小説2 | ナノ



▼ 美味しい朝ごはん

「今日の朝飯なんでしょうねー?」
「何でしょうかねぇ…」
「君島さんは何食べたいですか?」
「朝ご飯は…雑炊が食べたくなりますね」

緩い会話を続けながら食堂に繋がる廊下を並んで歩く。
尾浜さんは真顔なのだが雰囲気が柔らかい為か、警戒心が薄れるというか…こちらも釣られて和らいでしまうというか。

「雑炊かぁ…俺はうどん食べたいなぁ…」
「っぐ!?…ごほっッ!」

噎せた。

「君島さん今なんでそんな反応したんですか?」
「ごほ、ごふっ…!」

歩みを止めず、尾浜さんから目を背けて気管を落ち着けようと試みるも、尾浜さんが顔を覗き込んでくる。
早足にしても追い掛けてくるし。

雰囲気に流されて気を緩めた私が悪いというのか。
だって、まさかのうどんネタ。尾浜さん本人からのうどんネタ。
噎せるな、って言う方が難しい。

「俺の髪見て咳き込みました?」
「………っ!」

分かってて言ってるよこの子!

「もう私、うどん一生食べません。ごめんなさい。」
「えぇっ!?そうなるんですか!?俺の方こそごめんなさい!」

両手で顔を覆って謝罪を更に重ねれば、逆に尾浜さんから謝り倒された。

「謝りますからうどんは食べてください!美味しいですようどん!」

尾浜さんはうどん広報大使でもやってるのだろうか。

「はー…」
「もう大丈夫ですか?」
「済みませんでした。」

少し荒れた息を吐いて、自分の顔を手で扇ぐ。
尾浜さんはニコニコ笑ってやがる。この人もううどん大使って呼ぼうかな。心の中で限定だけど。

「でも、真面目な話、今日のご飯何が出るかちょっと気になるんですよねー」
「はあ…、そうなんですか?」

真面目な話、と切り出した彼は言葉に沿って真顔で。
急にそう言い出した意図が掴めず生返事を溢せば、尾浜さんはパチリと真ん丸な目を見事に瞬かせた。

「あれ、もしかして知らないんですか?食堂のおばちゃん腰の調子が悪くて、今日は一日おばちゃん休みなんですよ」
「え。そうなんですか…知らなかった…」

食堂おばちゃんはいつも大変そうだったからなぁ。私にはとても真似できない超人レベルのお方だ。

「…って、事は…今日は別の人がご飯を作るって事ですよね。」

食堂のおばちゃんの代理と言えば…噂に聞く。黒焦げ…黒古毛般蔵先生だろうか。
もしゲテモノ料理だったら朝ごはん抜かそう。
食べ物を口にできるのは確かに有り難いことだけど、流石に腹に入れれば同じだなんて思考にはならない。

予想するだけで苦い顔になってしまった私を見て、尾浜さんが名を呼び想像を止めてくれた。

「君島さん君島さん、多分考えてる人違いますよ。今日の朝飯はなんと!あの人が作るんです!」
「あの人…とは…?」

黒古毛先生のゲテモノ料理じゃないのか。一安心。
でも、他に作る人いるのかな…先生方とか料理作れそうだけど…。忍者だから外で自炊とかするだろうし。
あれ、私以外はみんな基本的に料理作れるっぽいな。忍たま達も自炊できそうだし。
これで「各自で自炊して勝手に食べろ」とか言われたら、困るの私だけじゃん…

「サヤさんが朝飯担当する事になってるんです!」

…。



「サヤさん何作るんだろう…」
「うん。俺も思いました」

失礼かもしれないが、サヤさんに料理のイメージが無い。
二人揃ってぼんやり空を見上げてしまった。






「あれ、勘右衛門おはよう」
「おお?みんなまだ居たんだー?」

食堂に入った瞬間に尾浜さんに声をかけたのは不破さん。
尾浜さんが向かったテーブルにはお馴染みの五年生メンバーが座っていて、食後のお茶を啜っているようだった。
ただ一人、久々知さんだけはまだご飯を食べている。あの子ほんとマイペースだな…

「勘右衛門、今からご飯?」
「そうだよ!誰も起こしてくれなかったし!」
「え…うそ?ごめん?兵助、お前起こさなかったの!?」
「んむむぐ、もごもご…ふむぐ」
「食べながら喋んなよ!」

五年生朝から元気だな……。

「おはようございます」
「おはようございますサヤさん。本当に今日の食事作ってるんですね」

それはさておきカウンターに歩み寄れば、サヤさんが顔を出す。
サヤさんは見た目は穏やかな女の子だから、割烹着が凄く似合っていた。
…なんで怒った時は鬼神みたいなんだろう

「急な話だったんで私しか代理が見付からなかったそうですよ」

そう話しながらも手際良く用意し、ものの数十秒できっちりお膳に盛られた朝ごはん。
な、慣れている…!

「ですので、みんな同じく定食なんですが、勘弁して下さいね」
「いえいえいえ、充分すぎるぐらいですよ」

差し出された美味しそうな定食。
うん…、朝から定食とか豪華だな…
………豪華っていうか、…重いな。口には出さないけど。

「君島さん!俺を置いて一人ご飯を手に入れるとか何事!」
「いやいや、尾浜さんお友達と話してたじゃないですか」

お膳を受け取った瞬間後ろから態とらしいほど眉をつり上げた尾浜さんが異論を唱えてきた。心なしかプンプンという昭和の少女漫画みたいなオノマトペが見える。

「俺と君島さんの仲じゃないですか!置いてかないで!」
「どんな仲だ」
「一緒にうどんで盛り上がる仲!」
「ごめんなさい。」

お膳持ってなかったら顔を覆って泣きたい。尾浜意地悪すぎる辛い。

「え、君島さんが謝るとか、それこそ何事…?」

何故か鉢屋さんに驚いた顔を向けられた。何でだよ。私を何だと思ってんだ。

「と、言うか…その、尾浜さん、お友達まだ食べているみたいなんで…あっちのテーブルで食べるでしょう?」

五年生の面子からじっと視線を送られて気不味い。
視線から逃れるように尾浜さんへ目を送り、別々の食卓に着く事を促す。
だって、今食べ続けてるの久々知さんだけとは言え、私と一緒に食べる意味なくない?

「え?君島さんも一緒に食べるんですよね?」
「……え、そうなんですか?」
「そうですよ!?」

当然という表情で尾浜さんが言ってきたので目を丸くして聞き返してしまえば、何故か尾浜さんの方が目を大きく見開いて驚いていた。
尾浜さん元々目が丸いから見開くとぬいぐるみみたいだな。ジグザグマみたいだよ。

「どうでも良いですが、お二方早くご飯取って行ってくれません?」

いつの間にか尾浜さんの分まで綺麗に用意されたお膳を持って、サヤさんがカウンターの向こうからそれはもう綺麗な微笑みを浮かべていた。

「「ごめんなさい…!」」

定食を手に機敏な動きでテーブルに向かう。
尾浜さんの青い顔を見る限り、多分きっと私も同じような顔色になっているだろう。


「勘ちゃん、君島さんこっちこっち!」
「えーと、お邪魔します」

竹谷さんが苦笑混じりの笑顔で手招いていて、折角の誘いなので少し申し訳ないが同じテーブルに座らせて頂く事にする。

学園に帰ってきてから加藤くん達と一緒に食べる機会はあったけど、上級生と一緒に食べるのは初めてだなぁ…
うわぁ、慣れない人と食事を共にするって苦手なんだよなぁ…

「君島さん、この肉美味いっすよ!この肉!」
「八…肉好きだね…あ、君島さん今更ですけどおはようございます」
「それより君島さん、その小鉢の豆腐いらないなら俺に下さい」
「そんな事より、君島さん、さっき何で勘右衛門に謝ってたんですか?」

あ。五年生うるせぇ

「いやー、雑炊もうどんも外れましたね!君島さん!」

もう黙って食べる事に集中しよう。
気遣って受け答え考えてると、仕事に遅れそうだし。五年生は五年生同士で喋り出すだろうし。うん。

「君島さんが無視した!?14歳のいたいけな心が傷付いた…! 」
「え、勘ちゃんの心って傷出来るの?」
「まあ、いたいけではなさそうだよね」
「お前ら酷いよ!」

なんか五年生のコントが始まった。
キャラ薄いとか嘘だろ絶対。

「早く食べないと遅刻しますよ」
「君島さんが冷たい!!」

むしろ忠告したんだから優しいと思うんだけどなぁ。

「それにしても、このお肉…本当に美味しいですねぇ」

朝から肉は重いかと思いきや、甘辛なタレがかかった肉は弾力があるも口の中でホロホロほどけて全くしつこくない。
さっぱりしたこの肉は何の肉だろうか。

「でしょ!美味しいですよね!」

横に座る竹谷さんが身を乗り出して距離を詰めてきた。

「すみません、あんまり近付かないでくれませんか」
「えっ!なんでっ!?お、俺もしかして臭いのか…?」
「まあ、虫とか獣とか…けして良い匂いはしないだろうな」
「それイメージで言ってないか!?そんなん言ったらうちの委員長に言い付けるからな!」
「はい出たー。八左の委員長に言い付けるぞ〜。お前ほんと先輩にべったりだよな」
「そ、そんなんじゃねーし!」

竹谷さんと鉢屋さんの犬猫のじゃれあいのような言い争いが始まってしまったのでタイミングを逃したが、普通に食べ難かっただけで匂い関係ないんだけどな…。竹谷さん利き手側に座ってるから。
まあ、楽しそうに喧嘩してるから止めなくていいかなぁ…
あ、他の五年生誰も気にした様子ないわ。スルーでいいんだ。

「うーん…でも確かにこのお肉美味しかったですよね」
「ねー。美味い!何の肉だろ」
「何の肉なんですか、サヤさん」

…へ?何で久々知さんは私を見て訊いてくるんだ?

「ああ、このお肉はですね、良いお肉なんですよ」

背後から涼やかな声。
振り向いたらサヤさんがにこやかに立っていた。
忍者ではない筈のサヤさんが音もなく背後に立っていた。

怖いよ!軽くホラーだよ!止めてよ心臓止まるかと思ったよ!

「良いお肉…って、鶏肉ですか?それとも牛とか?」
「………とっても良いお肉ですよ。」

不破さんの問い掛けに、サヤさんは妙な間を空けてにっこりと微笑みを返した。
鉢屋さんと竹谷さんのBGMと化していた言い争いがピタリと止む。
尾浜さんの箸が視界の隅で止まった。

ばくばく鳴る心臓と噎せそうになる口許を押さえていたが、今ちょっと心臓止まったわ。

「そ、そうですか…」
「ええ。」

強張った表情の不破さんはそれ以上聞き返す事はなかった。
私でも怖くてそれ以上聞き返せないもん。

お、美味しいナー…何のお肉なんだろナー…?



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