「失礼します。七松先輩……は、いないですね」

休日は委員会の予算案を纏める、と先輩から言われたのに件の彼の部屋に行けば中に居たのは同室の中在家先輩だけ。

「七松先輩は何処に…」

居場所を知ってると思い問い掛けたが、中在家先輩が読んでいた本から顔を上げ首を横に振ったので口を噤む。
知らない、という事は忍務や用事が入ったわけではなさそうだが…果たして何処にいるのやら
中在家先輩に頭を下げてからその場を後にする。

七松先輩は目立つ方だからすぐ見付かるだろうと学園を一通り回ってみたが…いない。
私との約束を忘れて鍛練でもしているのかと思ったが、演習場などにもいない。

首を捻りながらも、今度は建物内を捜そうかと廊下を歩き出せばタイミング良く前方から伊賀崎孫兵が歩いてきた。
伊賀崎の委員会の先輩、生物委員の三緒先輩とうちの体育委員の七松先輩は仲が良い。
ろ組とは組、組こそ違うがお二人はよくダッグを組むし、これまた生物委員の竹谷先輩と三人で行動しているのも見掛ける。

伊賀崎なら何か知っていないかと声をかけたならば、アッサリと食堂にいる。と返ってきた。しかも、やはり三人でいるらしい
二言三言話してさっそく七松先輩を捕まえるべく食堂に足を向ければ、背中から伊賀崎の制止がかかった。

「今行かない方が良いですよ。先輩方ブツブツ何か言っていて怖かったですから」

怖い?この優秀な平滝夜叉丸が怖れなどするものか。
それに今日は予算案を纏めるという大事な仕事があるのだ。先延ばしにするつもりは毛頭ない

「だからって行かない訳にはならないだろう!」

振り返って伊賀崎に告げ、口角を絶妙な具合に上げて見せる。そして颯爽と食堂に向かう私。
今の台詞格好良かった気がする。さすが私!



だが食堂に付いた瞬間、先の自分の言葉も忘れ歩を進めるのが躊躇われる。
先輩達お三方は普段の明るい様子とは丸っきり反対で、夜着も着替えないままテーブルに伏せってどんよりとした空気を漂わせていた。
幸い、今は昼前で他に利用者はいないものの、昼食の準備にとりかかってるおばちゃんもチラチラと心配そうな視線を送っている。

食堂のおばちゃん、この私に任せてください!と目配せすれば、頼んだよ。とゆっくり頷かれる
準備に集中しだしたおばちゃんを視界の端に見て、気合いを入れる為に深呼吸をしたが溜め息になってしまったのは仕方がない事だと思う。


「もうやだ…朝まで貞操の危機を感じた……」
「せめて……首があったらなぁ…」
「怖い。ガリガリ怖い。怖い…ガリガリ…」

近付けばその異様さがありありと分かる。譫言のように呟いてる言葉は意味不明で理解できないが、何故か背筋がゾッとした
しかし、ここで退くわけにはいかない…!
意を決して声をかけた

「七松先輩捜しましたよ。何をやってるんです?」
「おー…滝夜叉丸…」

伏せっていた顔を上げた先輩の目の下にはうっすらと隈が。表情は虚ろだし、笑おうとしてるが半笑いになっていて正直怖い
思わず口許を引きつらせていれば、むくりむくりと三緒先輩も竹谷先輩も身を起こす

「あ、滝夜叉丸…お前美人だなぁ…」
「は?た、竹谷先輩…?」
「なんか口直しならぬ、目直しって感じだ…」
「ちょ、三緒先輩までどうしたんですか!?」

確かに私は罪なほど美しいが、先輩二人に虚ろな表情で見つめられても怖いだけだ。

「せ、先輩方…顔を洗ってきたらどうですか?それと服も着替えてください。七松先輩は予算案の見直しがあるんですからね」

この三人の不可解な言動は、七松先輩の下にいる私も慣れたと思っていたがやはりまだまだ理解不能だ。
三人を立たすよう促して、背中を押して食堂から出した
出ていく前に食堂のおばちゃんが輝く笑顔を浮かべ手を振っていたので、軽く頭を下げて応える。



「さあ、早く自室で着替えてきてください」
「いやだ!!」
「はぁ!?」

突然七松先輩がだだっ子のように歩かなくなった。
助けを求めるように他の先輩達を見るが、二人は立った状態で目を瞑っている。え…寝てる?
そういえばこの二人も隈が出来てるし顔色も悪い

「帰ったらアイツがいるんだ!絶対行きたくない!」
「アイツって…中在家先輩と喧嘩でもしたんですか?」

嫌だ嫌だと喚く七松先輩を抑えつつ、問うが「違う」と首を振る。意味が分からない

「あー、もう…私が一緒に行きますから。」
「本当か!?」

その言葉にピタッと動きを止め、丸い目をキラキラと…いやギラギラと向けてきた。
そして何故か私の背中にくっ付き「じゃあ行こう!」と宣う

「はいはい。それじゃあ、私と七松先輩は先に行きますが…お二方もちゃんと戻ってくださいよ」

未だ立ったまま寝ている二人に声を投げる。
船をこいでるのか、返事のつもりか、カクンと頷いたのを見て七松先輩とその場を後にした

そのままにしておくのは多少不安があったが、流石に先輩達三人も部屋まで送り届けるのは無理があったので、用事のあったうちの委員長だけ引き取る事にした。
まあ、三緒先輩は意外と潔癖症の気があるし長い間廊下で立ち寝状態にはならないだろう。竹谷先輩も割りと周りの状況に敏感だから、すぐ正気に戻りそうだ。


「小平太が後輩を盾にしてる…」
「まあ、滝夜叉丸には寄り付かないでしょうし大丈夫じゃないですか…?」

そんな会話がされてるなんて知る由もない。



優秀なる後輩の憂い
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