小説 | ナノ

そういえば私、いつから此処にいるんだっけ。

巻物状になった書簡達を抱えては本棚を整理するという作業を機械的に繰り返しながら、ふと頭に過る。

この世界にカレンダーなんて無いし、元々日付なんて大雑把にしか気にしてなかったのですっかり分からない。
いや、こっちで何とか自立出来るようにと必死で仕事やら何やかんやに集中してたんだから日にち感覚が麻痺したって仕方無いんじゃないか…と自分をフォローして頷く。

「椛さん、ちょっと宜しいですか?」
「あ?は、はい!」

と、上の空だったのがいけない。
気づかぬ間に背後に人が立っていたらしく、声をかけられた。私にとって急だったそれは気の抜けた返事をしてしまう要因になって、慌てて取り繕いピシッと対応しても振り返った先には少し目を見張った表情。
あー…失敗した!よりにもよって超偉い人に「あ?」は無いよ!

「ジャーファル様、御用でしょうか?」

こうなりゃ愛想笑いですよ。若干羞恥と苦笑混じりの笑顔で流し、要件を伺う。

「あ、えっと…確か椛さんは午後は時間空いてます、よね?」
「はい。今日はこの作業で終わりです」

あのジャーファルさんでも口を開くのに戸惑いがあった。いつもシンドバット王に振り回され気味のジャーファルさんでさえ…
あああ仕事中は無駄な事考えないようにしよう、そうしよう。
心の中で猛省しつつも口角を上げて応じる。営業スマイルとは身に染みれば世界が違う地でも出てしまう、恐ろしいスキルだ。

「少しお願いがありまして…」
「お願い?何でしょうか?」

言い難そうに眉を下げ窺う表情、という珍しいジャーファルさんに疑問符が頭の周りに浮かぶ。
だって、お国のお偉いさんが下っぱで雑用の私にお願い。何を言われるのか不安になるが、そんな時でも可愛らしい態度のジャーファルさんにキュンときた私ってやっぱ頭が余計な事考えてしまう質なんだろう。

「午後の人手が足りなくて…私の所も少し手伝ってくれませんか?」
「………、え!ジャーファル様の所って!政務官の仕事を!?」
「はい、駄目ですかね?」

いやいや駄目じゃないの!?逆に訊きたい。国の中枢の仕事は私なんかが触れたりしちゃあかんよね!完全にあかん奴よね!
無理です、無理。首傾げて困った表情っつー強いコンボ使ってきてるけど、これはキチンと断りゃいかん。

「ジャーファル様、私ごときが手伝うなんて滅相もない。本来立ち入る事すら禁じられてるはずです」
「ええ?禁じられてるなんて、そんな…!そんな決まりもありませんし、本当に書類の整理や仕分けなんかをして頂ければ助かるんです。もしかして予定が入って…?」
「いえいえ!予定は無いのですが、でも、重要なお仕事でしょう?私が失敗してしまったら、皆様に迷惑が…」
「大丈夫ですよ。椛さんの働きぶりは私の所にも話に聞いていますから貴女なら問題ないでしょう。勿論、最終チェックもあるのでミスとかは気にしなくて良いんですよ。」
「あ、えと、そうなんですか…?私でも大丈夫なら…」
「はい。…折角の時間を潰してしまうので申し訳無いのですが、…その、私を助けると思って…来て頂けませんか?」
「そんなっ、私はいつも大した用も無いので!私でもお役に立てるんでしたら是非!」

あれ、どうしてこうなった。
押しに弱い日本人、ハッキリ断れない日本人、まさしく私。遠回しに断ろうとすればする程、ジャーファルさんの話術にはまっていく気がする。恐るべし。

「ありがとうございます!では、また後で」

笑顔でお礼を言われ、別に嫌な訳じゃないんだから手伝ったって問題ねーっしょ!と内心で開き直る。…可愛い人には弱いんだから仕方無い。仕方無いよね。





「…はぁー、」

大きく息を吐き出す。ドッドッと妙な音を立てる心臓を服の上から抑え、仕事場へと足を進める。
正直、戻ればシンに無駄に笑顔で成果を訊かれそうで気が進まないが仕事がある以上戻らない訳にもいかない。それに心音が常時より早く鳴り響き落ち着かない。足を止めるのが憚れるのだ。

それにしても人手が足りないのは事実だが、それを口実に彼女と近付きたいなんて職権濫用も良いとこだ。自分でも呆れる。そしてこんな機会が無ければ彼女と話さえ出来ない事にも呆れる。
そうだ、私は欲望に負けたのだ。


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テーマ「人外ファンタジー」
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