小説 | ナノ

「食満くんは手先が器用なんですね」
「いやぁ、それほどでも」

鬼事務員こと椛さんはひどく感心したように俺の手元を覗きこんだ。
普段はあまり積極的に話し掛けてくる人ではないので、どう対応したら良いのだろうと不安になる。
どうもあの保健室でくらった一発が記憶に刷り込まれているらしい。

「鼻緒が切れるなんて思いませんでした」
「いえ、椛さんは沢山働いていらっしゃいますから擦りきれていたのでしょう」

最初に競合地帯でしゃがみこんでいるのを見たときは怪我でもしたのだろうか、と勘違いしたがどうやら草履の鼻緒が切れただけらしい。

「・・・どうも、私は不器用な質でして」
「あぁ・・・」

鼻緒を結び直そうと奮闘した後が伺えるが、直すどころか無惨に引き千切られてるのを見るに不器用所の騒ぎではないと思う。
相変わらず読めない人だな、と思いつつ我ながら綺麗に直った草履を返してやると心なしか彼女の顔が柔らかくなった。

「本当にありがとうございます。助かりました。食満くんが通らなかったら裸足で掃除を続行することになっていたでしょう」
「いやいや、続行はしないでくださいよ」

ペコリと頭を下げる椛さんを見て、何だか妙に嬉しくなる。
おぉ 、この人にこんな感謝されるのって貴重だな。

普段は「勉強しなさい」だの「邪魔です」だの「このボルボックス野郎」だの言われているからな。
ちなみに全て鉄拳制裁付きである。

(これは・・・好機か?)

今までは鉄壁のガード(物理)でこの天女に近付く事ができなかったけれど、恩を売った今なら・・・!!

「そういえば食満くんは壁や屋根の補修作業もしていましたね。この前も七松くんのバレーボールで半壊したのにも関わらず倉庫の壁には直した跡が全く残っておらず、とても感心しました。まるで左官職人のような手際です。」
「・・・!!!?」

えっ、何。

普段あまり喋らないくせに、椛さんは淡々と俺を褒め始めた。
今日は絶対に天女の尻尾をつかんでやろうと意気込んだ俺は早々につまづいてしまったらしい。

まさかこんなに褒められるなんて・・・!!!

「そういえば小松田くんも貴方の事を褒めていましたよ。以前誤って倒壊させた棚を綺麗に直してくれた、と」
「あ、あぁ・・・はい、俺は別に・・・」

誤って倒壊させるのは伊作だけで充分なのだが。

どう返したら良いか分からずに曖昧に笑って見せると今度は「ここで謙遜なんてますます素晴らしい人材です」と言われた。

まじか。まじかよ。

(めっちゃ嬉しい)

「私が雇用する側なら雇いたいくらいです。食満くんは真面目ですし、とても情に厚い方でしょう。部下にするなら持ってこいですね」
「・・・就活、大丈夫ですかね」
「えぇ、きっと」

ふわり、と
微かに、ほんの微かにだけど椛さんが笑ったように見えた。
思わず顔が熱くなる。

・・・か、可愛いかもしれない。
いつもは兎みたいに仏頂面なのに。

(・・・はっ!!)

ま、まさか俺は天女の幻術にハマってしまったのだろうか。普段は興味のないふりをしていて、ここぞという時に褒め殺して虜にするというのが今回の天女の作戦なのか?!?!
駄目だ、しっかりするんだ俺!!
作戦を実行するために、今ここで天女の罠に嵌まる訳にはいかない!と己を奮い立たせる。

「あ、あの天女様・・・!!」
「まだ性懲りもなく私をそう呼ぶんですか、見損ないましたよ食満くん」
「ボルボックス!!!」

うっかり口が出てしまった言葉。その瞬間俺の視界はぐるんと回り、星が飛び散った。
直してあげた草履で頬を打たれたのだと気が付いたのは数秒後、俺が地面と熱い接吻を交わしていた時だ。

(・・・やっぱり、この天女・・・わけわかんねぇ)

そして次に目が覚めたのは保健室の布団の中だったとさ。


死んだ時は地獄に就職斡旋してあげます
b y 椛


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空想世界地図さんの「鬼の居ぬ間に」より話を書いていただきました!
鬼灯の冷徹世界より来た鬼の夢主さまが素晴らしく鬼なのです!!(力説)
食満さんの殴られっぷりも大変美味しくいただきましたモグモグ。

海苔千代さまのサイトでは本編の他にも面白い話が沢山あるので、ぜひブクマページよりゴー!です。

こんな機会があって幸せです。海苔千代さまありがとうございました!



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