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また、泣かせちまった……。

「……朝帰りとはいい度胸だな」
「しょうがないじゃん、盛りあがっちゃったんだから」
「盛りあがっただと? 人妻が朝まで飲んで帰って、それが普通とでも思ってんのか」
「……」
「なんとか言え。家庭をおろそかにして外で遊びほうけて」
「普通ってなに? 家庭をおろそかにしてる? じゃあ聞くけど、なんで景吾はよくて、わたしはダメなわけ? 自分だってちょこちょこ朝に帰ってくるくせに!」
「お前は人妻だろ!」
「そっちは人の夫じゃん! 家庭をおろそかにしてるってなに? わたしが外で飲んで朝に帰って、なんか景吾に迷惑かけたの!? 家の掃除もしてるし食事も作ってた! 仕事もしてるし家事だってしてる! 男は家庭があっても朝帰りはOKで、女は家庭があったら朝帰りダメな理由ってなによ!? 言ってみてよ!」

結婚して1年。ささいな喧嘩をして泣かせたことは何度もあるが、今回のそれは交際期間をもってしても、いちばんの大喧嘩だった。言いすぎたという自覚は、十分にあった。
伊織の言うとおり、こいつは家庭をおろそかになどしていない。
派手に言い争ったあとで寝室に入る気にはなれず、ゲストルームのベッドに寝転がる。一晩中、起きて待っていた体は眠気を訴えてきているはずだが、まったく寝れそうにもねえな。

「おい、なにしてる」
「おかまいなく。家庭をおろそかにしている嫁は、どっか行きますから」

物音に嫌な予感がして寝室を覗くと、伊織はボストンバックに衣類を詰め込みはじめていた。
ちょっと待て、まさか出ていくとか言いだすんじゃねえよな?

「いい加減にしろ。寝てないんだろ? 少しは休め」
「おかいまくって言ってるのがわからない? わたしが大事にしてる家庭じゃ景吾は不満なんでしょ? なんせ、おろそかだから!」

ぼろっと大粒の涙が頬を伝う。感謝していることばかりなのに、なぜあんなことを口走ったのか、自分でも辟易する。愛する妻を傷つけた。俺が、勝手に傷ついたせいで。喧嘩をして泣かせるたびに後悔する。理不尽な言いぶんを、さも正当化する自分にも。

「しばらく帰らないからっ」

断定的に告げて出ていこうとする腕を、とっさに掴んだ。振り返った目が、真っ赤になって揺れている。お前にこんな顔をさせるために、結婚したわけじゃねえってのに……。
クソが……なにやってんだ跡部景吾!

「離してよ」
「……行くな」
「別れたっていいんだから、わたしは!」
「いいわけねえだろ!」

強く引き寄せて抱きしめると、「ずるいよ、景吾は!」と抵抗するように、それでも微動だにせず俺を受け入れてくれた。
この愛しさを、俺が手放せるわけねえだろ……。

「別れるなんて、口にするな」
「だって景吾が!」
「お前がいなくなったら、俺は自分がどうなっちまうかわからねえ」
「そん……だ、だったらもっと、優し」
「男がいただろ! 昨日!」
「へ……?」

どうしても、認めたくはなかった。ただの飲み会なんてことはわかっていた。
だがそこに男がいたことを、俺は知っている。それなのにいつまでも帰ってこない妻に不安がおしよせ、ああして責めることしかできなかった。
要するに、嫉妬だ。……あんな若造に嫉妬だと? クソ、俺らしくもねえ……。

「……男って、新卒のコだよ?」
「わかってる。部署の人間に聞いた」
「チームで、行ったんだよ? 最後に残ってた人も、5人はいたよ?」

そんなことどうだっていい。何人で飲んでようが、そこに男がいたのは事実だ。
それを、午前様で帰ってくるならまだしも、朝帰りなんかしやがって……どれだけ心配したと思ってやがる。どれだけいろんな想像をして苦しんだと思ってやがる!

「……景吾、ヤキモチやいたの?」
「黙れ。二度とその質問をするな」

ほんの少しニヤけた唇に苛立って、俺は乱暴にキスをした。





(景吾って、かわいいよね)
(黙れと言っている!)





fin.



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