今日の午後は六年は組と五年ろ組の合同実習だった。上級生になると他学年との合同授業も増えて良い刺激になるのだが…

「先輩聞いてますか!?それで結局木下先生との組手のテストは散々だったんですから!」

実習終わり気だるい体で風呂場に向かっていれば、横からは八左の喚き

「ははっ、お前達も強くなったなぁー!昔はピーピー泣いてたのに」
「はっ!?いつの話してるんですか!」

後ろからは留三郎と鉢屋の言い合いが。

喧しい……
何故か固まって移動してる上に、元気が有り余ってるのか騒いでる奴が数名。

ひとつ溜め息を吐いて、俺の隣に並んで必死に何事か抗議してくる後輩の声を遮るように声を張り上げた。

「よーし、お前ら!風呂場まで競争だ!」

ピタリと騒いでいた声が止まる。
留三郎も八左ヱ門も俺をキラキラした瞳で見てきた。不破と伊作はきょとりと目を瞬かせ、鉢屋もこちらに視線を寄越している

「よーい…………、ドン!!」
「うおりゃぁぁああ!ぜってー負けねぇ!!」
「俺だって負けないですよぉぉお!!」

全力で走り出し、ものの数秒で姿が見えなくなったのが二人。
「走るべきか…でも廊下を走ると先生に怒られるし…でも先輩が提案したのに乗らないのも失礼かな…でも実習終わりで全身痛いし今走ると悪化しそうだし…」
とブツブツ悩んでる声に振り返れば不破が頭を抱えて足を止めていた。

その更に後方にいた伊作が苦笑を俺に見せてから、不破の肩に手を置いた。

「不破、大丈夫。その合図を出した奴は競争する気まったく無いから。でしょ?」

「え?」と、きょとんとした顔が向けられ、ガリガリと頭を掻いてから口を開く

「当たり前だ。あんな熱っ苦しい奴等と一緒にいたら余計疲れる」
「あはは…同感」

苦笑を浮かべてる癖に伊作も容赦なく頷く。まあ、実習で散々な目に合ったから伊作も疲労困憊ってわけだ。

「にしても少しは狼狽えると思ったけど。」

伊作には動く気配がゼロだった。
いくら疲れていたとはいえ、突然の競争宣言に不破みたいにオロオロするかと思ってたけどなぁ

「えぇ?だって集吉郎が利益なしに競争なんてしないでしょう」

………。
当然のようにニコリと告げられ言い返せない。
六年間同じクラスで過ごしてるとお互いの事が分かってはくるが、自分の思考がここまで把握されてるとは思わなかった。

収まりが悪い。こういう時は…素知らぬ顔で話を逸らすか。

「で、鉢屋は競争に参加したかったら行っても良かったんだぞ?」
「急に!?」

話を振られ鉢屋は大声で驚いていた。細かい事は気にするなよ。

「お前ちゃんと構えてたし、合図の後に全力で走ろうとしてたじゃないか 」

結局俺達が走り出さなかったので、たたらを踏んでその場に留まっていたけど。

「い、言わないでくださいよ!」

耳を赤くして睨み付けてくる鉢屋。
こいつ…普段すかしてるからなぁ。年上や同年代にからかわれるの慣れてないんだろう

…面白い!

「はー?何を言うなって?思いっきり力込めてスタートダッシュ決めようとしたのに、他の2人しか走り出さないから慌てて立ち止まった事か?」
「っ!!」
「それとも、立ち止まった後に何事も無かったかのように誤魔化した事かなぁ?」
「…くっ…!」
「いやぁ、鉢屋って意外と勝負好きなんだなぁ。競争とかで本気出そうとするまで熱い奴だとは知らなかったぜー」
「〜っ、三緒先輩…!」

何だコイツ、顔は変装の筈なのに表情が分かりやすいな。
今だって、真っ赤な顔をくしゃくしゃに歪めて羞恥に堪えている。

「こらこら、後輩苛めるなって」

ポスリ、と伊作に頭を叩かれ、俺はニヤニヤ顔を隠さないまま口を噤んでやる。
あー…楽しかった!

「ほら、もう。早く行かないと二人が戻ってきちゃうだろ?行くよ」
「へいへい」

犬や猫にするように手をシッシッと振られ、仕方なく鉢屋から離れて廊下を進む。
伊作も大概後輩に甘いよなー。

「あと鉢屋、君は不破よりも今回酷い打撲なんだから、いくら負けたくないからと言って体の負担になる行為は慎むべきだと思うよ」

あ、前言撤回。伊作くん空気読めない子だったわ。

目をまん丸にして固まる鉢屋、クソ真面目な顔した伊作、慌てて驚きの視線を友人に送る不破
三人からそっと目を逸らして、俺は早足で風呂場に向かった。

格好付けたがりの鉢屋くん終了のお知らせです。





「あっ、集吉郎てめー!騙したな!」
「そうっス!先輩酷いですよ!」

風呂場の戸を開けた瞬間、半裸の男2人に詰め寄られ俺のテンションはガタ落ちである。

「お前なぁ、そんなんだから下級生に恐がられるんだぞ?」
「そうそう!もっと普段から愛想良くすれば誤解されないのに」
「うるせぇ……………。風呂入らせろ」

サッと正面に立っていた人影が割れた。
まるで対の石像のように不動の2人の間をズンズンと通る。
こんな俺が後輩に恐がられているだなんて嘘に決まっている。誤解も何もないし。
八左ヱ門は明日ゆっくり言い聞かせるとして、留三郎は就寝前に部屋でじっくり勘違いを正してやろうと思う。


あー、やっと風呂に入れる。
なんで此処まで来るのに時間がかかるの?
今日はゆっくり浸かって癒されよう。

そう心で呟きつつ、脱衣所から浴室へと続く戸を滑らせた。

「え、帰りたい。」
「は?」
「なんで?」


8本の黒く蠢く脚が、一人の人間の肩から背中にかけてべったりと貼り付いていた。
俺の呟きに不審そうにしていた八左も、肩越しにその光景が目に入ったんだろう。短く息を飲んで言葉に詰まっていた。

「あっ、三緒君だぁ〜。またお風呂場で会ったねぇ」

心なしか顔色は悪いが、黒い影越しに輝く金髪が見える。そんな状況でもツヤツヤとした髪を維持しているのは流石である。

斉藤タカ丸には見えていないだろう、肩から背中に張り付いた巨大な蜘蛛のせいで、俺からはその笑顔も半分しか伺えない。

あーあ…コイツ、何したらこんなにデカイもん背負わされるんだよ。



蠢く思い
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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