小説 | ナノ

「アレはどうにかならんのですか…」

木下は職員室にて、くのいち教室の唯一の教師である山本に向かって重々しく呟いた。
その表情は疲れた色で心なしか背筋も曲がって項垂れているようだ。

「あら……」

その山本は゛アレ゛というのに心当りがあり、加えて木下がぐったりしている理由も想像できるので頬に手をあて困ったように微笑んだ。

それに、彼女には同様な台詞を同じく教師数名から頂いているのだ。
だけれども、山本には教師仲間の彼らの憂いを晴らす事はできないので苦笑するしかない。彼らの憂いを晴らせるとしたら、それは悪戯を仕掛けてくる少女達本人だろう。

「ったく…椛はくのたまの中でも特に厄介ですよ…」

頭を抱えながら唸るように言葉を吐き出す木下。
それを見て口には出さない山本だが「でしょうねぇ…」と心で呟いた。くのたまを一番近くで見てきた山本である。生徒の特性は彼女がよく知っていた

木下は今しがた会った椛との出来事を鬱々と訴え続ける。
苦笑で相槌を打っていた山本だが、話を聞いていればその表情はみるみる内に不思議そうに目を丸めていく

「──…で、結局その串は儂がゴミに捨てたんですが…」
「興味深いですねぇ…」
「そうそうまったくもって興味ぶか…て、え?興味深い?何が?」

話す事に集中していて山本の表情が視界に入ってなかったのか、彼女の一言にポカンと顔を上げ話しを中断して聞き返す。

「あの子がそんな…下手な色を仕掛けるなんて…」

山本は綺麗なかんばせを伏せ、難しい表情で考え込んでは独り言のように小さく洩らした。
返事を待っていた木下はその小さな声も聞き漏らさなかったが、意味が呑み込めず脳内で反芻する。

─下手な色…、…『ヘタ』?

「ど、どういう事ですか?」

動揺する木下に視線を合わせ、山本はやたらと真面目な顔をしていた。世間話には似合わない表情だ。

「あの子を学園長の庵に呼び出した時にも言いましたが…感情の機微に敏感な子です。故に…椛の術は人の情を緻密に計算している事が多い。」

喜車の術、怒車の術…忍者にはお馴染みの人の感情を利用した術。
それが原形だが、山本の知る椛の術はそれを複雑に組み合わせ何重にも計算された物であり、仕掛けた相手に何も悟らせないまま自然な流れで思い通りに操る様は見事だった。

しかし、木下の話では「術」というにはあまりにも幼稚だ。
いくら忍術学園の教師である木下が相手でもその術が劣化するだろうか。

「あの子なら、むしろ警戒している相手にこそ力を発揮しそうなんですけどねぇ…?」

山本が首を傾げても答えは出てこない。

「木下先生、」
「な、なんです…?」

涼やかな瞳がチラリと向けられ、今まで黙っていた─いや茫然と口を挟めなかっただけだが─木下は冷や汗を滲ませ応じる

「椛は…゛遊ぶのも楽しいけど暇じゃない゛と言っていたんですよね?」

木下の背中にゾワリと寒気が走った。

思い返してみればそうだ。
最初から木下を待ち伏せていた訳ではなかったし、話し掛けたら応じただけで何か術を仕掛けるつもりはなかった。偶然会って……からかわれただけだ。
言葉通り゛遊び゛だったのだ。

では、待ち伏せではなかったとしたら、あの生徒は一体あの場所で何をしていた?

考えを巡らせ、分かってくる答えに木下は愕然とした。

「椛は…別の誰かを標的にしている…?」

山本の静かな一言がやけに室内に響いた。


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