崩落
轟音と共に足下にしっかり存在していた地面が崩れ落ち、真っ暗な空間に私ごと落ちていく。

「っ、団蔵っ!伝七!」

パズルのように分解して宙に投げ出される中、咄嗟に元の世界で呼んでいたように名前を叫び、小さな2人へと手を伸ばすが、私の身体能力では手が届かないどころか自分の身体が斜めに倒れていく。

嫌な浮遊感に内臓が上へとせり上がっていく感覚、伸ばした両手も不安定な体勢のお陰であらぬ方向へ。身体の向きも上を向いてるのか、下を向いてるのか。

あれ、これって死ぬやつじゃない?

洞窟の崩壊に巻きこまれた。ともなれば死ぬ。
落ちてるタイミングで気付いてしまった事実に身体は竦み伸ばした手を反射的に縮めそうになった。

そんな時に視界の端が赤く光った。

その次には全身打たれたような衝撃が走り、ただ黒い闇に呑み込まれるだけたったのにガクンと落下速度が落ちる。

「君島さん掴まって下さい」

耳許で聞き覚えのある声がした。
それが誰なのか辿り着くよりも腕を回し、必死にしがみついて頷く。

「団蔵、伝七」
「大丈夫です先輩!」
「よっと、俺も平気でーす」

ああそっか、この声は潮江さんか。
落ち着いた声が2人に呼び掛ければ、違う方向からそれぞれ返事がきた。

潮江さんと小型ポケモン2匹は落ちる瓦礫を足場にするという並外れた動きを取り、その度に衝撃で揺れたが何とか耐え、気付けば轟音も収まっていた。

真っ暗すぎて、いつの間にか閉じていた瞼を開いても何も見えない。

「君島さん、降ろしますよ」
「は、はい。ありがとうございます」

鎌ではない腕の部分を器用に使って私を抱きかかえていたのだろう、それを気にしながらそっと地面に立たされる。
比較的なだらかな地面を選んで降ろされたようだが、地面にはゴロゴロと瓦礫が転がっており真っ直ぐ立つにもバランスを取るのに苦労した。

「あ、あれ…?懐中電灯……」

手に持っていた筈の懐中電灯の灯りをつけようとしたが、両手は空。
そういえば、落下直後に一年生の2人に手を伸ばした。
必死すぎて懐中電灯の事なんか忘れてたから、あの時に投げ捨ててしまったんだろう。

「弁償かなぁ……」

無駄な出費は避けたかったのに。勿体ない。

とほほ、と溜め息を吐けば「君島さん?」「どうかしましたー?」と声がかけられる。
「あ、いえいえ」と返しはしたが、誰が何処にいるのやら。

「どれぐらい、落ちちゃったんでしょう…」

上を見てみるが、やっぱり真っ暗で入口の光なんて見えない。
洞窟から入って、入口の光が見える位置で動いてはいたが、地面に穴が空いて落ちてしまうなんて…

「そう距離は離れてないみたいですが、」
「えっ!見えるんですか!?」

潮江さんらしき低い声が応えたのに、思わず首を正面に戻す。まあ、潮江さんどの方向に立ってるのか見えないんだけど。

「君島さん見えないんですか?」
「全然見えませんよ…」

次に、恐らく加藤くんの不思議そうな声が聞こえたけど、脱力気味に言い返す。
その口ぶりから、ポケモンの3人には見えているんだろう。
ポケモン故なのか、忍者故なのかは判断つかないけどスゴイ。

「ですが、登って戻るのは…無理ですね」
「ですよねぇ」

冷静な潮江さんの声に苦笑いが浮かんでしまう。
見えないので、どのぐらいの高さなのか、崩落の具合も分からないが、
登るとしたら私がかなり足でまといだ。
潮江さんでも私より小柄だし、瓦礫を足場に降りてきてもらったけど、登るのはかなりの力が必要だろうし
スピード特化のストライクに、人間一人の重石を付けて登ってもらうのは無理難題。
かと言って、最終進化後ならまだしも、小柄なガーディとコリンクはもっと無理
というか、重石なしでもこの二人は登れないと思う。例え壁をよじ登るとか、瓦礫が足場になってたとしても無理だろう。

ってか、壁、あるのかな?
ゲームでよくあるみたいに、天井にぽっかり穴が空いて、大きな一つの部屋のような場所に落ちた?
この洞窟にそんな広い空間あったっけ?
あったとしても、キキョウ側からは入れないはずだけど…

「そもそも、なんで崩れたの…?」

疑問をポツリと呟けば、
シン、と全員が口を噤んだ。

「えっと…もしかして僕の電気が…?」
「いえ、違うと思いますよ」
「そうだな、伝七の雷が洞窟を崩落させる程の力だったと思えん。」
「そ、そうですか…」

おずおずと声を出した黒門くんだけど、
私と潮江さんが瞬時に否定すれば、ホッとしたのか残念だったのか複雑そうな声色で呟いた。
確かに電気の威力は凄かったが、この世界の理では電気は地面に吸収されてダメージは受けないもの。
洞窟に影響はない…はずだ。

まぁ実際、間近にいた私の視界や感覚が狂っただけで、大きな衝撃とか壁などの破壊音はなかったし
別の原因と考えて間違ってないと思う。

「何で崩れちゃったんでしょうねー?」

無邪気に疑問をあげた加藤くんの声。
私はひたひたと危険が迫ってくるように感じた。

元の場所に戻るまでどれぐらいかかる?
まさか強い野生ポケモンが生息する側に来てしまってないか?
レベルの高いポケモン相手に逃げきれるか?

いや、それどころか崩落の原因が強いポケモンのせいだとしたら…?

「君島さん!」
「え、うわっ!?」

考え込んでいた私を呼ぶ焦った声色。
反応しきれない体をグッと引き寄せられ、よろけた先で温かい何かに抱留められる。

「え?あの─?」
「何か近付いてきてます」

耳許で潮江さんの潜めた声がして、その言葉を理解し身を強ばらせた。

まさか、早速野生ポケモン?

やっと私の耳にも足音が届くのと同時に、チカリ、目を眩しさが刺激した。

「あれ、こんな所にストライク?…とトレーナー?」

さっきまでの真っ暗闇に比べると明るすぎるほど、ピカピカと輝くその子を連れて姿を表したのは少年…青年?高校生ぐらいの男の子だった。

「ほ、本物のピカチュウだ…」

けど、私はそっちより彼の隣で輝く発光体。あの有名なマスコットキャラクターに目を奪われて、ストライクにくっ付いたまま呆然と呟いたのだった。

「あ、あー……もしかしてお姉さん達、その崩れたとこから落ちた?」
「え、あ、はい。急に地面が崩れちゃって…」
「うわ、本当……?」

チラチラとピカチュウが気になって仕方ない私だが、
そのトレーナーは妙に歯切れ悪く頭を掻きながら近付いて来る。
それと併せて、彼に遅れながらもちょこちょこと小さな脚を使ってピカチュウも歩み寄って来る。長い耳がピコピコと動くのが大変愛らしい。

思わず頬が緩む私に不気味に思ったのだろうか、潮江さんが背中に回していた腕を解いて一歩遠ざかる。
その動きに目を向ければ、「危険は無さそうなので…」と告げられた。慌ててコクコクと頷き返す。

いえ、咎めてる訳じゃないんです。ただ単に動いたものに目を向けてしまっただけで!っていうか今更だけど抱き着いてばかりで済みませんっ

「巻き込んじゃってゴメン。その穴空いたの俺のせい」
「…ん?」

そんな中、ピカチュウのトレーナーさんは罰が悪そうに言った。
バッと顔を向ければ、表情は乏しいが真っ直ぐコチラを見つめる彼。

「バトルしてたらアチコチ崩れてきて。だからその穴も俺達のせいだと思う」
「…なっ!?」

目の前のトレーナーがポケモンバトルで暴れたせいで他にも穴が空いているというのか。
それならたまたま運が悪かったというより、他の場所にいたとしても崩落に巻き込まれていたかもしれない。
ふざけないで欲しい
崩れる瞬間、己の身の危険を感じたが、忍たまの子達も怪我どころか失ってしまうのではないかと恐怖した。
それなのに、そんなローテンションで謝られても納得いかない
私より年下とはいえ、彼はそれなりに場数を踏んでそうなトレーナーだ。にも関わらず周りに配慮なくバトルするなんて酷すぎる

フツフツと湧いてくる怒りに、スッと目を細め正面の彼を睨み付けた。

「許せません。悪いと思ってるなら、それなりの誠意を見せて下さい」
「えっ君島さん!?」

三匹が私の怒気に驚いたようだけど、
私は止まれない。
「誠意って?」
僅かに戸惑いそう聞き返すトレーナーを更に睨み付ける

「こっちは怖い目にあったんです。まだ小さな2匹にも怪我をさせたかもしれない…」
「そんな…僕達は平気ですから…!」
「それは、本当にゴメン。じゃあどうしたら許してくれるの?」

オロオロと私を見上げる彼等の声をスルーして、ビシリと指をさした。

「さっきから申し訳なさそうにしてるそこのピカチュウを触らせてくれたら許します!あと、ついでに出口まで案内して下さい!」
「ピカァッ!?」
「…それだけで良いなら、全然いいけど。俺も帰るつもりだったし」

だって口許に手を当てて耳を伏せてるピカチュウのなんと意地らしい事か。不安そうに主人と私を交互に見る様子とか可愛すぎるんだもの。
うちのポケモン三人組が息を吐いて「君島さん…」とガックリ安堵してるのには少し悪く思ったが、
今のでトレーナーが充分に反省してるのは見て取れた。
顔には出てないけど、ちゃんと悪く思っていて、こちらに謝罪をする意思があるのも分かったし
それなら怪我なく無事の私がこれ以上怒るわけにはいかない。

「ピカチュウちゃん、おいでおいでー」
「ぴ、ピカピ……」

しゃがんで手招きすれば、一度主人を見上げて恐る恐るこちらに近寄る。
私の指先にそっと触れたピカチュウの小さな頭を優しく撫でてみる。

わぁ、毛並みがサラサラ…
こうやって本物のピカチュウに触れる日が来るなんて…!

「チャア……」
「可愛い…っ」

少し照れたようにしながらも、気持ち良さげに目を閉じたピカチュウは天使である。
小さなお手手と指先で握手しながら存分に愛でていれば、いつの間にか隣に座っていたコリンクにジト目を向けられた。

「えーと…」
「君島さんってば、俺達がいるのに浮気者ぉー!」
「うわっ!?」

更にモフッと背中に飛び乗ってきたガーディ。
だから、そういう言葉は一体どこから覚えてきた!?

「なんか、ヤキモチ妬いてるみたいだよ?そっちの子達」
「ち、違います!!」
「ピカチュ……」

彼の言葉を全力で否定した黒門くん。
分かってますよ…呆れられてるのは

ちょっと凹みながらも、背中にグリグリ顔を押し付ける加藤くんを背負いながらも、困った表情のピカチュウを撫で続けた。
ああ、癒される

「君島さん、いい加減この場所から移動しないと危ないと思いますが…」
「はっ………!」

冷めた潮江さんの声に漸く手を止めた私だった








ピカチュウのトレーナーは、謝罪の条件として要求した通り、洞窟の出口まで付き添ってくれた。

やはり落ちた先は手強い野生ポケモンが多かったらしく、彼の手持ちポケモンであるニョロボンが水タイプの技で応戦してくれた。
相当強いニョロボンにうちの忍たま達は目を輝かせる。
そして私はフラッシュを使って洞窟内を明るくしてくれている、輝くピカチュウを抱っこしている。
最初は慣れない様子で身動ぎしていたピカチュウも、暫く経てば大人しく私の手に身を委ねている

時折現れるズバットやノコッチ等の低レベルポケモンは、黒門くんの電気技で積極的に倒して貰った。
これで黒門くんも電撃の扱いに慣れてきたようだ

「ここも穴が空いてますね…」
「うん……」

さっきから通る道の天井や壁や地面が崩れていたり抉れていたり、どういう闘いの仕方だったのだろう。
むしろ何と戦っていたの。魔王とか?

トレーナーは振り返らずに相槌だけ打った。もう許してはいるのだが、気不味いらしい

「これってニョロボンの技ですか?それとも相手の野生ポケモン?」

先頭を生き生きと進むニョロボンを見て聞いてみれば、トレーナーはやっと振り向いた。

「いや、バトルさせてたのはハガネール。相手がイワークだったから、俺のポケモン対抗心芽生えたみたいで…」
「は、ハガネールとイワーク……?」

思わず眉間に皺が寄った。
そんな大型かつ、岩やら地面やら被害のデカそうなポケモン同士を闘わせていたのか

私の表情で失言に気付いたのか、トレーナーはそっと目を逸らし「スミマセンでした…」と呟いた。

そりゃ、広範囲で被害が出る筈ですよ。

案内して貰ってる以上、怒る事は出来ないので
ひたすら気を紛らわせる為、ピカチュウを抱き締めてナデナデしまくった


明るく照らされた道を何度も曲がり、ズバットとノコッチばかり出現するようになって、
漸く日の光が差し込む出口に辿り着いた。

「うわ、眩しー…」

いくらピカチュウのフラッシュがあったって、薄暗い洞窟から日の当たる外へ出れば目が眩む。

「やぁっと外だー!」

解放感に満ちた声で加藤くんが伸びをした。

「それじゃあ、」
「はい。有難うございました。」

抱っこしていたピカチュウを手渡し、トレーナーに礼を言えば首を横に振られる。

「こちらこそ、巻き込んでゴメン、なさい…」

ぎこちなく謝る彼に笑いが零れてしまった
最初に怒ったのがそんなに怖かったのだろうか?

「もういいですよ。そんなに謝らなくて」

崩落にあった時はかなりの恐怖感だったが、
出口に向かうまでは強いトレーナーに同行してもらえて危険はなかったし、結果的に当初の目的だった黒門くんの電気技習得の修行は予定より良いとこまで果たせた。

「それに一緒にいれて楽しかったですし」

ピカチュウを見て微笑めば、ピカチュウも恥ずかしそうにしながら耳をパタパタ動かしてくれた。…可愛い。さすが王道アイドル。

「俺も楽しかった。また会えたら次はバトルしよう」
「ええ?手加減して下さいよ…?」

この短時間でも彼がかなりの凄腕トレーナーなのは分かった。
忍たま世界の凄腕さんとは違い、周りのポケモンにも恵まれている。いや、彼が育てたからこそ良いポケモン達に育っているのだ。

トレーナーはピカチュウをボールに収めた代わりに、違うモンスターボールからピジョットを出した。
その子に跨がれば、心得たとばかりにピジョットが大きな翼を羽ばたかす。

離れた所で見送り手を振れば、彼は「あ」と口を開いた

「お姉さん名前は?」
「君島一織です!」
「そう。俺はレッド!またね一織さん!」

名乗ってすぐにバサバサと数枚羽根を散らして、彼とそのポケモンは飛び去ってしまった。
わー…もう小さい点にしか見えないや。
シロガネ山に向かったのかな……

「君島さん?もう見えなくなっちゃいましたよ?」

黒門くんが声を掛けたのを拍子に、膝から崩れ落ちて地面に手を付いた。

「えっ!?君島さん!?」
「どうしました!?疲れましたか!?」
「もしかして怪我してたんですか!?」

慌てて駆け寄り顔を覗き込もうとする忍たま達だけど、それを気遣う余裕が今の私には無い。

「バトルとか、無理だろ…あのラスボス…!!」

確かに赤い帽子被ってたけど!
黒髪だったし!
ピカチュウ連れてたけど!

なんでこんな所にいんの!!?


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