小説 | ナノ

「…っだー!あっぢい!!」

ガバリと身を起こせば小さな4つの塊が大きく揺れた。
既にだらしなく弛んでいた袂を掴みバタバタと風を送るが、流れる汗は止まらず不快指数が上昇。

「みっともないですよ委員長。それに大きな声出さないでください」
「そうですよ。動物達だけじゃなく、一年坊主共も驚いてるじゃないですか」

呆れた視線を寄越す三年の後輩と、一年の後輩をこれ見よがしに撫でる五年の後輩。
だって、暑いんだもん。お前ら狼のブラッシングとか暑くねぇの?
コイツら夏の間だけ毛皮脱いでくんねぇかな…。この時代にバリカンがあったらなぁ…
はぁ…俺も忍装束脱ぎたい…

「よし!そうだ、川に行こう!」

立ち上がって拳を突き上げる。
ポカンとこちらを見上げる後輩達プラス狼達。
あれ、反応無いな。

「そうだ、川に行こう!」
「なんで2回言ったんですか!?」

大事な事なので2回言いました。





「こんにちはマイナスイオン…!」

超気持ちいい。

現在我らが生物委員は生物委員会委員長である俺の引率で裏裏山にある川に来ています。

「先輩ー!川に入っていいですかー!」
「良いぞー。但し川の流れが緩い所で遊べー」
「先輩、ジュンコも遊ばせて良いですか?」
「おう!あ、狼達も川に入れて良いぞー」

俺が全身で涼風を感じてる間に八左ヱ門が下級生にテキパキと許可を出す。

「…滝壺ダイブもやって良いぞー!」
「先輩以外やりませんよ!?」

八左の方が委員長らしいとかそんな事ちっとも思ってないんだからね…!



「委員長飛びまーす。」
「先輩…!本当にやるんすね…!」

4mは優にある滝の上の岩場に立って告げれば、下で八左が頭抱えてた。その横で虎若と三治郎が瞳を輝かしている。
真顔ながら見上げて待っている孫兵に、その後ろから顔を出して恐る恐る見ている孫次郎、八左ヱ門をチラチラ気にしながらもやっぱり俺を見てる一平。
うん、生物委員会は来年以降も安心だね!

後輩達の頼もしさを噛み締め俺は岩を蹴った。

上半身の服を脱いだお陰で肌を滑っていく風が心地好い。くるりと体を回転させ頭を下にしてから両手を水面に向けた。
次の瞬間には大きな水飛沫を上げて滝壺に体が沈む。

ひゃっほーい!

「ぷっは、やべ!これサイコーだわ!」

水面に顔を出して言えば、一年生達が歓声を上げた。

そして次々川原から水に飛び込み俺の方向に泳いできたので、俺は一人一人捕まえて背中に乗せたり肩車したり高く持ち上げたり放り投げたり存分にハッスルしながら遊んだ。

んで、何か言いたげな八左の視線も無視して、5人いるチビ達とはしゃぐ。


「ひゃー…楽しかった。」

ザブザブ川から上がる俺とチビ達。各々袴の裾を絞って水気を切っている。

「二人は泳がなくて良いの?」
「いえ、俺はいいです。」
「僕も、ジュンコと充分涼めましたから。」
「そう?」

八左は一年生達をチラリと見て、また手元に視線を戻す。
水遊びを終えた狼2頭を手拭いで拭っていた。

浮かない顔のひとつ下の後輩の頭をぐしゃりと撫でる。

「平気だ。一年達には何もないよ。俺がちゃんと見てる」
「…!」

本当に小さな声で呟いたが八左にはしっかり聞こえていたらしい。ハッとこちらを見上げる目に、笑ってもう一度頭をかき混ぜる。

「委員長…毛並みを整えるなら、竹谷先輩じゃなく狼の方を整えて下さい。」
「まっ、孫兵!?どういう意味だっ!」
「あっはは、悪い悪い。ちゃんと手伝うよ」

手を離すと二人の間に座り、未だはしゃいでるチビ達を振り返る。

「おーい!みんなこっち来い。手伝ってくれー!」

大声で呼び掛ければ右隣の肩がビクリと揺れたが、彼は先程までの物言いたげな表情はしなかった。
元気に「はーい!」と返事し走ってくる男の子達を黙って受け入れた。

「優しくなー?あんま毛の流れと逆の方に拭くなよ?」

俺の注意に律儀に「はい」と応えつつ、円形に並んだ後輩達の手が狼の濡れた体を丁寧に拭いていく。

全員楽しそうに笑って狼に夢中だ。

ふと、三治郎が目を瞬き、俺の顔を見上げてきた。
その眉は下がっていて不安そうである。
1対多い腕に気が付いてしまったんだろう

俺は安心させるように笑って、ゆっくり人差し指を口許の前に立てて内緒のポーズ。
三治郎は静かに頷き、強張った表情を解いた。チラリと自分の隣を見たが直ぐに狼に目を戻す。
そんな三治郎の隣では本当に楽しそうに頬を緩めた男の子。周りの一年達と同じく狼に夢中な彼は気配も見た目も朧気で、後ろの景色が透けて見える。



「んじゃ、帰るぞー。忘れ物は無いかー?」
「「ないでーす!」」

明るく手を上げて返す一年生達。
空がオレンジになる前に川に背を向ける。
八左が先頭に立ち、忍術学園への帰路へ歩き出す。
小さな男の子の人数はいつの間にか4人に戻っていた。

「先輩、あの子は…?」

三治郎が俺の手を引き小声で問いかける。

「んー…帰ったんじゃないか?遊び疲れて帰ったんだ。きっと。」
「そっか…」

少し声色を落とし俯く三治郎。その小さな頭に手を置く。

「寂しかったんだろうな、独りで。でも最後に遊べて楽しかったんだろ。笑ってたよ」
「僕も…僕も楽しかったです!」

再び顔を上げた三治郎はいつもみたいな満面の笑顔だった。目の端にキラリと涙が光って零れ落ちた。

「三治郎ー!こっち来て!綺麗な蝶々!」
「今行くー!」

前方で呼ぶ声に応えた三治郎の背中を押して笑う。三治郎は俺を一度振り返ってから駆けて行った。


『ありがとう、ばいばい』

耳の奥で聴こえた気がしたその声に、自然にニッと口角が上がる。

「どういたしまして。じゃあな。」



水の底、暗がりに囚われていた半透明の光がふわりと消えた。


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