どうして、私だけ贔屓してくれないの?これじゃああの子も可愛いまんまじゃない。私はあの子よりも可愛くなりたいんだから、私以外の子を綺麗にするなんて嫌よ。許さないわ。私より可愛い子なんていなくなっちゃえば良いのに、あの人が私だけ見てくれれば良いのに、
私を一番にしてくれないのなら、私以外も可愛くしてしまうのなら、いらない。
いっそ、

貴方がいなくなればあの子は可愛くなることなんかないのに。




「お前にはまだ早い」



黒い言葉は濃く重なる
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