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「絶好の戦日和ですねぇ」

雲も少なく青い空が高い日、鮮やかな赤色の打ち掛けを羽織った椛はゆるゆると目を細め微笑んだ。
その側に座る父親の顔色は若干優れない

「さて、来ましたか」

つ、と娘が足音に気付き目を正面に向ければ、久高当主は背筋と表情を正し、出来るだけ威厳を出して待った。
襖が開く。

「おお、ようこそお出で下さいました七松殿」

父の言葉と同時に椛は頭を下げそしてゆっくり上げていく

「久高殿、忙しいところ済まないな。これが倅の……小平太?何をしている。早く入らんか」

顔を上げた時にまだこの時点では婚約者である七松小平太と目が合う
何故か固まって椛を見ている彼に、にこりと控え目に笑みを浮かべた。
肩を揺らし、七松家の当主の側に慌てて座る小平太

「今回漸く小平太があの忍術学園より戻ってきてな。全く、長期休暇にもなかなか帰って来なくて困った奴で」
「はは、学業に打ち込む素晴らしい息子ではないですか」

忍術学園は一般的には秘匿された存在だが、一部の武家の間では常識的に知られていた。
礼儀や知略を学ばせる為にはこれほど相応しい場所はないだろうと。

「小平太殿の噂は私共の耳にも入ってきております。なあ、椛?」
「はい。後輩達を引っ張る良き先輩で、何でも委員会なるものでは花形なのだと」

父親に話を振られ、椛は羽織と同じく赤く艶やかな唇を開く。

七松家当主である小平太の父親は、この娘を大層気に入っていた。
容姿は人を寄せ付けないような人形めいた美人だが、表情は柔らかく、また口を開けばその穏やかな性格と理智的な性格が分かる。
だからこそ、今回の小平太の申し出は残念でしかなかった。
しかし、そうは言っても我が子が頭を下げてまで頼んできたのだ。
「まだ忍者として己を鍛えたい、行く行くは好きになった女と結婚したい」と。
息子の願いを叶えたくない親などいないものなのだ。

「ありがとう椛ちゃん。」
「いえ、私は小平太様の事を少しでも知りたくて、知り合いに話をせがんだだけなのです。小平太様は優秀な方なので皆さんから色々な話が聞けましたわ」

頬を染め胸の前で両手を握り合わせる椛。
しかしその瞳は深く聡い色をしている。七松家当主は背筋をゾクリとさせながらも、こういう所も好いていた。
七松家の嫁に来てくれたら一族の安泰は間違いないだろう。

「ほれ小平太、椛ちゃんがお前の事をこう言ってくれているぞ」
「椛………」

七松家当主が隣を見やれば、婚約者の名前は流石に知っている筈なのにまるで初めて耳にするかのように名前を呟く息子。
久高家当主も椛も不思議そうに首を傾ける。

「小平太、さっきから気が疎らだな?今日はお前が話したいと言うから来たのだぞ。何か言ったらどうだ?」

七松当主も眉を顰め、息子の背中を叩いた。
その衝撃で小平太の背筋がピンと伸び、大きく頷いた。

そして、不意に立ち上がったかと思いきや椛の真正面まで歩み、「失礼します!」と大声を出して間近に座る。

七松家当主は今から息子が言うだろう台詞を想像して、本当に惜しい縁談だと溜息を吐きたくなった。
久高家当主も婚約解消の言葉を想定して、これからの未来を憂いた。

「椛さん!!」

小平太が椛の片手を両手で握った。

「はい?」
「私と、結婚してくれ!!!」

あーあ、これで結婚は破談か……

ん?

「あらぁ?小平太様、勿論でございます。椛は小平太様の許嫁ですものぉ」
「そ、そうか!!」

目を瞑り終わりを確信していた両家の当主が慌てて目を開いた先には、顔を真っ赤にして椛を見詰める小平太と、それにニコニコ応えている姿。

「え、あれ…?」
「いきなり結婚……?」

呆然とする父親達を置いて、2人は手を取り合って笑った。







「「結婚したぁ!!!??」」

驚く学友と天女の前で七松小平太は満面の笑みで頷いた。

「な、なんでいきなり…」
「ちょっと理解が追い付かないんだが…」

混乱する学友達。
天女に至っては既に涙目だ。

「こへ君どうして!断るって言ってたのに!」

天女に問われ、小平太は赤くなった頬を誤魔化すように掻いた。

「一目惚れだ!」
「「は?」」

堂々とその日椛と出逢った衝撃を打ち明けたのだ。

「とっても美人でな!思わず女神かと思って固まってしまった程だ。いやぁ、あんな美人だったなんて、もっと早く会いに行けば良かった!」

それを聞いて天女の胸が抉られる。

「嘘だろぉ…小平太の婚約者が美人だなんて…」
「へー、どれ程の美人だろう?」
「仙蔵の女装より断然美人だぞ!」
「何だと、聞捨てならんな。今度女装して会いに行ってやろう」
「もそ…迷惑では……」
「まあ、でもそれは相当の美人だな」

わいわい盛り上がる忍たまの六年生。

「はぁー、俺も将来は美人な嫁が欲しいなぁ。」
「でも普通は美人な人と知り合いになれないからねぇ」

彼等の何気無い言葉で、天女は己が恋愛感情を抱かれていない事に漸く気付いたのだった。





「父上、家督を貰う事が出来ず申し訳ないですわぁ」

頬に手を当て眉を下げ、ふぅ、と溜息と共に告げた娘に久高当主はずっこけたくなった。

「何を言ってるか。縁談が無事まとまって良かったよ。」
「本当ですねぇ。小平太様が私を気に入ってくれて良かった。予定通りに行かないのも面白いものですこと」

あのプロポーズに動じず受けてしまう娘に、予定も何も掌で踊らされてるのではないかと頭を過ぎってしまうが、一先ず祝福する父親だった。

「うふふ、大勝利ですわねぇ」


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