STAY


「夜風が気持ちいいね」と、オレに振り返る。何度も来た場所なのに、そのたびに伊織は笑って、楽しい、嬉しいって、口にしてくれる。

「そう? ちょっと寒くね?」
「そう? ちょうどいい風だなって思うけどなあ」

寒いって言ってくれたら、すぐに抱きしめられたのに。肝心なとこでいつも、はずしてくる。めちゃくちゃ重ねてきた肌にさえ触れることをためらう今日のオレが、どうかしてるのはわかってるけど。

「ブン太、体調でも悪いんじゃないの?」
「え、なんで」
「だって今日、ずっと様子ヘンだよ? 寒いって言ってるし。風邪でもひいてない?」

オレは伊織に会ってからずっと、伊織って風邪をこじらせてるよ。とくに今日は高熱で、もうどうにもなんないくらい、頭がくらくらしてる。動悸だって、尋常じゃねえんだよ、さっきから。

「あのさ伊織」
「うん?」

もうすぐ終電だ。言わなきゃって思うのに、うまく言葉が出てこない。
大丈夫だって確信がほしくて手を握りしめると、優しく笑った目の前の女が、死ぬほど好きだって、思い知らされた。

「こないだ、ごめんな」
「え?」
「喧嘩したろ? こないだ」
「ん……ああ、したかも。え、すごい前じゃない? いま謝るなんて、やっぱヘンなの、ブン太」

くすくす笑って、オレの手をぎゅっと握り返してきた。
違うよ、いまだから、ちゃんと言いたいんだよ。

「これからも、たぶん、喧嘩すると思う」
「うん、まあ……するだろね、わたしたちなら」

苦笑した顔が、愛おしい。

「けどさ」

向き合うように手をひいて、孤独になっていたもう一方の手も、ゆっくりと握りしめた。
伝わるかな、オレの体温。全然らしくない、この緊張が。

「これからも、伊織のこと、傷つけたりするかもしんないけど」
「ブン太?」
「ずっと離さないでいたいんだよ、オレ、この手を」
「え……」
「ちゃんとずっと、つないでてほしいんだよ、伊織にだけは」
「ど、どしたの?」

懇願にやっと気づいた目が、動揺するみたいに、まばたきを何度もくり返す。
もう悩んでるヒマはないだろい、丸井ブン太!

「結婚しよ」
「……え」
「オレと、結婚してください」
「ブン太……」
「伊織と、ずっと一緒に歩いていきたい。ずっと傍にいたい。ずっととなりで、笑っててほしい。ずっとこやってデートして、ずっと一緒にメシ食って、ずっと伊織の寝顔見て、ずっとキスしたいし、ずっと一緒に風呂入りたいし、ずっと抱きたいし、ずっと……!」
「ぶ、ブン太ちょっと、ま、待って!」

興奮してだんだんデカくなっていく声に、歯止めをかけるように。唇を、優しい手つきでふさがれた。辺りを少しだけ見渡して、困った顔してうつむいて。

「は、恥ずかしいよもう。声大きいし、最後なんか、エッチなこと言ってるし……」
「あ……わり」

ぷっと吹きだした伊織につられて笑ったら、体がためらいがちに、それでも強く包み込まれた。
大好きな、伊織の匂い。これだってずっと、オレだけのものにしたいから。
ゆっくりと手を回して、やわらかい髪の毛をなでると、背伸びしたキスが頬に触れていく。
それ、オッケーってことで、いんだよな?

「わたしもずっと、ブン太のとなりで笑っていたい」
「ほ、ホント?」
「ホント……だから寒くなくても、抱きしめて?」
「……あったりまえだろい!」

力いっぱい愛を込めて、しびれるほど溶けあう唇で、オレと伊織は、永遠を誓った。





fin.



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