黒門伝七の内心
僕、優秀な一年い組の黒門伝七は現在人間じゃない。

どういう事なのか気が付けば“ポケモン”という獣の姿になっていた。
周りは全く見知らぬ風景、見知らぬ生き物の中で僕は立っていた。
一年は組の団蔵がすぐ側に居てひとりぼっちではなかったけど、少しは心強くても不安はとても大きい。
訳が分からない。

何故か追いかけてくる人達から逃げて、逃げて、茂みに身を隠し縮こまっていた時に
小さな物音まで拾い上げるようになった耳が聞き付けたのは、最近忍術学園で事務員として雇われた君島さんの声だった。

本物だろうか、他の人みたいに僕らに害は加えないだろうか…
様々な憶測が頭を巡って足は動かない。
茂みの葉から覗き見れば、格好こそ違うものの確かに君島さんだ。

でも、その後ろに君島さんより少し小さいぐらいで人間とほぼ変わらない体長の…緑色の生き物。両手は鋭い鎌のような形状。
何だろうあの怖い生き物は。

しかし、僕が制止する前に団蔵は飛び出して行ってしまった。


結局、その怖いヤツは同じくポケモンになってしまった潮江せんぱいだったから良かったんだけど
団蔵はもう少し考えてから行動した方が良いと思う。


潮江せんぱい達と合流できて助かった。見た目は怖いけれど頼れる六年生の先輩だ。ポケモンになってしまっている所は不便な半面、同じ状態だから心細さが軽減される。

そして一番助かるのは君島さんがこの摩訶不思議な世界の事を知っていて、何も分からない僕らに様々な知識を教えてくれることだ。
食堂のお手伝いのお姉さんと同じで、異世界からの住人ということは忍たま内で周知の事実だったけど正直ピンときてなかった。

だけど今なら分かる。君島さんは僕達と全然違う生活を送ってきたこと

きっと僕達の世界より、こっちのポケモンがいる世界の方が君島さんの世界に近いんだと思う。
“ポケモン”は物語の存在だった、って言っていたけど…文化とか暮らしはこっちの方が合ってるんだろう。僕らのように戸惑った様子は見受けられない。


君島さんは僕達に対して過保護だ。
あの潮江せんぱいにまで身の安全だとか口にしだすのだから

こっちからすれば普通の人である君島さんの方が心配なんだけど、君島さんは気付かない。
それに、食堂のお姉さんは僕達の生活に合わせるのは大変だと言っていたし、家族にも友達にも会えなくなって淋しいとも言っていた。
君島さんは「君達に比べたら慣れているから平気だ」と言いかけた。
それは間違いだと思う。
潮江せんぱいも言った通り、家族や友達がいない世界に放り出される事に“慣れ”なんてない。
むしろ、それを2回も重ねるなんて心労が増えるだけだ。例え知っている世界であっても僕だったら堪えられない。

だって、潮江せんぱいと団蔵が一緒にいる僕ですら、一年い組の友達が恋しい。担任の先生が恋しい。同じ委員会の仲の良い先輩方が恋しい。家族だって恋しい。
会いたい。このまま離れ離れになってしまったらどうしようと後ろ向きな考えになってしまう。

君島さんは僕達に本心を話してくれていないんじゃないだろうか。
時々、口を噤んで何かを悩んでるようだし
誤魔化すように目を逸らしたり、話を逸らしたり。

団蔵は多分殆んど気付いてない。けど、潮江せんぱいは気付いている。
その潮江せんぱいの視線に気付いているはずなのに、君島さんはそれすら目を逸らす。

僕達は協力し合った方が良いのは分かってるだろう。
でも、君島さんは全部は話してくれない。

それなのに、
ここの世界で出逢った初対面の人達にはやけに友好的に接している気がする。


君島さんと挨拶以外で話すのは、この世界に来てからが初めてだったけど
少しだけ、君島さんの噂を聞いたことがある。

笑顔でお喋りしないこと、誰ともご飯を一緒に食べないこと、誰が相手でも苗字で呼び合うこと

忍術学園に来た初めの頃はご飯を食べるのもお茶を飲むのも躊躇っていたと、嘘か真か耳にした。


君島さんは道端で会った女の子や街で会ったお爺さんと楽しそうにお喋りするし、何かを貰って申し訳なさそうだけど受け取ったらちゃんと使用している。
初対面の人が作ったご飯も一緒に食べた。

下の名前で呼び合っていた。

名前を名乗って、みんなすぐに「一織さん、」とかって呼んでいた。


忍術学園の中で噂に聞いた君島さんじゃない。
その事が何だか…気になって仕方がない。
僕は別に君島さんに意地悪したい訳じゃないのに。
ううん。そんなんじゃなくて助けになりたいって思ってる


それなのに、そのはずなのに、


君島さんが団蔵の頭を撫でた時に、嫌な気持ちになってしまったのは何でだろう。

後になって考えてみたら、あれは団蔵の質問を無視するために誤魔化しただけだ。
でも、あの時、僕は「なんで団蔵の頭を撫でるの?」って疑問でいっぱいになっていた。



…別に君島さんの事は嫌いじゃないんだ。

だけど、…そう、
何か隠しごとがあるならやめて欲しい。いや、別に言いたくないなら内緒のままでも良いけれど… ってそれじゃ変わらないか。
ええっと、違う。そうじゃなくて…

ああ、駄目だ。結局なにが言いたいのか分からなくなった。



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