こんな土砂降りじゃ、客なんて来ないだろうなぁ…
一人っきりの店内でカウンターから窓に打ち付ける雨を眺める。
店長には言えないけど、こんな暇な日が私にとっては嬉しかったりする。ビバ梅雨!
巨大な猫が喉を鳴らしてるようにゴロゴロと雷音がした。雨も雷も大好きだ。
鞄の中から文庫本を出しカウンターの中に座って本を読む。こんな暇な日しか出来ない所業である。
ページを捲りながらも窓の外をチラリと伺えば、人が立っていた。
先程まで居なかったのに、店の前の通りで雨に打たれたまま佇んでいる。
うちの店以外は飲み屋が並ぶこの通り、午前中の今は他の店は閉まっているはず。こんな通りでただ立っているとは何事か。
変人かと眉を顰めるが、よく見ると髪が長いし身長も私より小さい。…女性?
パタリと本を閉じて店の出入口に近付きドアを開けた。
「ねぇ、大丈夫?うちで雨宿りする?」
振り返ったその子はやはり妙。
作業服なのかニッカポッカみたいなズボン着てる。鳶職の人?
「あ、の……」
弱々しく開かれた唇は紫色で、体もよく見たら震えている。
変な子だけど可哀想。 しかも顔が良いから余計に庇護欲にかられる
「ちょっと、本当に大丈夫?ほら、うちの店に入って!タオル貸すから!」
小走りで駆け寄り腕を掴む。
手を引いて店に戻れば、大人しく付いてくる
その子を椅子に座らせて、バッグを漁ってタオルを出す。取り敢えず頭に被せてやるが、もっと大きなバスタオルないだろうか。
店の奥に入って小さな休憩室を見渡す。お、あったあった。店長タオルかりまーす
「はい。これで拭いて。今あったかい飲み物淹れてくるからね」
「あ…はい」
ぼんやりと椅子に座ったその子はバスタオルを渡しても体を拭く事はせず、先に渡したタオルも頭にかけたままだ。反応も薄い。心配になるなぁ…
兎に角あの子の体を温めてあげないと。もうすぐ夏だけど、この時期は肌寒い。濡れたままでは体温はなかなか戻らないだろう。
休憩室に併設されてる簡易キッチン。冷蔵庫にも飲み物やおやつぐらいなら入っている。
私はコーヒーで良いとして、あの子にはココアが良いだろうか。
牛乳をレンジで温めながら、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。
程なくして良い香りが漂う。
「はい。ココアね。熱めだから気を付けて」
「…あ、ありがとうございます…。」
目の前にマグカップを置けば、跳ね返るように顔を上げた。
でも瞳は揺れていて、結局お礼を言ったきり俯いてしまった。
どうしたもんか。
コーヒーに口を付けながら座る女の子を眺める。あどけない顔立ちから、中学生ぐらいの子だと思うんだけど。この辺りじゃ見たことないな。
「…迷子?」
「いえ、その……そうかもしれません」
俯いたまま、己の服をぎゅっと握り締める。声色は暗い。
「今バイト中だけど、終わったら車で送ろうか?お家どこら辺?」
善意で訊いただけなのに、大袈裟に肩が揺れた。
……訳あり?
「あの、僕…僕は…死んで、しまったんだと思います…。」
苦し気にやっと告げられた台詞に首を傾げる。
「…生きてるよ?」
「っ、でも!僕…!」
「生きてる者と死んでる者の区別ぐらい、見習いの私にも分かるよ。君は生きてる。」
持っていたマグカップを置いて、その子の頭に手を乗せる。タオル越しにある体温は冷えていても生きてる人間のそれだ。
ついでにタオルで明るい茶色の髪を拭いてやる。
「何かお困りなら私に言ってごらん?大丈夫。きっと解決する」
此処はそういうお店だしね。
「あの…」
「うん?」
怖ず怖ずといった様子で顔を上げる。でも瞳はしっかりとこちらを見ていた。
「僕、いつの間にかそこに立っていたんです。その前までは、ドクタケとタソガレドキの戦場にいたんですけど…砲撃に巻き込まれて…」
途中で考える素振りを見せながらゆっくり話していく。肩が小さく震えている。
ああ、寒いから震えていたわけじゃないのか。
「僕は…帰れるんでしょうか?」
どうしよう。口許が緩んでいく。
「神隠しに逢うなんて珍しいね。あれはもう絶滅危惧種なのに」
「かみ…かくし…?」
ポカンと反芻するのに頷いて、よしよしと頭を撫でてから手を離す。
「話を聞くに、君はここじゃない何処かから神隠しに拐われたっぽい。でも大丈夫。帰れるよ」
「ほ、本当ですかっ!?」
弱々しかった声を急に張り上げ、私の袖口を掴まれる。
「うん本当!店長が戻ってきたら相談してみよう。」
「店長…?そういえば此処…お店なんですよね…?何のお店なんですか…?」
女の子はキョロキョロと首を巡らせ店内を見渡す。
どうやら神隠しに出逢う前の場所には、うちみたいな店は無かったようだ。
それじゃあ、店内の棚に並ぶ色とりどりの水晶に似た玉は見知らぬ物なんだろうな。
「うちは魔法屋だよ。私は見習いだけど、店長は立派な魔法使いだよ」
「まほう…つかい…」
ふむ…魔法使いも聞き慣れないみたいだね。
「うーん…説明難しいな。まあ、取り敢えずココア飲みな。落ち着くよ」
「あ、はい…」
マグを両手に持ち口をつける。一口飲んで目をぱちぱち瞬かせている。
あり?ココアも初体験かな?
「そうだ、お名前は?私は久高椛」
「あ。僕は田村三木ヱ門です。」
「三木ヱ門ちゃん…?随分男らしい名前だねぇ…」
三木ヱ門ちゃんはまた一口飲む前に動きを止めた。
「…僕、男です……」
「えっ!」
パッと目を向けるが、三木ヱ門…くんは、視線を合わさずに微妙な表情をしている。
「ごめんね。可愛いから女の子かと…」
「いえ…いいんです。僕はアイドルですから…」
アイドルなの?
でもやっぱり声が沈んだのでこれ以上この話は続けないでおこう。
いやぁ…暇な日だと思ったのに、とんだものが降ってきたなぁ。
「くしゅん…っ!」
店内に可愛らしいくしゃみが響いた。
一人っきりの店内でカウンターから窓に打ち付ける雨を眺める。
店長には言えないけど、こんな暇な日が私にとっては嬉しかったりする。ビバ梅雨!
巨大な猫が喉を鳴らしてるようにゴロゴロと雷音がした。雨も雷も大好きだ。
鞄の中から文庫本を出しカウンターの中に座って本を読む。こんな暇な日しか出来ない所業である。
ページを捲りながらも窓の外をチラリと伺えば、人が立っていた。
先程まで居なかったのに、店の前の通りで雨に打たれたまま佇んでいる。
うちの店以外は飲み屋が並ぶこの通り、午前中の今は他の店は閉まっているはず。こんな通りでただ立っているとは何事か。
変人かと眉を顰めるが、よく見ると髪が長いし身長も私より小さい。…女性?
パタリと本を閉じて店の出入口に近付きドアを開けた。
「ねぇ、大丈夫?うちで雨宿りする?」
振り返ったその子はやはり妙。
作業服なのかニッカポッカみたいなズボン着てる。鳶職の人?
「あ、の……」
弱々しく開かれた唇は紫色で、体もよく見たら震えている。
変な子だけど可哀想。 しかも顔が良いから余計に庇護欲にかられる
「ちょっと、本当に大丈夫?ほら、うちの店に入って!タオル貸すから!」
小走りで駆け寄り腕を掴む。
手を引いて店に戻れば、大人しく付いてくる
その子を椅子に座らせて、バッグを漁ってタオルを出す。取り敢えず頭に被せてやるが、もっと大きなバスタオルないだろうか。
店の奥に入って小さな休憩室を見渡す。お、あったあった。店長タオルかりまーす
「はい。これで拭いて。今あったかい飲み物淹れてくるからね」
「あ…はい」
ぼんやりと椅子に座ったその子はバスタオルを渡しても体を拭く事はせず、先に渡したタオルも頭にかけたままだ。反応も薄い。心配になるなぁ…
兎に角あの子の体を温めてあげないと。もうすぐ夏だけど、この時期は肌寒い。濡れたままでは体温はなかなか戻らないだろう。
休憩室に併設されてる簡易キッチン。冷蔵庫にも飲み物やおやつぐらいなら入っている。
私はコーヒーで良いとして、あの子にはココアが良いだろうか。
牛乳をレンジで温めながら、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。
程なくして良い香りが漂う。
「はい。ココアね。熱めだから気を付けて」
「…あ、ありがとうございます…。」
目の前にマグカップを置けば、跳ね返るように顔を上げた。
でも瞳は揺れていて、結局お礼を言ったきり俯いてしまった。
どうしたもんか。
コーヒーに口を付けながら座る女の子を眺める。あどけない顔立ちから、中学生ぐらいの子だと思うんだけど。この辺りじゃ見たことないな。
「…迷子?」
「いえ、その……そうかもしれません」
俯いたまま、己の服をぎゅっと握り締める。声色は暗い。
「今バイト中だけど、終わったら車で送ろうか?お家どこら辺?」
善意で訊いただけなのに、大袈裟に肩が揺れた。
……訳あり?
「あの、僕…僕は…死んで、しまったんだと思います…。」
苦し気にやっと告げられた台詞に首を傾げる。
「…生きてるよ?」
「っ、でも!僕…!」
「生きてる者と死んでる者の区別ぐらい、見習いの私にも分かるよ。君は生きてる。」
持っていたマグカップを置いて、その子の頭に手を乗せる。タオル越しにある体温は冷えていても生きてる人間のそれだ。
ついでにタオルで明るい茶色の髪を拭いてやる。
「何かお困りなら私に言ってごらん?大丈夫。きっと解決する」
此処はそういうお店だしね。
「あの…」
「うん?」
怖ず怖ずといった様子で顔を上げる。でも瞳はしっかりとこちらを見ていた。
「僕、いつの間にかそこに立っていたんです。その前までは、ドクタケとタソガレドキの戦場にいたんですけど…砲撃に巻き込まれて…」
途中で考える素振りを見せながらゆっくり話していく。肩が小さく震えている。
ああ、寒いから震えていたわけじゃないのか。
「僕は…帰れるんでしょうか?」
どうしよう。口許が緩んでいく。
「神隠しに逢うなんて珍しいね。あれはもう絶滅危惧種なのに」
「かみ…かくし…?」
ポカンと反芻するのに頷いて、よしよしと頭を撫でてから手を離す。
「話を聞くに、君はここじゃない何処かから神隠しに拐われたっぽい。でも大丈夫。帰れるよ」
「ほ、本当ですかっ!?」
弱々しかった声を急に張り上げ、私の袖口を掴まれる。
「うん本当!店長が戻ってきたら相談してみよう。」
「店長…?そういえば此処…お店なんですよね…?何のお店なんですか…?」
女の子はキョロキョロと首を巡らせ店内を見渡す。
どうやら神隠しに出逢う前の場所には、うちみたいな店は無かったようだ。
それじゃあ、店内の棚に並ぶ色とりどりの水晶に似た玉は見知らぬ物なんだろうな。
「うちは魔法屋だよ。私は見習いだけど、店長は立派な魔法使いだよ」
「まほう…つかい…」
ふむ…魔法使いも聞き慣れないみたいだね。
「うーん…説明難しいな。まあ、取り敢えずココア飲みな。落ち着くよ」
「あ、はい…」
マグを両手に持ち口をつける。一口飲んで目をぱちぱち瞬かせている。
あり?ココアも初体験かな?
「そうだ、お名前は?私は久高椛」
「あ。僕は田村三木ヱ門です。」
「三木ヱ門ちゃん…?随分男らしい名前だねぇ…」
三木ヱ門ちゃんはまた一口飲む前に動きを止めた。
「…僕、男です……」
「えっ!」
パッと目を向けるが、三木ヱ門…くんは、視線を合わさずに微妙な表情をしている。
「ごめんね。可愛いから女の子かと…」
「いえ…いいんです。僕はアイドルですから…」
アイドルなの?
でもやっぱり声が沈んだのでこれ以上この話は続けないでおこう。
いやぁ…暇な日だと思ったのに、とんだものが降ってきたなぁ。
「くしゅん…っ!」
店内に可愛らしいくしゃみが響いた。