ランチの行方
「す、素敵なお家ですね…?」
「ははは、散らかっていて済まないね」

案内された家の中には本棚に入りきらないのか溢れ出た書籍や紙束が机の上に山盛りになり、本来なら広いスペースも何に使うのか分からない機械類で場所を埋められ歩ける所が限定されていた。
何かの研究職の方なのか…?

30番道路…ヨシノシティの上…研究…老紳士…
あ、何か思い出せそう…!金銀のゲーム序盤でそんなイベントあった気がする…!

「いやぁ、私は近所でポケモンじいさんと呼ばれる程ポケモンが好きでね。主にポケモンのタマゴなんかを調べているんだよ」

ポケモン化している忍たま3人が「へー」とか「ほー」とか「研究者なのか…」とか老紳士に聞こえない声で反応しているが、私は心の中でゲームの思い出と合致した事にちょっと衝撃を受けていた。

確かウツギ博士のお使いで何度か足を運ぶイベントだ。
オーキド博士とこの場で会ったり、タマゴを貰ったり……まさか、あの場所に私が足を踏み入れれるなんて…感慨深いなぁ

そういえば、ゲームの中で強引に話し掛けてくるイベントといえば、ボングリのおじさんも、ヨシノシティのお爺さんも思い返せばゲームに登場していた気がする。
という事は…ここはゲームをベースにした世界?主人公はやっぱりコトネちゃんなのかな…

「さあ、食事にしよう。奥に食卓があるから、そこに掛けてくれ」
「あ、私お運びします!」
「そうかい?助かるよ」

ポケモンじいさん…いや、やっぱり老紳士の方がしっくりくるな。老紳士の声でハッと思考の淵から戻った私は慌てて手伝いを申し出てキッチンへ付いていく。

「皆さ…みんなは座っててね。」

振り向いて三人に言えば、彼らは老紳士に指定された唯一本類が何も乗っていないテーブルに向かい、大人しく椅子に座る。

「じゃあ、これとこれを運んでくれるかい?」

美味しそうなシチューとサラダがお皿に盛り付けられていく。それをトレーに乗せて食卓まで配膳

…料理は出来ないが手伝いぐらいならできる。

忍術学園に迎えられた当初、学園長が「食堂の手伝いか事務の手伝いをお願いするかのぉ…」と言った瞬間に「事務の方でお願いします」と頭を下げたほど料理の経験がない私だ。

今考えれば真っ先に事務手伝いを申し出るなんて、間者と疑われなかっただろうか?
まあ、現在は手伝いじゃなく一事務員として働いているから、スパイだとかは思われてないはずだけど…

「おおぉぉ…!」
「美味しそう…!」

小さな二人が尻尾を振ってテーブルに並べられる料理に釘付けだ。

「さて、料理も準備オーケーだし食べようか」

全員が席に着いたところで老紳士がニコリと言った。

「いただきます」と私からは綺麗に揃った台詞が聞こえ、温かい昼食を食べ始める。
老紳士の手料理はポケモンセンターのご飯に負けず劣らず美味しかった



今頃、忍術学園で生徒が消息不明になり騒ぎになっているだろうか。
私が犯人だと疑われてないといいんだけど…






「ご馳走さまでした。とても美味しかったです」
「それは良かった」

優しげに目許の皺を深めたポケモンじいさん。
老紳士の手料理は本当に美味しく、私も年を重ねれば作れるようになるだろうか…と考えてみたけど、これだけ美味しく作るにはかなりの修行を積まないと無理そうだ。
…卵焼きしか作れないし。

「はぁ〜、お腹いっぱい!」

幸せそうな溜め息が聞こえ、目を向ければ…口回りがシチューにまみれたガーディ。

「っく…!」

俯いて笑いを堪える。
駄目だ君島一織、ここで笑うと加藤くんに失礼だ

「君島さん…笑っても良いんですよ」
「むしろ笑ってやってください」
「ぶは…っ!」

黒門くんと潮江さんの妙に穏やかな声に、たまらず吹き出してしまった。

「え?何?なんで笑われてんの?」

自分の顔の状態を知らないガーディがキョロキョロと忙しなく全員を見回しては首を傾げる様子に更に笑いが込み上げる。

「おやおや、ほらこのナプキン使うといいよ」

向かいの席から真白の紙ナプキンが私に差し出される。
そりゃそうか。ナプキンを使えるのは私ぐらいで、ポケモン3匹の手では掴めない。
お礼を言って受け取り、ナプキンを構える。

「え、えーと…加藤くん、動かないでね」

相手は加藤くん。忍たま相手に口許拭うなんて緊張するなぁ…嫌がられたりして…下手したらガブッと手を噛まれないかな…
ビジュアルも獣だから余計に怖い…

静かに待っているガーディの顔をそっと掴んで固定してナプキンで拭く。
…毛並みにシチューが…!ちょ、なかなか取れないな…!

「よし、綺麗に取れました…!」
「君島さん顔痛い…」

満足げにする私とは逆に、今度は加藤くんが俯いていた
…あれ、…ごめんなさい…?

「あ、お爺さん、片付け私やります」

空のお皿をまとめ始めた老紳士に、慌てて立ち上がって片付けを買って出る。
…加藤くん達から逃げた訳じゃない。決して。






「片付けまでしてもらって…有り難いよ」
「いえいえ、そんな!こちらこそご飯とても美味しかったです。ありがとうございました」

食器を洗ってキッチンから戻ってこれば、老紳士はニコニコとガーディとコリンクを撫でながら待っていた…。
…食べ物貰って懐いたのかな…
お二人共…知らない人に付いて行っちゃダメですよ…。後で言っておこう。

「今日は本当に楽しいランチになったよ。こんなに楽しかったのは久し振りだ。…そうだ!」

眉尻を下げて微笑んでいた老紳士は、不意に手を叩き声を上げた。

「一織ちゃん、ここに座って少し待っていてくれ」
「は、はい…」

言われた通り再び席に着けば、入れ換わりに老紳士が立ち上がってどこか奥の部屋へと姿を消す。

「君島さん、いつ名前を教えたんです?」
「え?ああ、お食事の用意をしてた時に名乗ったんです」
「…そうなんですか」

隣の椅子に座っていた黒門くんが訊いてきたので答えるが、黒門くんの反応は何だか微妙だ。
何でこんなこと訊いたんだろう?

もしかして、私が二人の心配をしてるのと同じく、私も無防備だとか心配されてるとか…?
いやいや、まさか。だって私立派な成人ですよ。子供に心配されるような大人じゃない…はず。ですよね!?あれ!?自分では危機管理能力あふれる疑り深い方だと思ってるんですけど…!

軽く自問自答を脳内で繰り広げていたら、老紳士が戻ってきた。

「やあやあ、お待たせ。一織ちゃんに渡そうと思ってね、これを捜していたんだ」
「コレって…」

私の勘違いじゃなければ、凄い物が目の前に差し出されている。


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