小説 | ナノ

「ふふ、っく…くくく」

どうしよう、笑いが止まらない。人気のない場所に辿り着いた瞬間、体の奥底から言い様のない愉悦が這い上がってきた。

自分の心の臓に胸の上から触れるが、耳まで届く早鐘だ。掌に伝わる鼓動の大きさはやはり思った通りのもの

感情の機微を利用するのは私の十八番。
それ故に、一番身近である己の感情は常に把握するように努めている。
その私が、自分の思考では制御できない感情に初めて出会ったのだ。

彼女の表情、仕草のひとつひとつに胸が高鳴り、指先が熱くなる。そっと触れて、閉じ込めてしまいたいと頭に過ぎる。

そう急激に変化する自身の異変が、
面白くて仕方が無い。

「あの女、やっぱり最高ぉ……」

どうやったら、あの玩具を私の物にできるだろう?

「楽しみだなぁ…」

見事に弧を描いている唇をなぞり、やっと落ち着いてきた心臓をもう1度押さえ、やっとくのたま長屋へ歩き出す。
さーて、明日から忙しくなるぞー




*****


「おい、知ってるか?天女様は最近、くのたまの1人と仲良しなんだって」
「くのたま?今まで喋ってるとこ見た事なかったのになー」

食堂で忍たま二年の三郎次と左近がご飯を頬張りながら話していると、その向かいにくのたま下級生であるユキとトモミが座った。

「本当よ…。椛先輩が天女様に付きっきりで…」
「椛先輩が取られちゃったのよ!」
「と、取られちゃったって…」

同い歳のくのたまのどんよりした雰囲気に左近が苦笑いを浮かべる。

「だって、今まで実習や悪戯で忙しくても、私達後輩には必ず時間を作って色々教えてくれてた先輩よ?」
「それなのに、最近は空いてる時間を全部天女様のお世話に使っちゃって…全然話せてないの!」

ユキとトモミがわっと顔を覆う。

「え、ええ…?」

二人の落ち込みように左近は手を止め三郎次に困った視線を向ける。
三郎次も口端を引き攣らせ、何とか話題を変えるべく頭を巡らせた

「でも、椛先輩は急にどうしたんだろうな?今まで天女様と関わりがあるようには見えなかったけど」
「そうなの!謎なのよねぇ」

バッと顔を上げたトモミ。腕を組んで難しげに首を傾げる
その隣でユキは手を合わせた後にご飯を食べ始めて、同様に考え込んだ表情を浮かべた。

「楽しい事が好きな先輩だし、天女様の未来の話が気になるのかしら?」
「まぁねぇ、私からしたら突飛な話すぎて理解できないけど、椛先輩ああいう話好きなのかも」
「ふうん。俺達はあの先輩よく知らないからなぁ」
「素敵な先輩よ!落ち込んでたらすぐに気付いてくれるし」
「わかるー!椛先輩って悩み事相談しやすいわよね。欲しい言葉をかけてくれるの!」
「へぇ。なるほど、確かにそれは良い先輩」

すっかり明るくご飯を食べる4人。
その後ろの食卓でご飯を食べ終わった木下はお茶を流し込んで苦い顔をした
そして溜息ひとつ。



椛が甲斐甲斐しく天女の世話を始めた事は忍術学園の中で広まりつつある事実だ。
授業なんかが終わって空いてる時間で、学園の雑用なんかを請け負う天女の仕事を手伝い、それが終われば一緒にお茶を飲み、休日は二人で街へ出掛ける。
身の回りの物が少ない天女に、自分の使っていた着物や髪飾りなんかまで譲り、髪を梳かし結んでやっている。

街へ行った帰りに山賊に襲われた時には、天女に指1本触れさせないまま山賊達を倒しただとか噂もある。

僅か数日経てば、天女の方も一番に椛を頼るようになった。

今までであれば、椛が天女の不可思議な力に魅せられ傾倒してしまったのかと怪しむところだが、
よく見ていれば分かる。逆だ。

今まで忍たま達を中心に分け隔てなく誰にでも明るく接していた天女が、段々と椛に依存してきている


「あ、良かった!まだ海老フライ定食あるみたいだよ椛!」

膳を片付けようと立ち上がったところで、高い可愛らしい声が食堂に響いた。

「天女様そう走らなくても…また転びますよ?」
「こ、転ばないよ!」
「そうですねぇ。転ぶ前に私が受け止めますし」
「うっ、だから!あの時はごめんってば!」
「はいはい。ほら、早く席に座りますよー」

食堂のおばちゃんから二人分のお膳を受け取った椛が楽しげに笑いながら空いてる席に座る。
その後から顔を真っ赤に染めて天女が追って席に着いた

「椛先輩…ほんとに天女様と仲良さそう…うう…」
「あんなに優しくされて…羨ましい」

後ろでユキとトモミの口惜しげな声が微かに聞こえる。
小声ではあるが、この程度の声量であればくのたま最上級生である椛なら聞き取れるはず。
それでなくても、後輩の悲しげな様子はいち早く察せる筈なのだ

だが、椛は後輩をチラとも見ずに隣に座る天女に優しげに笑いかけていた。

木下はそれを横目に食器を片付け、食堂を出る。最後まで視線は絡まないまま

木下の姿が見えなくなった後、
天女が美味しそうにお米を頬張り、その口許に付いたお米を取ってやりながら椛は口角を上げた。


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