「伊賀崎、七松先輩知らないか?」
今日は休日。太陽も上へと昇ってきた頃、平滝夜叉丸先輩と廊下で出会い声をかけられる。
それに「ああ、」と口を開き「いつもの3人で、食堂で伏せっておられましたよ」と今さっき目撃した情報を伝えた。
「伏せって…?」
平先輩は眉間に皺を寄せ゛訳が分からない゛と表情で示したが、本当の事なのだから仕方ない。
確かに3人は食堂のテーブルにぐったりうつ伏せになって異様な雰囲気を発していたのだから
「あのお三方はいったい何をしたんだ…昨夜も夜中に騒いでいたようだし」
今度は口許を引きつらせこめかみを揉む先輩。
首元で大人しかったジュンコが笑うように舌をチロチロ動かす。ジュンコは何か知ってるのかな?
「お前も苦労するな。その内2人も委員会の先輩で」
ジュンコの頭を撫でていたら、視線がこちらに戻ってきていた
「はあ、まぁ…」
「生物委員の委員長も、その下の竹谷先輩もしっかりしてはいるがどこかフラフラしているし、こちらの予測不能な事を仕出かすというか…」
やれやれ、と首を振りながら漏らす言葉は思い当たる物ばかりで、平先輩はよく見ていると感心してしまう。
でも、無理もない。七松先輩とうちの委員長は仲の良い友人同士で、よく一緒にいるのを見かける。
委員長と竹谷先輩は勿論同じ委員会。僕たち下級生には難しい作業や予算案などはこの2人で活動していて、委員会が終わった後も2人で残ってる事が多い。
その繋がりで七松先輩と委員長の鍛練に竹谷先輩が混じる時もままあるらしい。
そんな感じで3人一緒になっていれば、七松先輩を呼びに来る確立が高い平先輩が他の2人の先輩に詳しくなるのも当然の流れかもしれない。
「でも先輩たちは頼りになりますよ」
僕がポツリと言えば、平先輩は途端に固まってから咳払いをした。
「ま、まぁ。それは七松先輩もそうだが」
あの3人が見ている訳でもないのに取り繕いだした。変な先輩。
「しかし伊賀崎も時には先輩方にビシッと言った方がいいぞ」
「ビシッ…と、ですか?」
「そうだ。この、後輩としても優秀な私のように!ビシッと言うのも補佐の仕事!」
そういう物なんだろうか…。
「ハッ!こんな話をしてる場合じゃない。七松先輩を呼びに行かなければ予算案が纏まらない…!」
「今行かない方が良いですよ。先輩方、ぶつぶつ何か言っていて怖かったですから」
急に踵を返し、早足で食堂に向かう平先輩に声を投げる。
「だからって行かない訳にはならないだろう!」
首だけ振り返ってそう答え、廊下の先に姿を消してしまった。…慌ただしい先輩だ。
「……ビシッと、何を言えば良いんだろう…」
ジュンコの鱗を指の腹で撫でながら考えたけど、特に思い付かなかった。
その後、長屋近くの井戸で委員長と竹谷先輩に会った。
未だに寝間着で顔を洗っていた
「おー…、孫兵おはよー」
委員長である三緒先輩に挨拶をされたので、ジュンコを撫でる手を止め二人の元へ近付く。
「もう昼前です。先輩方まだ着替えてなかったんですか」
「いや、ちょっと気力が無くてだな…」
「それに今日休みだし、いいじゃないか?」
お二人はどちらかといえば大雑把に分類される方ではあるが、同じ委員会をしていれば節度のある大雑把だと分かる。
だから、いくら休日でも昼前まで夜着のままでだらしなく過ごしていたなんて今回が初めての事だし、
今でも気怠そうにしていたり、目の下の濃い隈を見れば何らかの事情があったのは察せた。
けど、僕は思った。
これがビシッと言う時なのでは、と。
「それに夜着が乱れてます。委員長に至っては腹まで見えてます」
「これは…ほら、大人の色気ってやつだから…」
「だらしないです。」
夏になるとよく脱ぎだす三緒委員長だが、寝間着を弛ませ肌を晒すなんて小さな子供ではないんだから。
袂を左右それぞれ掴み、腹を隠すように直してやる。
ちょっと首が締まったようだが気にしない。上から「ぐえっ」って聞こえたけど、これで三緒委員長のだらしなさは軽減される。
「先輩、それは俺もフォローできません。立花先輩や善法寺先輩ならまだしも、委員長だとむさ苦しいです…」
竹谷先輩は自分で襟元を正しながら、委員長に向かってポツリと呟く。
すると、途端に三緒委員長の眉間に深い皺が刻まれた。
そういえば、三之助だったか「三緒先輩って忍たまより山賊か海賊にいそうな顔だよな」とか何とか溢してたな。
「んだと八左!表出ろやコラァ!」
「ひー!先輩ここ表です。既に出てますっ!」
僕を挟んだまま委員長は竹谷先輩の胸倉に掴みかかった。
体が大きいと腕も長いんだな…竹谷先輩はあっさり捕まって涙目になっている。よほど三緒委員長が怖いのか腰が引けている。
…この光景を後輩達に見られたら二人の印象が悪くなりそうだ。
「先輩方騒がないでください。後輩に示しが付きません」
ピタリ、お二方の動きが止まって、委員長が竹谷先輩から手を離した。
「えっ、ごめん…」
「わ、悪かった孫兵…、でも急にどうしたんだ?」
揃って僕を見下ろして眉をハの字にする大柄な二人の先輩に、思わず小さく笑ってしまう。
「僕もビシッと言ってみました」
「?」
「??」
また同時に首を傾げるその動作に、僕は堪らず吹き出した。
僕もお2人を補佐できるよう頑張ろう。
有毒生物好きな後輩の考え