小説2 | ナノ



▼ 最近の日常

「……お酒呑みてぇ…」

おはようございます。寝起きなので本音が漏れてごめんなさい
ポケモンの世界から無事に帰ってこれた君島一織と申します。あの旅が嘘のようにまたインドアな事務員やってます。

今朝も欠伸を噛み殺しながら事務服に着替える。
しかし…事務員も忍者みたいな格好しないといけないってのが…なぁ…。私が着たら完全コスプレじゃん…?

「きっみじまさーん!おはようございますっ起きてますかぁ?」
「………」

不意に着替え途中にスパーンと障子が開いて元気な声が飛び込んできた。
私は無言で帯を結び始める。脱いでる時じゃなくて良かった…

「バカタレぇっ!団蔵ぉ!あれほど勝手に開けるなって…!!」

その次には荒々しい大声が響く。
凄まじい形相の潮江さんが加藤くんの頭に拳骨を落とす。やっぱ人間の潮江文次郎、顔…超こえぇ…

「すっ、すみません君島さん…!ぎゃっ!?お着替え中でしたか…!」

帯を未だ慣れない手付きで締めていれば、こちらを向いた潮江さんが慌てて顔を逸らす。
今…「ぎゃっ!」って悲鳴上げなかった…?なんか失礼じゃない…?

色々と文句は飲み込んで、二人に顔を向ける。

「障子、閉めてくださいよ…」

言い終わる前にズパーンとけたたましく障子が閉じた。
…壊れたらどうすんの。私は障子直す技術持ってないのに


溜め息を吐き出すだけに留め、頭にあの布を被る
そう、ここからが試練だってのに朝から私のやる気を無くす事をしないでほしい。

この、頭巾を結ぶ手順が未だに覚えられない!

忍者の覆面にもなるらしいが、この大きな布一枚でどうすればそんな物に変身するのだろうか。
忍たまやくのたま達のポニーテール(髷?)だけ飛び出てる構造も私的には理解不能だというのに。

原作で覆面の巻き方とかやってた気がするけど、さっぱり覚えてない。そもそも一生巻く機会無いと思ってたから覚えようともしなかった。流し読みですよ

「で、できた…?」

無駄に数分格闘して、鏡に映る不恰好な頭に達成感だけ感じる。
今の私にはこれが精一杯なんだ。諦めも肝心だよ


さて、今日も身支度に時間がかかってしまった。早く行動しないと朝の5分って普段のそれと全然別物だからなぁ

「あ、君島さん」
「え?わ!び、びっくりした…」

障子を開けて部屋を出ようとすれば、廊下に加藤くんと潮江さんが座り込んでいた。
私の部屋の正面で正座である。怖い。

「君島さん!大変失礼を致しました…!!」

──ガツンッ

「は、はい!?」

潮江さんが頭を下げる。加藤くんの頭も掴んで二人で頭を下げる。床に頭がぶつかったのか痛そうな音がした。
いったい何の真似なんだ。通れないから早く立ち上がってくれ

「君島さんは20をとうに過ぎた歳ですが嫁入り前の女性。それなのに着替え中に部屋に入るなんて不躾なことを…!」

何か喧嘩売られてんのか、謝罪されてんのか分かんないなぁ

「いえ、早く準備してなかった私もタイミングが悪かったというか…加藤くんが朝一で私の部屋に突撃してくるのもお馴染みのことなので…なんかもう…大丈夫です」
「ですよね!」
「団蔵は黙ってろ!」

加藤くんが一度顔上げたのに潮江さんがまた押さえ付けて、頭を下げさせる。今度は床にぶつからなかったみたいだ…そうだよ加藤くんの脳細胞死滅したら余計大変だよ?

そんな心配をしていたのに加藤くんときたら、頭を下げたまま「でもー」と言葉を続ける

「俺が起こしに来なかったら、君島さんずーっと寝てるじゃないですか!」
「えっ」
「それは休みの時だけです!」

潮江さんが驚いた表情で顔を上げる。
あ、ちょ、「休みの日はずっと……?」とか呟かなくていいから。昼前には起きるんだからね。休日だって掃除とか身の回りの事はしてるんだって。それに普段はちゃんと早起きしてるんですよ!?

「〜っ、君達……いつまで人の部屋の前で座り込む気なんですか。早く朝ごはん食べに行きなさい!」
「あっ、そうだった!」
「え、あ、はい。その…失礼します」

食堂の方を指差し言えば、やっと二人は立ち上がり加藤くんは手を振りながら、潮江さんはチラチラと振り返りながらも走り去っていく。
二人の背中が消えた頃、深く溜め息を吐き出した。
なんだこの敗北感。朝から辛い。






「あれ、君島さんだ。おはよーございまーす」
「おはようございます」

井戸で顔を洗って多少気分もさっぱりした時、後ろから間延びした挨拶がかかった。
振り向けば、大きな目を半分閉じて眠そうにする尾浜さん。

彼が井戸を使えるようにその場から横にズレて退いたのだが、尾浜さんの視線はまだ私に向いていた。
何?もしかして顔綺麗に洗えてない?

「あの…?どうかしました?」
「んー…君島さんって朝早そうだったから、こんな時間に井戸に居るんだなぁ…って思って。」

ぐさり。

潮江さんにまるでダメ人間だとでも言われんばかりのリアクションされた直後だからか、言葉が突き刺さる音が聞こえた気が……

「そ、そんなに遅いんですか…?この時間って…」

今まで吉野先生に注意された事もなかったし、普通に事務を始める時間に間に合ってたみたいだから大丈夫だと思ってたけど…
もう少し早く起きるべきなの…?
でもこれ以上早く起床するとなると、室町の人達早起きすぎない…?

「あ、いえ、俺達は朝の鍛練とか早朝授業もざらなんで。一般の人の中では君島さんが普通ですよ」

悶々と俯き加減で悩み込んでいれば、尾浜さんが手をパタパタ振り否定してくれたので、一先ず安心。

「俺なんて、昨日お使いが長引いて朝の鍛練免除されたは良いけど、誰も起こしに来てれなくて今さっき起きたんですよー」

あはは、と笑って後ろ頭を掻く尾浜さんは確かに…慌てて着替えたのか五年の制服である群青色の忍装束がよれている。

「同室の兵助も起こしてくれなかったんです。酷くないですか?」
「まあ、久々知さんもわざとじゃないと思いますよ?忘れてたとか…朝ごはんの事で頭いっぱいだったとか…」
「有り得る…!」

唇を尖らせ不貞腐れた態度の尾浜さんがあまりにも親しみが湧く普通の男の子だったから、思わず私も話に応じて表情が笑ってしまう。
…って、いかんいかん。のんびりお喋りしてる場合じゃない。私も早く食堂行かなきゃ

「それじゃ、私は先に…」
「…」

─ガシリ

軽く会釈して身を翻そうとした…ら、

「……………。尾浜さん……?」

何故か無言で服の袖をつままれた。

「朝ごはん一緒に食べましょう!俺一人で食べるの寂しいじゃないですか!」
「は!?ちょ、……え?」

いや、五年生の友人達に置いていかれて一人で食事は寂しいだろうけどさ。
だからって…会話したの今さっきが初めてだろう私を誘うか?

「一緒に食べたら美味しいですよ!ね!」

あ。駄目だ。尾浜さんの笑顔が加藤くんと似た系統だ。これは断っても無駄そうなタイプだわ。




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