小説 | ナノ

※七松武家設定



ぐしゃり、と手紙を握り潰す音。

忍術学園でお手伝いとして働き始めた天女様が目を丸めた

「こ、こへ君!?お手紙ぐしゃぐしゃになっちゃうよ!?大事なお手紙じゃないの!?
「いいんだ!ただの小言だから」

ああっけらかんと笑った七松は、ポイッと丸めた紙を放り投げる。手紙と七松をオロオロと交互に見る天女。仕方ないと食満が手紙を拾う

「許嫁…ってやつの話か?」
「まぁな!」
「えっ!?こへ君、許嫁がいるの!?」

天女が驚いた顔を向けたが、当の七松は気にした様子もない

「親が勝手に決めただけだ。休みの度に会えって言ってくるが、私はマラソンしたり鍛練したりする方が楽しいから帰ってないんだ!」

同じ最上級生の友人達も、七松の生家から結婚について手紙が届いてるのは知っている。
学園に入学してすぐに決まった事らしいが、彼、七松小平太はその許嫁に一度も会った事がないと言う。
より良い跡継ぎを必要とする武家なら、家同士の結婚として本人の意思なんてあって無いようなのは珍しい事じゃない。
しかし、平成の世で生まれ育った天女には信じられない話だった。
食満や立花からあらましを聞いて天女は憤慨した

「そんな…勝手に結婚相手が決められるなんておかしいよ!結婚って愛し合ってる人とするものでしょう!?」

目に涙を溜め告げた天女に、七松は目をぱちくりとさせた。

「…おかしい、のかな?」
「絶対変だよ!だって顔も見たことない相手となんて嫌でしょ!?」
「うん…。そう、だな。よし、私、今度の休みは家に帰る!」

頷いてから拳を突き上げた七松に、周りは理解が追い付かず疑問の目を向けた。

「許嫁に会って、きちんと断ってくる!」

晴れやかに笑った七松に、友人達は笑を零した。天女も嬉しげに笑った。





「椛、明後日に七松殿がうちを訪れるそうだ」
「あらぁ、そうですか。いよいよ破談ですかねぇ?」

父親の下がり調子の声に、振り向いた女はにこりと花の笑みを浮かべた。

「早々口にするんじゃない。破談だなどと…」
「あらあら父上、そう暗くならないでください」
「お前はどうしてそう平気な顔をしてられる」

ガックリ項垂れる久高家当主の父親に対し、許嫁その人である椛が薄紅色の厚い唇をたゆませた。

武家の娘として役割を全うする為、と。縁談を受け入れている椛に対し、七松家の子息は一度も顔合わせに来ない。薄々誰もが感じていた事ではあったが、武家の縁談が白紙だなんて久高家当主には心労でしかなかった。
それなのに縁談の主役である娘はしれっとしているものだから、当主は更に頭が重くなる

「七松小平太様は学園で天女と呼ばれる女性に夢中と耳にしております。ある程度予想をつけてその後の算段を組んでおきませんと取る物取れませんわぁ」
「な?天女?それに、取る物って…」

目を白黒させる父親の背中に手をそっと添え宥めつつ、椛の形の良い口からスラスラ流れる言葉達。

「私の影達から報告は逐一あがっていますので。ほらぁ、破談になってもうちの有利な条件は無しにしたくはないでしょう?」
「確かに縁談が纏まれば、七松家より久高家にお得な色々が贈られる手筈だが…そんな事…」
「不可能だと?」

眉を顰め伏せていた目を上げれば、娘は陶器のように白いかんばせを父親に向けて首を傾けて見せる。
その瞳には翳りが一切ない

「年頃の娘の人生を台無しにするんですもの。詫びに当初通りの条件は戴きますわよ」

この縁談は七松家から持ち掛けられた話。
両家の結び付きが第一だが、久高家の大事な一人娘を嫁ぎに出すのだ。それ相応の対価を七松家から賜る条件で両者納得し約束した……が、
それが破られる。
それは単に約束が白紙になるだけじゃない。今更椛の新しい嫁ぎ先を探すには遅すぎる
久高家の多大な損失に繋がっていた

「確かに、先方の七松家相手にこちらからは天地が引っくり返っても縁談を無下にはできませんが、格上のあちらから断る事は可能でしょうよぉ?……でも、だからと言って約束を破るんですからぁ〜…久高家の損失を埋めるぐらいは何か戴きませんと。ねぇ?」

鈴を転がしたように可憐に笑い音を鳴らす久高家が一人娘椛。
愛らしくも恐ろしく、恐ろしくも頼もしかった

「まったく…お前が継げば久高家も安泰だろうに」
「あらぁ?でしたら縁談が駄目になった暁には私に家督を下さいな」
「考えておくよ」


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