名前を呼んで
伝説のトレーナーもとい金銀バージョンのラスボス、レッドさんと別れた後、
何とか平常を取り戻し、キキョウのポケモンセンターに戻ってくらやみのほらあなの崩落と懐中電灯の事を受付のジョーイさんに話した。

すると不幸中の幸いとでも云うのか、懐中電灯の件は咎められず、それどころか身の心配をされてゆっくり休むようにと泊まっていた部屋へ押し込まれた。

くらやみのほらあなは、すぐさま封鎖されて、北側の入口のあるフスベシティと連絡を取り合い修復工事に取り掛かるらしい。
流石にレッドさんの名前は出さずに崩落した事だけ伝えていたので、原因は野生ポケモンの仕業だと思われるのだろうか。何にせよ、レッドさんに行き着く可能性は低い筈。
いや、正しくあの人が悪いんだけど反省してたし
、本人のいない所で世話になった人を悪く言いたくない。
私は小心者なのだ
それに、彼が悪く言われれば手持ちであるあのピカチュウが可哀想でしょ。あんなに主人思いの良い子なのに…うん。可愛いは正義!

そんな明け透けな本心、ピカチュウに骨抜きな私に約2匹のジト目が次の日までも続いた。


「君島さん」
「はい…」
「これから修行ですよね?」
「はい。」

草むらの中、コリンクはこちらを振り返って相変わらずのジト目を向けている。
な、なんでそんなに機嫌が悪いのカナー…?

「昨日、洞窟の中で僕の名前呼んでましたよね?」
「………呼んでました。」

急に何を言うのかと思ったが、地面が崩壊した瞬間の話。
そう、咄嗟だったのでトリップ前のキャラとして呼んでた頃の「伝七」という下の名前で叫んでしまったのだ。
その場では特に反応も示していなかったので、スルーされたと思っていたのに。
そのせいで機嫌が悪いという事か?

確かに、夢小説の展開では勘違い天女がまだ親しくもない忍たま達を下の名前で気安く呼んで、気持ち悪がられていた。

サッと頭から血の気が引いていった

「あ、あの、ごめ──」
「今日からそう呼んで下さい」

えっ

「えっ」
「何ですか、えっ、って。姓より名前の方が呼ばれ慣れてるし、バトルの時だって反応がし易いんです」

言い終われば用は済んだとばかりに前を向いて、草むらの影に隠れる野生ポケモンを探しだすコリンク。

え?これって嫌われてるどころか、寧ろ…

確認するように、小さな後ろ頭に向かって慎重に声を投げてみる。

「…伝七くん、で良いのかな…?」
「何ですか一織さん。早く修行しますよ」

チラリと片目だけこちらに振り返った黒門─いや、伝七は照れくさそうに私の名前を呼んだ。

「あ、はい。そうですね………ん、あれ?今私の下の名前…」
「昨日の人だって、前のおじいさんだって、モンスターボールをくれた女の子だって皆名前で呼んでたんだから…僕だって呼んだって良いじゃないですか」
「…ぜっ、全然大丈夫ですよ!むしろオッケーですよ!」

やっぱり直ぐに前を向いて目を合わせない様子が拗ねているように見えて、慌てて肯定しまくっておいた

これは…懐き度が上がっているのでは…?
ポケモンだからか!?ポケモン化してるからトレーナーの私に懐くようになったのか!?

混乱しつつも先を歩いて行ってしまう伝七を追い掛けた。

─ポンッ

「じゃあ俺も今から団蔵って呼んでね一織さん!」
「モフぅっ!」

加藤くん改め、団蔵が顔面に腹這いで張り付いてきて、私の鼓動は早まった。息切れ的な意味で。






「大丈夫ですか君島さん…」
「はぁ…ゴホッ!はぁ…も、だいじょーぶです…!」

藻掻く私に団蔵はなかなか離れてくれなくて、見かねた潮江さんがボールから出てきてモフモフ凶器のガーディを引き剥がしてくれた。

酸素を必死に取り込みながら、潮江さんに返事をする。
呼吸できるって素晴らしい

「一織さん」
「はい…」

伝七が私を呼んだ。
力無くも応答する

「一織さん!」
「はい…!」

続いて団蔵。
今の返事じゃ駄目だったのかと、さっきより大きめに声を出した。
2人ともどうしたのだろうと、目を上げれば小型ポケモン達はストライクを見上げていた

「潮江せんぱい、一織さん、ですよ!」

私を呼んでいたのではなく、まさかの潮江さんに名前呼びを強要していた。
ヒェ…ッ、何か鋭い目付きで潮江さんがこちらを見てくる…!

「っ、一織さ、ん…で良いですか!」
「は、…ど、どうぞ!しお、えと…も、もん…もんじろ…くん…?」

睨み合って必死に名前を呼び合うが、私が彼の下の名前を呼んだ瞬間徐々に顔に熱が集まり、そしてそんな状態を自覚しては口許が引き攣り今度は青い顔で二人して額を抑え俯く。

「一織さん済みません。無理して呼ばなくていいです…!」
「ごめんなさい。潮江くん、で妥協しましょう…!」
「はい。それで良いと思います…」

下級生の無邪気な子達は名前で呼べても、プロ忍に近い最上級生の、あの潮江文次郎を名前で呼ぶのはハードルが高かった。
何というか、お互い照れまくって違和感しかない。
恐らく今だけ以心伝心で「ないわー…」と思っていたに違いない

やっとダメージが回復してきて視線を直せば、あちらも同じ。苦々しい顔で頷き合った

「文次郎くん」なんて似合わないもんなぁ。トリップする前も「潮江」って呼んでたし、そもそも私が「文次郎くん(はあと)」と呼ぶのが似合わな過ぎて気持ち悪い。下級生達のちびっ子達はまだしも。
対する潮江も呼ばれ慣れてないらしい。
多分これは、親友レベルに懐いてもらったとしても呼べないやつである。

「どゆこと?」
「さぁ…?」

団蔵と伝七はポカンとしていたが、私と潮江は今ので通じ合ったようだ。
名前なんて、呼び易ければ何でも良いと思う……

「でも、一織さんって、俺達の名前ちゃんと知ってたんですねー!」

そういえば、と思い出したように団蔵が明るく言い放った。
あまりにも予想外の言葉に「は?」とも「あ?」とも言い切れない曖昧な発音が口から零れ落ちた。

「いや!だって、一織さん全員苗字で呼ぶし、特別誰かと仲良しでもないから。てっきり他人に興味ないのかと!」
「へぇっ!?」

何を焦っているのかバタバタと尻尾を大振りにしながら、言い訳するように早口で告げられる。
でもその言葉があまりにも極端な話だったので、今更ながらに忍術学園の人間に自分がどう思われているのか不安になった。

「ちが、違いますよ!興味無いとかそんな…!私は苗字で呼ぶのが慣れてるだけで、ちゃんと皆さんのお名前は覚えてますからね!?」
「あり?そうなの?」

首を傾げた団蔵に何度も頷いてみせる。

「まあ、相手から認められない内には馴れ馴れしくないように距離を置いとこうとか、気色悪がられないように下の名前は許可なく呼ばないようにしようとか…ちょっと、徹底してましたけど…」

小声で暴露すれば、3人から難解そうな表情を向けられた。

「それはちょっと……」
「考えすぎなのでは…?」
「今ので、これまでの一織さんの言動に少し納得がいきました…」

ドン引きの一年生コンビと、何故か疲れた様子の潮江に
「うっ…」と言葉に詰まる。
駄目だ。これ以上この話題は掘り下げたくないな

「伝七くん!」
「え、はい!」

何だか疲弊を感じながらも、勢いを付けて伝七へと視線を移した。

「修行、しましょう…!」
「…は、はい。」

この空気を早く忘れたい。
わざと熱を込めて伝七に言えば、硬い表情で頷き返された


その日は夕方までコリンクの電気技修行に費やした。


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -