「先輩…少しは手加減してくれませんか…?」
「何を言う!お前は手加減してもらった相手と手合わせして嬉しいのか?ん?」
「……思いません…」
「勘ちゃん元気出せって。俺だっていつもボロボロだしさ」

今日の面子は変わっている。

昼休みに八左ヱ門が「放課後に手合わせして下さい」とわざわざ言いにくる事から珍しかったが、指定の時間に演習場へと行ってみれば八の隣にもう一人。
五年い組の尾浜勘右衛門が立って待っていたのだ

何でも数日後には木下先生相手の組手のテストがあるらしい。
その仮想相手が俺って訳か。……なるほど分からん。

だって木下先生って俺と違って、割りとカウンタータイプじゃなかったっけ。
自分から仕掛けるんじゃなくて、相手からの攻撃をうまーく誘導して動けないタイミング狙って一撃で仕留める感じの

教えてやった方が良いかと思ったけど、落ち込む尾浜を八左が励まし両者忙しそうだったから黙って廊下の先を歩く事にした。
あー…早く風呂入りてぇ


「お、四年生今入ってんの?」
「あ、三緒先輩だ。」
「私達は今まで裏裏山で実習だったんです」


風呂場に足を踏み入れれば四年生が集合していた。お前ら仲良いな。
でも疲れて大人しくなってるからか、伏せ目がちのコイツらが並んでたら一瞬女湯に間違えて入っちまったのかと思ったわ。口にはしないけど

「流石アイドル学年だな。女湯かと思った!」

口に出しちゃう奴がいた。

「尾浜自重」
「何を!?っ痛い!」

たかがデコピンで悶絶してる尾浜は放って、俺も八左も体を洗ってる四年の列に加わって座らしてもらうとするか。
しかし四年生の後ろを歩いて通り過ぎようとした時、八左ヱ門が「あ」と声を洩らし足を止めた。
怪訝に思って彼の視線の先を見やれば、編入生の斉藤タカ丸…の肩。

「タカ丸さん動かないで下さい!」
「えっ!?何々!?」

目を白黒させながら振り向こうとした斉藤を「動かないで!」と八が制止する
ビタリと体を硬直させた彼の肩に一匹の蜘蛛が乗っていた。

そっと屈んで両手を構える八左、が蜘蛛に触れる前に斉藤の肩から蜘蛛を払い落とした。

「ぎゃっ!先輩なにするん…、……!?」

そこらに棲息する蜘蛛とは違い、見たことない色で太い脚と大柄な体を持つソイツを委員会の生物だと勘違いしてしまったんだろう。
俺が乱暴に手で払った直後に悲鳴を上げ、文句をつけようとした八左ヱ門だったが保護しようと床を見た後輩はソレが蜘蛛の体を保てず黒い液体となり流れていくのを目にし口を噤んだ。

「竹谷くーん?何があったの?」
「え、何かあったの?」

今だ律儀に前を向いたまま姿勢を維持した斉藤が疑問に堪えきれず不安げな声を出した。
遅れてやってきた尾浜も首を傾げ傍に立つ。
他の四年の不思議そうな視線も集まり、ハッと顔を床から逸らした八左だが説明が思い付かないらしい後輩に代わって俺が口を開いた

「斉藤の肩に汚れが残ってたんだよ。もう落ちたから気にすんな」
「えー…なんだぁ…吃驚したぁ」

一気に息を吐いて笑った斉藤に、四年生も尾浜もつられて気を緩めたらしく視線は霧散していった。
強張る八左の背中を押してさっさと椅子に座るとしよう



湯船に浸かれば優雅な気分だ。良い湯だな、と歌いたくなる。

そんなご機嫌な俺に向けられる熱視線が2つ。
くっ、俺は屈しないぞ。こっちから話しかけてやるもんか!今の俺は「いい湯だな、あははん」の続きを思い出そうと集中してるんだよ。

「タカ丸さんさっきから三緒先輩見てどうしたんです?」

田村余計な事を訊くなよ…!お前はもう少し見てみぬ振りして黙するというのを身につけなさい。だから文次郎に振り回されるんだぞ!?

「う〜ん……三緒くんと僕って同じ歳のはずなのに、全然違うなぁ…って」
「そりゃあ、別人ですし」

首を捻って斉藤に言葉を返したのは小平太の後輩である滝夜叉丸だ。
お前はもうちょっと相手の考えに興味持とうな。他人の思考を読めないようじゃ脈絡のない小平太に付いてくの大変だぜ?

「そうじゃなくて、体つきの事!僕も鍛えたら三緒くんみたいな凄い筋肉つくかなぁ…」

じっと俺の胸板を凝視する斉藤。

「いや、三緒先輩は六年の中で一番の体格ですし…」
「確かに七松先輩も筋肉はありますが、身長も断トツ高いのは三緒先輩ですよね」
「身長で言えば中在家先輩も高いけど、意外と細いって雷蔵が言ってたしなぁ…」
「立花先輩も女装する時に胸に詰め物しますが、三緒先輩の方が大きな胸ですよ」
「綾部…胸と胸板は別もんだと思うぞ…?」

揃いも揃って俺の裸に視線を注ぐもんだから、ゆっくりと両手で湯から出ている上半身を隠した。

「いやーんエッチー」

全員が咳き込んだ。


まったく、俺的には元女なんだから大人数で裸に注目されるの抵抗あるんだぞ!
男と風呂入って裸が目の前にあるのは抵抗ないのかって?もう慣れたよ!


「でもなぁ…僕も少しぐらいムキムキになりたいなぁ」

あ?まだその話続けんの?俺はもうやめて欲しいと思ってるよ。

「僕が扱えるのって鋏だけだし」
「あぁ…タカ丸さんまだ手裏剣も苦無も上手く使えてないですからね」
「そうなんだよね…だからせめて体は鍛えとかないと、って思ってるんだけど」

難しい表情で溜め息を吐く斉藤。四年生も尾浜も八左も「これからですよ」と声を掛けている

「でもムキムキな髪結い師って恐くね?」
「確かに。って先輩!何でそんな!」

八に睨まれた。俺真面目に言ったのに

「だって忍者目指してんなら大事だろ?髪結いとして変装できる折角の能力持ってんだから、それを活かすような方向性考えてみれば?」

髪結いのスキルなんて俺達がどんなに身に付けたくても簡単には手に入らない物だしな。
斉藤は性格的にも一般人に化けて情報集めたり人身掌握とか向いてると思うし……本人が決める事だから言わないけど

「分かったよ!僕もっと髪結いの腕を磨くよ!!」

そうは言ってない。



何だかヤル気を漲らせた斉藤は四年生を引き連れ早めに上がっていった。
湯船に残ったのは俺達3人のみ。広々浸かれて優雅だ

ゆったり寛ぐ俺の隣で五年生の二人は数日後の木下先生攻略の相談をあーでもないこーでもないと策を出し合っている。
実習に参加しない俺が口出しするのも邪魔だろうから、それをBGMに再び「いい湯だな」の続きの歌詞を考えていた。

いい湯だわ、うふふん。とか?


「うぇーい、そろそろ上がるかぁ」
「……あい」
「……へい」

逆上せたらしき力ない返事をするところを見れば、良い案は浮かばなかったらしい。がんばれー

ザバザバと浴槽を出て脱衣所に向かう。その途中で思い出したように声をかける

「そうだ八左、」
「はい、アドバイスですか!?」
「いや違くて。」

バッと振り向いて期待した表情からの落胆の差が激しかった。俺のせい…?
でも大事な話だぞ?

「生物委員会で飼育してる奴ちゃんと把握しとけよ?お前いつか間違えて死ぬぞ」

ポンと肩を叩いて告げれば八左ヱ門は見事に固まった。
それを置いてさっさと脱衣所で体を拭く
尾浜が「何の話?」と八左に問い掛けていたが、彼はまだ反応できていない。

最近虫の脱走多くて、変わった虫見たら委員会のだと早合点するのも分からなくもないけどなぁ…それで憑かれるのは勘弁だ。
孫兵にお散歩控え目にするよう言っとくかな……効果あるか不明だが




それが先週の話だ。



肩の蜘蛛
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -