小説 | ナノ

すんすんと鼻を鳴らす音が繰り返される。
足がそろそろ座り疲れてきた。
もう戻って良いだろうか。やっぱり私には何の役にも立てないと思うのだが…

しかし無言で立ち去るのは気が引けるし、かといって「やる事ないので帰ります」なんて口にするのはKYすぎる。
ここは…

「立花さん、何か欲しい物ありますか?お茶とか淹れてきます?」

努めて静かで柔らかい声音を使い、こんもりと膨らんでいる布団の塊に問い掛ける。
ここが現代だったら、落ち込む子にはホットココアを渡してそっとしておくんだけどなぁ…
室町時代ではどうすれば良いのかさっぱりだ。

暫く待っても返事が無いので、これはやはり一人にしておいて欲しいんだと思い静かに立ち上がる。

「椛さん…」
「あ…はい。」

小さく小さく名前を呼ばれ、返事をする。
何か欲しい物があったのだろうか。

「椛さん」
「はい?」

くぐもった声ながらも私の名前を確かに呼んでいる。
再度応えたが、その続きの言葉がない。

「…椛さん、が欲しいです」
「…はあ」

ああ、そういう意味か。名を呼んでる訳じゃなく先の問い掛けへの答えだったらしい。
生返事をしながらも布団の塊に近寄る

「立花さん、」

すぐ傍に膝を付き、布団にポンポンと手をあてる。
すると布団がモゾモゾ動き、中から鼻先と目許を真っ赤にした立花さんが出てくる。普段のさらさらツヤツヤの髪はどこへいったのかグチャグチャにほつれてらっしゃる。

「う…椛さん…」
「よしよし」

顔をくしゃりと歪め、今度こそ私を呼ぶ為に名前を口にしたらしい。
こちらに伸ばそうか迷っていた手を片方握って捕らえ、右手で髪をゆっくり梳いてみる。
うーん…これは斉藤さんに頼んだ方が良さそうだ。

絡まった髪を申し訳程度に手櫛で整えていたら、立花さんは私に頭を預けてきた。
ポスリと肩に顔を埋める彼の背中に手を回し一定のリズムで優しく叩く。

「椛さんが…優しい…」

吐息を漏らすように呟いた台詞は一体どういう意味なのか。
私が普段優しくないみたいだよ。
でも訊かずに呑み込んだ。

「もう…しんべヱと喜三太と一緒の忍務は嫌です…」

ポツリと零したのは立花さんがボロボロになっている原因の事である。
でも私には助ける事が出来ない。だって私はただの事務員だし

「……頑張れ」
「やっぱり優しくない…」

ぎゅっと袂を握られ言われてしまった。だって応援するぐらいしか出来ませんって。

潮江さんに「仙蔵を頼む」とか言われたけど具体的にどうすれば良いか分からない。
もう布団から出てきたし、これで充分なのかなぁ。
優しく、って何すれば良いのか…はてさて。

「立花さん、顔あげて」

両手を彼の頬に滑らせ仰向けさせる。
濡れた瞼と薄い唇に口付けを落とす

「っ……!」

途端に赤い箇所が顔全体に範囲を広げ、勢いよく私の肩口に顔をリターンした立花さん。

「な、ななな…!」

プルプル震えている。
これなら優しくしてる行動に当たると思ったんだけど
キスは失敗だったか…

恋人らしく、とは難しいものだなぁ…






「久高さん仙蔵を頼みます。たまには恋人らしく優しく慰めてやって下さい。」

潮江さんの台詞を反芻したけど、やっぱり私には無理なんじゃないかと心の中で呟いた。


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