小説 | ナノ

最近は屋根の上や木の上が定位置になりつつある私。
高い所からだと学園全体が把握しやすい

例えば、今来たばっかりの利吉さんが私の同室の子に足止めをくらってる事とか。松千代先生がくのたま5年の子に追い詰められて隠れる場所が無い所に誘導されてる事とか。


見ていると非常に楽しい。
が、

どれもこれも、正直どーーでもいい。



私にとって、人間の行動や思考を予想するのは難しい事ではない。
むしろ、誰も彼も予想通りに動くのでつまらなかった。

だから、だろうか
あの人に目を止めたのは。

私の予想には無い事をしてくれると感じた。初めて展開が読めない場面に出逢った。
この人間を自分の思い通りに動かすにはどうすれば良いのか、初めてザワリと首筋が粟立った。

「って、言ったら友達なくしそー… 」

私の一人っきりの呟きは空しく風に呑み込まれていく。

でも、今現在私の中での一番の興味はそれだけ。
他のどれもが、どうでもよく感じる程に私はたった一人に夢中になっている
我ながら恋する乙女のようで気持ち悪い


これだけ人の感情を逆手に取ったり利用していると、自分の本心がどこにあるのか曖昧で分からなくなってくる。
…だけど、あの人に興味がある。って事は確かだ。
だから思うままに追究してみよう。と、ある種の吹っ切れにも似た経緯をつらつら思い返していたのが悪かっただろうか

不意に背後から衣擦れの音がして、振り返ればいつも通りの厳めしい顔をした教師が立っていた。


「あれれ?こんな場所で会うなんて奇遇ですねー。木下せんせ?」

いや、鐘楼の屋根の上なんて…単なる偶然である可能性はかなーり低いのだが、笑顔を浮かべ告げてみると分かってしまった。
いつも通りの顔かと思いきや、先生ったら普段よりも険しい顔をしていらっしゃる。
更に、口は固く閉じて何も話し出す様子がない。

「私、なんかしちゃいました?」

木下先生に対してはここ最近会話すらしてなかった気がするんだが。
えーと最後に先生と会ったのが……もしかして団子の串の件についてまだ怒ってるとか?いや、流石にそれはないか。
でも、それ以降は廊下ですれ違いもしなかったし、木下先生の機嫌を損ねるような事してないと思うんだけど。

いつかの食満みたいに「くのたま達を止めろ」なんて阿呆な事はまさか言わないよね。


「…いや、何もしていない」

眉間に皺を寄せ、実に苦々しげに口を開いた先生。

「儂には何もしていない」

鋭い眼光がギリッと向けられる。

意味ありげに繰り返された“何もしていない”の言葉に、私の唇が弓なりに形作られていく。

「何が言いたいんです?」

「椛…アレには近寄るな…!」

ああ、やっぱり。私を厭きさせてくれない。
あの人には高揚を湧き上がらせるものがあるのだ

「やだなぁ先生、そんな怖い顔で何を仰ってるんですか」
「怖い顔はお互い様だ。お前も姿見で自分の顔を見た方が良い。酷い顔をしている」

指摘に釣られ、そっと己の頬に指を滑らせる。
口角だけでなく頬も上がっているみたいだ

「獲物を狙う獣の様じゃ。とても人前で見せて良い顔じゃない」
「うーわ。年頃の娘にあんまりじゃないですかぁ?」
「年頃の娘の表情をしておらんからな。」

先生からの厳しい視線は緩まず突き刺さってくる。
私の口許の笑みも止められない。

「今日は随分と饒舌でらっしゃる。らしくないですね」

くすり、と思わず音を立てて笑ってしまったのを指先で隠す。

「そんなに…彼女には先生方を警戒させる何かがある……、った」
「椛…、」

くのたま最上級生といえど、やはり真正面から相対すると教師には敵わないか。
一瞬の間に距離を詰められ、目の前に膝をついて現れた先生に手首を捕らえられていた。
私に全然反応させずに一連の動きができるなんて、脱帽ものだ。

少し上向けば木下先生の剣呑な瞳がこちらに注がれている

「再度言う、アレに近寄るな。」

低く静かに告げられたのは、警告のつもりか。
どちらかと言うと懇願に聞こえるんだけど、捕まれた手首にかかる圧力を考えると何が何でも私に聞き入れて欲しいらしい。

「よっぽどですね。」
「何がじゃ」

体勢はそのまま。返事はするが、目を細めただけで視線は逸らされない。
全くもって隙がない。
か弱い女生徒に酷い教師だよ。

「先生方、余程あの方が恐ろしいんですか?いえ、あの方に関連する事象が怖い…のかな?」
「…」
「天女様自体は普通の人ですもんね」

最初からそうだった。
あんな普通の人間に対して教師陣はやけに警戒し、彼女を取り巻く環境に気を配していた。
忍たま達が彼女を“天女様”だと持て囃し、彼女の元へ集まっていく様子に一番気を揉んでいたのはくのいち教室の生徒達ではなく、学園の先生方だ。

「薬でもなく、幻術でもなく、彼女自身も忍者ではない普通の人。それなのに学園の情勢を一気に引っくり返す彼女が怖いですか…?」
「っ、…そこまで分かっておきながら…」

あ。先生の表情が悔しげに崩れた。
手首への捕縛は更に力が込められる。超痛い。先生馬鹿力。

「残念ながら、私が興味あるのは天女様の正体じゃないんで。」
「…何?」
「あの女が何であれ、面白いんです。見ていたいんです。私の物にしたいんです。」

真っ向から力では教師には敵わない。けど、
躱す術や不意打ちの術なら持っている。

今度はこちらから上半身を寄せて距離を詰め、真っ直ぐ瞳を覗き込んで笑ってやる。

「木下せんせ、先生ならどっかの馬鹿な忍たまじゃないんだし分かりますよね。私達くのたまを止めたいなら、それ相応の物を下さい」

鼻先が触れそうな距離まで近付き、大きく見開いた双眸にゆっくり笑かけては、この距離でギリギリ届くだろう声量で囁いてやる。

「木下先生に私を制限する権利ないですよね。」



咄嗟に弛んだのか、もしくは力を無くしてしまったのか、圧迫から解かれた手首を取り返し、私はそのまま上半身を後ろに傾け背中から落ちる。
結局私がその場から姿を完全に消すまで先生は何も言わなかった。


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